第3話 予想外の愛してるゲーム
キンコンカン、と昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴る。
三限の授業が終わり、教室に居たクラスメイト達は、一斉にがやがやと周囲の連中と喋り始める。
他に、購買へパンを買いに走る人だったり、さっそく弁当を開け始める人もいたりと、十人十色だ。
そんな中、俺は何をするというわけでもなく、古典の教科書を広げたまま、ボーっとしてた。
何かを見つめてたってわけでもない。ほんと、ただひたすらにボーっとして、解決もしない悩みについて考え続けてた。
――京川さん、俺がモブ陰だって気付いてんのかなぁ……?
気付いたうえで、俺がどういう面白&キモムーブをかましてくるのか観察してるのかも。
そんなことばかりがグルグルと頭を巡り続ける。どうなのかなぁ、と。
正直なところ、理論派で頭のいい押せ押せ陽キャラからしたら、こんな無意味な循環思考に陥ってるんじゃなく、さっさと本人に聞きに行けばいいのに、と思うことだろう。
『ねぇ、俺が配信者のモブ陰って知ってる? YEAH』
みたいな感じで。
だが、俺にはそんなの無理だ。
色々と事故った時、目も当てられなくなるし、そもそも俺なんかを京川さんが好きになる理由が無い。
これは絶対からかわれてるだけなんだ。
俺をモブ陰だと知ったうえで、ああやっていつも煽ったり、配信上でドギマギさせて楽しんでるだけ。
うん。そうに決まってる。一ミリたりとも俺なんかが調子に乗って「どぅ、ドゥフw 京川さん、実はオデのこと好きでドゥフェw」とか考えちゃいけない。現実はいつだって辛く厳しいんだから。
……とまあ、そんなことを考えつつ、チラッと向こうの方にいる京川さんを眺めてると、腹が鳴った。
お腹空いたな。とりあえず、弁当でも食べよう。いつもの場所で。
●〇●〇●〇●〇●〇●
「ふぅ。やっぱここが一番落ち着くな。安息の場だ」
小さい声で独り言ち、吹き抜けていく風を頬で感じながらお茶を飲む。
ここは体育館裏。陰キャの絶好スポットだ。
これを聞いて、最近のトレンドを知らない時代遅れくんはこう思うことだろう。
『は? 体育館裏って言ったら、ヤンキーの喧嘩場じゃないんすか卍』と。
甘い、甘い。そうじゃないんだよ。
時代は段々と平和になって行って、喧嘩とか体育館裏でする奴はあんましいないの。
今は大抵が昼休みに居ても誰も来ず、のほほんと過ごせる。
まあ、ウィークポイントを挙げるなら、日陰で日光に当たれないことだけど、今はもう真夏の近付いてる時期だ。
これくらい陰ってる方が涼しくてちょうどいい。冬場は割ときついけどな。
あと、もう一つ。近くに自販機があることか。
ほんと間近にあるって訳じゃないんだが、それでも昼食を摂り終えて、適当に友達同士で駄弁りたいって奴らがよく来るから、談笑する声とかがよく俺のいるところまで届いてビクビクしなきゃいけない。
もしも何かの間違いで連中がぼっちでいる俺を見つけたならば、空気が少し寒々しいものになるのは確実。
俺はその日を境にここで飯を食べられなくなる。
最終手段の便所飯はあんまりしたくないんだよ。臭いし、人が来るから落ち着いてご飯食べられないし。
ってなわけで、安寧の裏側にはこうした危険みたいなものも充分潜んでる。油断はできない。陰に生きる者は、常に気を張って生きて行かなければならないのだ。
「……ふふ。実際のとこ、それが少し楽しかったりするんだけどな」
またしても独り言を呟き、オカンの作ってくれた卵焼きを口に運ぶ。美味い。
「アレだな。これまた甘くないのがいい。だしが効いてるおかず系卵。最高だわ」
「へぇ~。私は甘い方が好きだよ? だし巻き卵好きの理由が聞きたいなぁ~」
「なんで好きか? ぬふふっ。そんなの決まってるだろ? やっぱさ、卵焼きはデザートじゃなく、あくまでもおかず的立ち位置なんだよ。だから、変に甘くいられると困るんだ――って、えぇぇぇ!? きょ、きょきょ、京川さんんんん!?!?」
心臓が口から飛び出るかと思うほどにびっくりする。
料理評論家っぽく意気揚々と喋ってたら、すぐ傍でしゃがみ込み、俺を楽しそうに見つめる京川さんの姿があった。
「な、なななっ、い、いつからここに!? ぜ、全然気配感じなかったんだが!?」
「ん? ちょうど今来たとこだよ? 中臣くんが美味しそうに卵焼き食べてるタイミング」
「え、えぇぇ……?」
ほんの少し前じゃないか。忍者か何かの末裔かこの人? それとも、黒子のバ●ケの黒子かよ……。ほんとに気付かなかった。
「いや、ね。私もすぐに声掛けてもよかったんだけど、中臣くんがニヤニヤしながら幸せそうにしてるからね~? そっとしておいた方がいいかな~って思ったの。ふふっ」
ふふっ、じゃないよ。ふふっ、じゃ。声掛けてくれ……。
「あと、ちゃんと写真にも収めたから。ほら、これ」
「――!?」
彼女の見せてくれたスマホ画面には、確かに俺がキモい笑みを浮かべながらぼっち飯に興じてる姿が映されてた。
最悪過ぎる……。
「どうどう? ナイスショットでしょ? ナイスショットでしょ? 気付かれないように、こそーっと撮ったんだよ?」
毎度おなじみ、小悪魔っぽいニヤニヤフェイスで言ってくる京川さん。
この顔、絶対悪用する気満々だよ。なんでこんなことに……。
「消して欲しい……って言っても、無理なんでしょ……?」
「どーしようかなぁ? 私的には中臣くんの弱みゲットって感じだけど、中臣くんがどうしてもって言うんなら消してあげてもいいよ~?」
「え。嘘。いいの?」
「うんっ。でもでも~? それにはちょっとした条件がありま~す」
綺麗な人差し指を俺に向け、京川さんは言う。
何だ、条件って。裸になってグランド100周とかかな?
「それは~、愛してるゲームで今から私に勝つこと」
「……へ……?」
「ん? 知らない? 愛してるゲー――」
「し、知ってる! 知ってます!」
待て待て待て待て待て待て待てェ!
なぜに愛してるゲーム!? どうしてここで愛してるゲーム!?
や、やっぱ京川さん、本当に俺のこと……!? い、いやいやいやいや! バカか俺! 冷静になれ俺! ゲームだ! あくまでもゲーム! もっと深く物事の真理を見極めろォ! 煩悩にほだされるなっ!
ごほん、と咳払いし、どうにかこうにか落ち着いてみせる。
「ん、んんっ! え、えーと……わかった。やろう。やります。愛してるゲーム」
俺が言うと、京川さんはパッと一瞬表情を明るくさせ、すぐにいつもの小悪魔フェイスに戻る。
「おっけー。じゃあ、最初は私から言うね」
「りょ、了解です……!」
「顔は見つめ合ったままね」
正直、その見つめ合うってのでもうヤバめな俺。
だが、ここで負けたら一生あの写真は京川さんのスマホに残り続ける。何としても勝たなければ。
「……しゅうくん。愛してるよ」
「――ッッッッッ!?」
なんだ……これ……?
一瞬にして顔が熱くなってしまった。
速攻で俺はうしろを向いてしまう。
これは……無理だ。絶対……無理なやつだ。
……てか、しゅうくんって何……? しゅうくんって……。
「あははははっ! はい、私の勝ち~! 中臣くん今照れた~。えへへ~」
「んがぐっ……!」
「ねぇ、どう? どうだって? しゅうくんって呼ばれるの。今度から教室でも呼んであげよっか? しゅーくんって」
「い、いい、いいっ! いいですっ! そんなことしてくれなくてぇっ!」
「ぷふふふふっ! そぉ? 私は呼んでもいいのにな~、なんて(笑)」
「ぐっ……!」
しかし、どうもこのままだと引き下がれん。あっさり負け過ぎだ。
……かくなるうえは……。
「ちょっと異議あり! 異議ありです、これ!」
「ん~? 何が~?」
「このゲーム、絶対攻撃側の方が有利だ。先手と後手で、交互に言い合いましょうよ!」
「へ? 交互に?」
俺は頷く。
「今、京川さんが俺に……そ、その、あ、愛してるって言ってくれましたけど、俺にも攻撃権があるってことで、こっちも愛してるって言わせてください! それで京川さんが照れたり何もしなかったら俺の負けでいいんで!」
「おぉ~? いつになく強気なセリフ~。いいのかな? そんなこと言って。私が照れなかったら恥ずかしいよ~(笑)」
「っ……! ま、まあ、勝負はやってみるまでわからないんで! とにかく俺も言いますよ! 準備してください!」
「ぷっふふふ(笑) 準備って(笑)」
ち、ちくしょう。終始バカにされてる気がするが……なりふり構ってられない。
あの写真のためにも本気を出すんだ。やれ、俺!
「……葉月さん。愛してます」
「――っっっっっ!?」
……あ。
「…………えっと」
「……っ~……」
「あ、あの……京川さん?」
俺が名前を呼ぶと、彼女は体をビクッとさせ、正面を向いた。
驚いたことに京川さんもだった。
顔を赤くさせ、うしろを向いたのだ。
「ま、まま、まあ? た、たまたま今日は調子悪かったかな~……みたいな? 寝不足だったのもあったかな~……? あ、そ、そう! 昨日の夜、ちょっと風邪っぽくて寝込んでたんだよね~! それで顔が赤くなっちゃって、バレたくないからうしろ向いた~的な……」
……いやいやいや。あなた、昨日ゴリゴリ元気に俺の配信夜遅くまで観てたでしょうに。
「……なるほど。調子が悪かった、ですか」
「そ、そそ、ソウナンダヨネ~」
ジト目で俺が見つめると、京川さんはまたさらに顔を赤くさせる。
そして――
「――!? え!? きょ、京川さん!?」
背を向けて、逃げるように走り去って行った。
俺は結局その場に一人取り残され、またぼっちになる。
「……な……何だったんだ……いったい……」
ドッと疲れが押し寄せて来た。
顔も未だに熱いし、ヤバい。
京川さんのあの反応……。
う、嘘だよな……? え、えぇ……。
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
結局その後、京川さんは俺と一度も目を合わせてくれなかった。
写真は消してくれたのか。
そう聞きたかったのだが、それも叶わなかった。教室内で不用意に俺が話しかけたらそれはそれでまた目立つし……。
が、俺のその心配は杞憂に終わる。
放課後、帰ろうと思い下駄箱を開けると、そこには一通の手紙が。
中を見てみると、可愛らしいピンク色の用紙にこう書いてあった。
『写真は約束通り消したから。LIMEのID → haduhazu99 よかったら、登録して。今度、何かあったらここでやり取りしたい……みたいな』
たぶん、この手紙は俺の一生の宝物になるだろうな。
そう思いながら、震える手で俺はスマホを開き、IDを打ち込むのだった。
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