第2話 京川さんは中臣くんが好き
「さて、と……」
学校から帰り、課題をこなし、夕飯を食べ、風呂に入って一息ついたところ。
時刻の方は、そろそろ二十二時になろうとしてる。
大きめのタブレット端末をスタンドに固定し、配信アプリ【スイキャス】を開いた。
同士たち(配信者)は既にもう今宵の宴を開始させてるようだ。皆、それぞれに大なり小なりリスナーを抱え、雑談や凸待ち、弾き語りにゲーム配信をしたりしてる。
「よし……。なら、俺も始めるか」
いつも通りスイッターで配信開始の呟きを投稿し、時刻も告知通り二十二時ぴったりになったところで、咳払いをし、配信開始のボタンを押す。
――『配信が開始されました』
むふふ、了解だ。始まったな。
画面上の文字を確認し、俺はさっそく喋り始めた。
「んっ! んんっ! あー、あー、聞こえとるかね~?」
うん。なんというか、アレだ。
配信歴の方もそろそろ二年経って三年目を迎えたわけだけど、いつも始まりはどことなく緊張する。
何なんでしょうね、これ。陰キャラの性みたいなものなのかな。つくづくもう少しマシな始め方あるよなぁ、とか思ってしまう。
まあ、リスナーさんも誰もツッコんでこないし、そもそも俺の生主カラーって騒いだりするようなタイプじゃないから、これはこれでいいんだけども。
『わこつです! モブ陰殿~』
『モブくんわこー』
『モっくんわここー』
『わこわここ』
『わこつでござる』
『わこつ』
お。皆続々と来てくれ始めた。
一応だけど、俺の配信者名はモブ陰っていう。読み方はシンプルに『もぶかげ』。何でも簡単で特徴表してるのが一番だから。
顔出しはしておらず、同時接続数は平均してだいたい五十人くらい。
これを多いと取るか、少ないと取るかは人それぞれだけど、なんだかんだ丸二年やってるからな。
個人的には少ないと思ってる。多い人はもっと多いし、アイドル売りしてる人なんかと比べれば差は歴然だ。同接数四ケタとかざらだし。
ただ、俺は五十人も人が来てくれる時点でかなり満足してる。
学校じゃ友達なんてほぼゼロ……いや、ゼロと断言していいほどなのに、家に帰ればこれだけの人が俺と会話してくれるんだ。号泣ものだろう。
収益も出てるし、中には投げ銭してくれる人もいるが、何度も言うように俺が一番欲しいのは会話する友達的な存在。金じゃない。
だからもう、配信者として上を目指そうとかも考えておらず、ただひたすらに現状維持が続けばいいと思ってる。
現状維持。うん。現状……維持……。
「……! ぅがぶっ……!」
と思ったけど、やっぱり待って欲しい。
『どしたどしたw』
『今、吹いた?w』
『むせてて草』
『【悲報】陰キャ、老化が早い』
流れるコメント欄の中でひときわ俺の目を奪うリスナーさん。
そうだ。この人がいた。
この人がいるから、現状維持が続いて欲しいとも思えない。
叶うならば、この人だけ離れてくれないか、とも思ってしまう……。
はづき:『モブくんわこつだよ~。今日も会えて嬉しい~♡♡♡』
おぉぅふぅ……。
この熱烈感。
学校での彼女とは大違い。
やっぱり今日も来られましたか……京川さん……。
「え、えーっとだ。一応さ、今日の枠、恋愛相談凸待ちってことになってるんだけどー……」
『うんうん』
『だな』
『知ってる。だから来た』
『モブ男の凸待ちにハズレ無し』
『神枠確定』
『キュン死待ち』
「あれだ。凸すんの、一人一回までな? 複数凸禁止。おっけーですか!?」
『当然じゃね?』
『当たり前定期』
『そりゃそうだよモっくん』
『【悲報】陰キャ、やはり老化が早い』
『いつも言ってんじゃんそれw モブ男鳥頭説w 記憶力皆無w』
「い、いや、いつも言ってるのはわかってる! わかってるけどさぁ!」
言いかけて、やめた。
アカウントを変えて俺に恋愛相談凸を何回もしてくる人(京川さん)がいるなんて言うべきじゃないだろう。
犯人探しが始まったら、それこそ配信がカオスな雰囲気になる。
はづき:『そうだよ~www そんなことする人いないよ、モブくん♡』
どの口が言ってんだ。
あなたですよ、あなた。アカウント変えて何回も恋愛相談凸してくる人は。
うんざりしながらもスルーしておいた。
これが本当に知らない人だったりしたら、俺は速攻で完全迷惑リスナーとして追い出ししてただろう。
けど、このはづきさんの中身はクラスメイトの京川さんなんだ。
モブ陰の正体が俺だと知りつつ、色々コメントしたり、凸してきたりしてるのかもと考えると、震えて夜も眠れない。
だから、あまり刺激を与えず、あくまでもなるべくスルーする形で穏便に済ませていくのが一番なんだ。
この人には、もう一つ問題もあるしな……。
「じゃ、じゃあ、とりあえずさっそく凸待ち開始するよ。相談ある人だけ来て。彼女できたことない俺が恋愛相談してくから」
『ほんと草』
『もはやギャグとしてしか見てないwww』
『それでも面白いからおk』
わらわらとイジリコメントが流れてくる中、速攻で凸が来た。
ふぅ……。
もうこんなの、誰が最初に来たかとか見るまでもないよね。
――『【はづき】さん から通話申請が届きました』
はい。予想通り、と。
げんなりしつつも、俺は通話を承認。
さあ、今夜はどんな感じになるんでしょうかね。
「あ。えっと……は、はづきさん……? こ、こばっ、こんばんは~」
『さっそく噛んでて草』
『はづきさんとモブ男の絡みキタコレ』
『女性リスナー相手だと速攻で噛む陰キャラの鑑』
『これだけで陰キャラというのが伝わってくる』
『弱者男性過ぎて泣けた』
コメ欄うるせぇ! 仕方ないだろが! こちとらクラスメイトの陽キャ女子相手にするんだから!
「こんばんは~です。モブくん」
クスクス笑いながら挨拶してくるはづきさ……いや、京川さん。
なんかもう、ネットの世界じゃ俺は【配信者・モブ陰】なのに、この声を聞くだけで強引にクラスでぼっちの中臣くんに戻される感がある。辛い……。
「じゃ、じゃあ、今日の相談内容、お、教えてください」
「はい。あの、前回私が相談したことは……覚えてますか?」
「あ。う、ううぅん、はぶっ。お、おぼぼ、覚えてますよ~」
『wwwwwwwww』
『クソワロタ』
『モっくん噛みすぎwwwwww』
『おぼぼでワロタ』
『羽生っは草』
『将棋棋士で草』
く、くそ……コメ欄め……。動揺するのも仕方ないってのに。
「今日も相談したいのはその人のことなんですけど……」
「あっっっ。そ、そそ、その人のことですか。ふ、ふぅぅ~ん」
「普通に挨拶して、普通に接してみますって言ってたじゃないですか、前」
「うん……」
「でも、やっぱりそれがなかなか難しくて……。また今日、ぼっちとか、童貞とか言っちゃいました……」
「な、なるほど……ねぇ~……」
京川さんの好きな人。
これがまったく赤の他人なら、たとえ同じ高校でもまだ気楽に相談に乗れたと思う。
でも、彼女の相談に出てくる人ってのは……。
『はづきさんの好きな人ってどんな感じの奴だったっけ?』
『初見。同じく。スペックおなしゃす』
『陰キャラぼっち』
『冴えない人らしい。何でも高校入学して未だに友達ゼロとか』
『モブ男おせーて』
あぁ……もう、コメ欄また余計なことを……。
「スペック……ですか? スペックは他の皆が言ってる通りです。基本的に見た目は少し冴えない感じ……かなって思います。ぼっちで、陰キャラで、そろそろ一学期も終わろうとしてますけど、クラスに友達だって一人もいないような人です。顔もそこまで極端にいいってわけじゃないですし、身長も低めですね」
「……っ……(汗)」
胸が痛い……。でも、本当のことだし……。
「だけど、それ以上にすごく優しくて、からかった時の反応も可愛くて、もう私、中臣く……じゃ、じゃなくて! その人の沼にハマっちゃった感じっていうか……! 好き……なんです。すっごく……すっごく」
『おぉぉぉwww』
『名前確認・ナカオミくん』
『ナカオミ爆発しろ』
『ちょっと身の回りでナカオミって名字の奴いないか探してくる』
「あっ……! ち、違っ……! 皆さん、私の好きな人の名前、中臣くんじゃないですよ!? ち、違いますっ! ついつい言っちゃ……じゃなくて、間違えたっていうか……!」
『【速報】はづきさんの好きな人、ナカオミくん確定』
『ちくしょう……ちくしょう……』
『陰キャのくせに生意気だ』
『とりあえず武装した。ナカオミくん探してくる』
『俺も陰キャだけど、羨ましすぎて泣いちゃった』
「み、皆さん、違うんですってば~!」
「……………………………………………………………………(滝汗)」
ど う し て こ う な っ た ?
いや、ほんと、マジで。
何度も言うが、はづきさんの中の人は京川さんで、今聞こえてる生声も彼女のもので間違いない。
それで、好きな人が陰キャラでぼっちで、童貞で、クラスに友達がゼロの中臣くんときた。
……いや、それもう俺じゃん。俺しかいないじゃん。
真剣に理由がわからない。
別に俺、京川さんに何かした記憶も無いし、見た目だって何度も言うように良くない底辺中の底辺だ。絡んでたら、その人のカーストも下がるぞってレベルの人間。
なのに、いったい彼女はなぜ……? うーーーーん……。
一度、考えはした。もしかして、配信者・モブ陰の正体に気付き、俺だとわかったうえでからかってるんじゃないか、と。
でも、そんな様子じゃなかった。ほんと、毎回毎回恋愛相談枠のたびに真剣な悩みを内明かしてくれるし、嘘や冗談で言ってる風にも思えない。京川さんはあくまでも真剣。より一層、謎は深まっていった。
「あ、あの、はづき……さん?」
「はい。何でしょう、モブくん?」
「突然で申し訳ないし、唐突の質問なんだけど、いいかな?」
「大丈夫です」
「はづきさんはさ……どうして俺のリスナーでいてくれてるんですか?」
「え?」
「俺の枠、言うまでもなく男性リスナーが多いし、女性リスナーは少ない。配信内容も陰キャ極めてるし、なんか君には……ふ、不似合いな気がするんだけど……」
「……私……いたら迷惑……です?」
「あ、違っ! そ、そういうわけじゃなくて! むしろありがたいんですけど、なんでなのかなってシンプルな疑問っていうか、なんていうか……」
「………………」
「え、えっと……」
『まずい』
『陰キャ特有の空気壊し』
『やっぱりこっち側』
『ほんとにいきなりで草』
や、やっぱまずかったか、この質問は……!?
軽く後悔してるタイミングで、だった。
黙り込んでいた京川さんが開口する。「なら、よかった」と。
クスッと笑い、続けてくれた。
「お話も好きですけど、私、モブくんの声が好きなんです。聞いてて、すごく癒されます」
「……それは……な、ナカオミくんに似てるから……とか?」
「へ……?」
「あ、い、いや、何でもない。な、なるほど。なるほどね。そういうこと、か。あ、ありがと。なんかごめん。変なこと聞いて」
「……いえ。……でも……」
「……?」
「モブくんの声、確かに私の好きな人と似てます。すごく」
「……っ」
「だから来てるってわけでもないんですけどね。な、なんかそれだとすごく失礼な気もしますし」
あぁ……なるほど。
これは彼女なりの気遣いだ。
でも、この気遣いでわかる。
京川さんは、俺が中臣秋晴だと気付いてない。
気付いてたら、なんかそれっぽい匂わせさせてきそうだし。
結局、その日はドギマギしつつも、二時間の配信を終えて俺は寝た。
ただ、寝る間際までずっと考え続けてたのもまた事実だ。
どうして京川さんは俺のことを好いてくれてるんだろうか、と。
そして、これから俺はどうするのが正解なんだろうか、と。
答えは出ないまま、気付けば眠りに落ちてるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます