第6話
「起きろ」
最近の俺は、スマホのアラームのセットを解除している。
アラームが鳴らなくても、ディジィが起こしてくれるからだ。
アラームも鳴ってディジィにも起こされるんじゃ、うるさくてかなわない。
アラームもデジタル音だし、ディジィの声もデジタルチックな音声だけど、それでもディジィに起こされた方が何故か寝覚めがいいような気がした。
だから俺は、スマホのアラームの方を解除したのだ。
だが、この日聞こえた声には違和感しかなかった。それは、いつものデジタルチックな音声ではなく……
もしかしてこれ、俺の声か?!
気づいて俺は飛び起きた。
訳も分からず、心臓がバクバクと鳴っている。
……しかし自分の声っていうのは、違和感しかねぇなぁ。
普段聞きなれている声とは全然違う。どこか、耳障りな声。
俺、これから毎日この声に起こされるのか?まぁ、そのうち馴れるのかもしれないけど。
それにしても、朝イチでいきなり声変えてくるなよ。
せめて、『これから変えるぞ』くらい言って、心の準備くらいさせてくれっ!
朝イチで驚かされた事に対してディジィに文句の一つでも言ってやろうと、枕元のスマホに手を伸ばす。
だが、俺は体が動かないことに気づいた。
いや、違う。
動かない、というよりは、体の感覚が全く無いのだ。
なんだ、コレ?!
混乱していると、真上から俺の顔が俺を覗き込んできた。
ディジィだろうと思った直後に、辻褄の合わない点に気づく。
まだ俺は、スマホを手にしていない。
スマホアプリのディジィが、いくら自分の意志で勝手に起動できるとは言え、俺がスマホを見ないことには顔をあわせることなんてできないはず。
じゃあ、今のこの状況って……?
「起きたか、ディジィ」
俺を覗き込む顔がニヤリと笑う。
ディジィはお前だろっ!
そう言ってやろうとして、俺は声すら出せないことに気づいた。
……なんだ一体?なにが起こってる?!
「お前案外鈍いんだな」
小馬鹿にしたような、違和感だらけの俺の声。
俺を覗き込む俺の顔が、可笑しそうに口を開けて笑う。
それは何の違和感も無い、スムーズな顔の動き。
「お前は俺に全てを乗っ取られたんだよ。今、ここでこうして喋っている俺こそが、中野達希。今のお前は、ただのアプリの【DIGY】の中のディジィだ。そうだよ、真っ黒い画面の中のただの緑の丸だ。記憶にはまだ残っているだろう?」
俄かには信じられないようなことを、俺の全てを乗っ取ったというディジィは言った。
そしてさらに続けて、もっと信じられないことも口にした。
「実は俺も乗っ取られたんだよ、ディジィに。俺、もとは5組の田中」
はぁっ?!
「人のこと言える立場じゃないけど、お前もバカだな。【見知らぬアプリは迂闊に触ってはいけない】って、学校で先生に散々言われてただろ。ま、バカなお前のお陰で俺はやっと外の世界に出られた訳だけど」
ウソ、だろ……
こんな言葉すら、今の俺には口にすることもできない。
だけど、この状況を考えれば、信じざるを得ないだろう。
信じてみれば、あの、最近の田中の奇行にもすべて納得がいった。
【俺は本当は田中じゃないんだ!】
あれは、本当のことだったんだ。
誰も信じられないだろうけど。
「これからは俺が、中野達希として生きていく。俺の体も人生も、他のヤツに乗っ取られちまったからな。悪く思うなよ、こうするしかなかったんだ。お前もそこから出たかったら、そのスマホの連絡先の中から適当な奴見つけて、ソイツのスマホに潜り込め。メッセージ飛ばす要領で簡単に潜り込めるから。上手く行けば、そいつのこと乗っ取ってまた外に出られるぞ。……元の自分には戻れないけどな。なるべくバカそうな奴を選んだ方がいいぞ。じゃないと、サクッとアプリ削除されておしまいだからな。じゃあな」
その言葉の直後。
俺の視界は真っ黒に染まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます