第5話

 それから毎日俺は、スマホの中の俺と話をするようになった。

 その日学校であったことや、恋愛相談なんかも。

 そうそう、どういう風の吹き回しか、最近ではディジィの方から『宿題を見せてみろ』なんていい始めた。そして、あっと言う間に解いてしまう。

 時には、『教科書を見せてみろ』『ノートを見せてみろ』なんて言う事もあったりして、俺のノートの書き間違いを指摘したりなんかして。

 そりゃそうだ。

 俺の姿形をしているが、ディジィはAIであり、デジタルの世界にいる。デジタルの世界なんて、探せば答えなんか一瞬で見つかるのだろう。


 そんなある日。


『達希。お前の声を録音しろ』


 ディジィがまたそんなおかしなことを俺に命令してきた。

 だが俺にはもう理由に見当がついていた。


「お前、俺の声でしゃべるつもりだな?」

『そうだ』


 頼むから、そんな当たり前のようなことを言わないでくれ!

 と言ったところで、ディジィが意外と頑固なことを俺はもう知っている。

 言い出したら聞かないのだ。

 さすがAI、とでもいうべきか。この融通の効かなさは。

 でも一応抵抗は試みてみる。


「せめて声だけでもイケボとかにすれば?」

『お前の声がいい』


 抵抗、敢え無く失敗。


「わかったよ。で?どんな言葉を録音すればいいんだ?」

『五十音だ』

「……はいはい」


 言われたとおりに俺は、五十音を録音してやった。嫌味を込めて、【いろはにほへと】の順番で。ディジィにとっては【あいうえお】順だろうが【いろはにほへと】順だろうが全く問題無いのだろうけど。それは分かってはいても、せめてもの俺の抵抗だ。

 きっと、明日にはディジィは俺の声で話し始めるのだろう。

 ……まぁ、自分の声ってのは、いつも自分で聞いている声と録音された声では全然違うから、もしかしたらそれほど違和感は無いのかもしれないが。


 しかし、自分の姿で声まで自分の声のアプリのAIと毎日のように会話をしている俺、大丈夫か?

 と、自分でも少し心配になってくる。

 お陰でクラスの他の友達に話す機会を失ってしまい、未だ話せずじまいだ。

 こんなアプリの話なんかしたら、それこそ、俺の頭がおかしくなったのだと心配されるに決まっている。

 アプリ自身が好き好んで俺の全てをコピーするなんて、有り得ない。お前が作ったんだろう、なんてナルシストな奴なんだ!

 なんて思われるのは、俺だってごめんだ。


『5組の田中はどうなった?』


 声の録音も終わったし、メンテナンスのために今日もさっさと勝手に終了するのだろうと思いきや、ディジィは唐突にこんなことを聞いてきた。


「えっ?なんで?」


 確かに、最近また5組の田中の奇行が学校で話題になっていて、何日か前にその話をディジィにもしたのだが、まさかそこにくいついてくるとは。

 今度は奇行についての学習でもしたいのだろうか?


『気になる』

「ふうん」


 やはり、AIとしては田中の奇行が気になるらしい。

 最近、田中はよく名前を間違えるそうだ。

 先生やクラスメイトの名前のみならず、自分の名前さえも。

 つい先日など、【俺は本当は田中じゃないんだ!】と叫んでいたらしい。

 もしかしたら田中の奇行の原因をディジィなら解明してくれるかもしれないと、俺は事細かにディジィに話してみた。

 だが。


『そうか。じゃ、また明日』


 聞くだけ聞くと、ディジィは一方的にアプリを終了してしまった。


「えっ?おい、ウソだろ……まったく」


 思わず口から出た文句は、きっとディジィには届いていない。


 ま、もしかしたら今話して聞かせた情報を整理しているのかもしれないしな。


 そんな楽天的なことを思いながら、俺はスマホを枕元に置いて、眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る