第98話 めぐる季節を、ずっと一緒に。

 大隅先輩は宣言していた通り、この叫び祭の場でゆぅちゃんへ告白した。


 予想していた人が大勢いたのかはわからないけれど、たぶんほとんどの人が想定外だったんじゃないだろうか。


 でも、それは決して遊びとか、適当な想いの伝え方じゃなかった。


 ゆぅちゃんのことを本気で想っていたのは俺にも伝わったし、何よりも屋上下から見ている観客の人たちにも伝わっていたように思う。


 次々と大隅先輩を慰めるような言葉が飛んでいた。


「大隅センパイ、元気出してください!」

「かっこよかったぞー!」

「いい告白だったー!」

「てか、名和って誰だよ!」

「隣の奴か!? あんなのが月森さんとほんとに付き合ってんのかー!?」


 人気者の大隅先輩だ。


 当然というか何というか、次第に俺への攻撃も増え始める。


 内容は、総じて『あんな冴えない奴が?』というもの。


 それはそうだ。


 こんなにも美人で綺麗なゆぅちゃんと俺みたいな奴が付き合っていたら、自分が観客のポジションにいたとしてもそう思う。


 何か月森さんの弱みを握ってるんじゃないか、って。


「おい、名和クンって人! お前、月森さんの弱みでも握ってんじゃないのか!?」

「どうなんだー!? はっきり言ってみろよー!」

「エロ漫画みたいに、とかw」

「ははははっ! それはヤバすぎ!」


 なんか野次の飛ばし方が過激になってきてる。


 隣にいたゆぅちゃんは、それを黙らせようとして前のめりになるが、そこは俺が止めた。


 いい。ここからだ。俺のターンは。


『そ、それでは! 色々と波乱の様相を呈してきました叫び祭も次の方で最後! 一年生、名和聡里君です! よろしくお願いします!』


 司会の人も俺の答えを待ち構えているみたいな言い方だ。


 語調に力が入っている。


 俺はゆっくりと深呼吸をし、ざわつく観客を前にし、自分の中の精一杯の声を出してやった。






「名和聡里です! お話に出された通り! 俺は! 月森雪妃さんと、いや、ゆぅちゃんと付き合っています!」






 観客が大隅先輩の時みたいにシンとなった。


 緊張は抜けないが、心の中で少し安心する。


 俺が叫んで、皆がしっかり注目してくれるのか不安だったから。ざわめきが消えず、野次の中叫ばなきゃいけないんじゃないか、と。


 これなら遠慮なくぶち込める。


「最初はひょんなことがきっかけでした! たまたま! ちょっとした彼女の秘密を知ってしまって! 俺たちの仲は始まっていった!」


 下から「やっぱあいつ弱み握ったんじゃ!?」なんて声が聞こえてくる。


 そう思うだろう。だが違う。俺はそれをかき消すかのように続けた。


「白状します! 俺はゆぅちゃんの弱みを握ったわけじゃないけれど! エッチなゲームをさせました! エッチな漫画を読ませました! これは! 紛れもない! 事実ですッッッ!」






「「「「「「「「「「は、はぁぁぁッッッッッ!?!?!?」」」」」」」」」」






 凄まじいくらいの声のハモり。


 気付けば、なんか観客も増えてるような気がした。


 そんな中、下にいる観客、それから同じ屋上にいる司会の男子や祭の参加者たちも一斉に驚きの声を上げた。


 隣にいるゆぅちゃんは顔を真っ赤にさながらうつむいてて、冴島さんと武藤さん、それから灰谷さんたちは大爆笑していた。声がここまで聴こえてくる。


「でも! そんな俺たちは今仲良しです! ちょっとした友達との一件も一緒に乗り越えて! この夏休みも色々な場所に行って! 以前までの俺だったら! こんな経験はできなかった! 本当にありがとう! 心の底から感謝してます!」


「いやいやいや! それも弱み握られたと月森さん思ってるだけじゃないの!?」


 観客の中から一際大きい声の野次が聴こえた。


 俺は首を横に振って、


「それはわかりません! でも、それでも! ゆぅちゃんは俺の傍にいてくれるから! だから! この場を借りて改めて言いたい!」


 場は再びシンとなる。


 一つ間を置き、空気をいっぱいに吸って、空を見上げながら俺は叫んだ。






「ゆぅちゃんのことが! 誰にも負けないくらい! 世界で一番大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁ! 将来的に結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」






「「「「「「「「「「プロポーズゥゥゥゥゥゥ!?!?」」」」」」」」」」


 屋上の上から、空に向かって思い切り告白した。


 俺はなおも叫び続ける。


 今度は視線を空から切り、ゆぅちゃんの方へ向ける。


 歩み寄り、彼女のことをジッと見つめた。


 俺の大切な彼女は、口元を手で抑え、瞳を潤ませながら見つめ返してくれている。


「これから! 人生のうちに色々巡ってくる景色を! 俺はあなたと一緒に見たいです! 何度も! 何度も! 何度も何度も何度も何度も何度も! ずっと!」


 ゆぅちゃんの瞳の端から涙が零れ落ちる。


 でも、それは悲しい色をしていない。


 笑んでいる彼女と同じ、明るい色だ。


「けど! あなたは本当に誰が見ても綺麗で可愛いから! 大隅先輩みたいに! 言い寄ってくる人がいるかもしれない!」


 今度は野次なんて飛ばなかった。


 シンとしたままだ。


「そのたびに俺は! あなたがどこか遠くへ行ってしまわないよう! 全力で努力します! 好きだから! ちょっとのことじゃ揺らがないくらい! 本当に大切だから!」


 ――だから。


「これからも! どうか俺の傍にい続けてください! お願いします!」


 シンとした中、俺は大隅先輩のようにゆぅちゃんへ手を差し伸べる。


 頭も下げた。


 見えるのは、足が着いているコンクリートのみ。


 心臓がバクバクと跳ねていた。


 叫びと緊張と、何もかもでめちゃくちゃだ。


 けれど、そんなめちゃくちゃな俺を、優しい手の温もりが一瞬にして癒してくれた。


「――ッ!」


 触れた手の感触。


 俺は勢いよく顔を上げる。






「……はい……私も……あなたと一緒にいたいです……ずっと……ずっと」






 涙ながらに応えてくれたゆぅちゃんがいた。


 それを見て、俺の中の色んな感情が爆発した。


 ダムが決壊するみたいに、自分の瞳から涙が浮かぶ。


 瞬間的に俺はゆぅちゃんを抱き締め、彼女もまた俺へ抱き着いてくれる。


 下にいた観客、それから祭の参加者たちから一斉に声が上がった。


 どんなものかは詳細にわからない。


 けれど、それはほとんどが俺たちのことを讃えてくれているような、そんなもので。


 俺は、自分が本当に幸せ者なんだと心の底から実感するのだった。











【作者コメ】

次話、遂に最終回です! いやぁ、長かった! 約一年の道のり! 本当に長かった! 語りたいことはあとがきにて書きます! よろしくお願いします!

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