第97話 もう一つの告白と

 文化祭一日目も午後を迎えた。


 午前の出し物や劇を見て、校内は青春の眩しい雰囲気でいっぱいになってる。


 ゆぅちゃんと付き合う前の俺だったら、きっと一人で人のいなさそうな空き教室を陣取り、窓から外を眺めて青春を呪っていたんだろうな、と簡単に予想できた。


 つまんない生き方だ。


 でも、今ばかりはその吐き捨てるようなつまんない生き方も悪くなかったんじゃないかと思う。




「……っ」




 夏の暑さが抜けきっていない屋上。


 吹き付ける生暖かい風。


 じんわりと浮かぶ汗。


 そして、眼下に広がる大勢の人。


 叫び祭。


 そうだ。そうなのだ。


 遂に俺の中のビッグイベントが始まる。


 参加者の俺と大隅先輩、それからゆぅちゃんに他五人ほどが横一列に並び、下を見つめている。


 どうも大隅先輩の他に出ている五人も他クラス、他学年の人気者らしく、下にいる人たちから面白おかしく冷やかしの言葉をもらってる。


 そのたびに彼、彼女らは笑顔で言い返したりしてた。「お前うるせー」とか言って。もう最高に陽キャ集団。俺の出る幕じゃなかった。ゆぅちゃんと付き合い始めたからって強気に出過ぎだ。場違い感が凄い。何で俺はこんな祭りに出たのか。今になって後悔の思いが芽生え始める。


「大丈夫? さと君?」


 その後悔の思いが顔に出ていたのか、右隣にいたゆぅちゃんから心配そうな声掛けをもらってしまう。


 まったくだ。


 こんなことで大丈夫か、と自分で情けなくなってくる。


「はっはっ。月森さんに心配されてるじゃん、名和君(笑) だいじょぶ? もう本番始まるけど?」


 余裕そうな大隅先輩からも煽りのようなお言葉をいただいた。


 聞こえない声で舌打ちし、俺は強がるように前を向く。


 それを見て、先輩はまた面白げに笑った。


 ちくしょう。余裕かましやがって……。


「大隅センパーイ! キャー! かっこいいー!」

「こっち向いてー!」


 あと言い忘れたが、この人もこの人でかなりの人気者なのだ。


 本来なら俺なんかに構っている暇はない。


 下からの黄色い声に手を振ってるだけで本番が始まってしまうレベル。


 今だってそう。


 俺から視線を切り、下にいる女の子たちへ笑顔で手を振っていた。


 胸糞が悪い。


 こんなにもモテるんだから、ゆぅちゃん以外の女の子に言い寄れよ、ほんとさ……。


 無意識のうちにジト目を向けていると、先輩がまた俺の方を見てくる。


 彼はニヤッと笑い、


「どうかした?」


 なんてわざとらしく聞いてくる。


 今度はもう、俺も不快なのを隠さなかった。


「別に」とそっぽを向くと、彼はさっきよりも大きい声で笑った。


 そのやり取りのせいか、緊張も徐々にほぐれてくる。


 本来のスタンスで祭に望めそうだった。


 傍らでマイクを持った男子生徒が『あー』とマイクテストを始めだす。どうやらそろそろらしい。


『それではお待たせしました! 叫び祭、開催したいと思います! ぜひとも観客の皆さんも盛り上げてください!』


 でかい声だ……マイクいらないんじゃないか……?


 と思うものの、その大きい声につられて観客は盛り上がり始める。


 下から指笛を鳴らしたり、冷やかしの声を上げたり、女子は声を揃えて大隅先輩の名前を呼んだり、好き勝手でもうめちゃくちゃだ。


 ――が、


『うん! うんうんうん! いいですねぇ! これぞ叫び祭って感じです! 去年も盛り上がりも半端なかったですが、今年もしっかり盛り上がりましょう! 叫び~!?』


「「「「「「「「「「まつりーッッッッッ!!!」」」」」」」」」」


 下から、声を揃えて観客の皆さんが叫ぶ。


 こ、こういう始まり方をするんだな、叫び祭って。


『はい! では、さっそくお一人目、いってみましょう! 自分の思いの丈、伝えたいこと、何でも言っちゃってください! どうぞ~!』


 司会のマイクを持った男子が声を張って言うと、突然BGMとして音楽が流れ始める。


 雰囲気の作り込みが凄かった。これは一大イベントとして取り上げられるわけだ。観客も多いし。


「栄えある一人目! いかせていただきます! 三年B組――」


 一番右側にいた女子の先輩が大声を上げる。


 俺に番が回ってくるのは最後。


 参加者のパンフレットにはそう書いてあった。


 順番的には、大隅先輩、ゆぅちゃん、ときてから俺だ。


 言うことは決めてある。


 ゆぅちゃんも、俺が何を言うのかは大体想像できてるかもしれない。


 だけど、俺の叫びは、たぶん彼女の想像を超えて、この学校一の噂になるかもしれない。


 それくらいの大きな出来事だったから。


 クールで綺麗な君とあの日、初めてちゃんと言葉を交わしたのは。











 それから、俺たちの前の五人は思い思いに好きなことを叫び、下にいる観客の生徒たちを盛り上げ、楽しませていった。


 俺たち以外に、恋愛がらみの叫びをした人もいた。


 大隅先輩までとはいかないものの、人気者でイケメンの男子。


 彼が観客として下にいた女子へ告白したのだ。


 だけど、結果は残念ながら、という形。


「好きだ!」と告白して、女子の方が下から「友達としか見れません!」の一蹴劇。残絵酷過ぎる。


 もうちょっとこう、雰囲気に乗せられてロマンチックな形に……とかなってもいいんじゃなかろうか。


 男子も男子で割とイケメンはイケメンなんだし。


「っくっふぅ~……!」


 その振られたイケメンさんは、自分の番が終わったというのに、一人皆の前で男泣きを披露していた。


それがまた笑いと同情を誘うからズルい。


 きっと俺がその立場なら、同情だけが残って完全にお通夜ムードだと思う。


 想像するだけで吐きそうだ。めちゃくちゃシラケてるんだろうなぁ……。


『それでは、次の方いってみましょう! 皆の人気者、大隅君です!』


 前の人たちの暴れっぷりに呆然としていると、遂にこの人の番がきてしまう。


 ハードルが上がる紹介のされ方だが、それをものともせずに大隅先輩は下へ手を振った。そして、


「どうも、皆の人気者らしいです! 二年、大隅陸也です! よろしくお願いしまーす!」


 大きな声ながら、その叫び方に爽やかさが残る完璧なパフォーマンス。


 アイドル顔負けのそれに、観客の女子たちはメロメロだ。俺とゆぅちゃんはこの人の後に叫ばないといけないらしい。


「突然ですが! 俺には今! 好きな人がいます!」




「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」




 だからアイドルかよ。


 心臓をバクつかせながらも、心の中で毒つきが止まらない。それはもはや、自分の気持ちを落ち着かせるためでもあったのかもしれない。


「大隅君、誰!?」

「女の子!? 二年の何クラス!?」

「違う学年!?」

「ううん! 違う性別って可能性も!」

「まさかのBLカプ誕生!? キャァァァァァ!」

「アタシ……もう……」

「イヤァァァ! 目を覚まして、夢子ゆめこ~!」


 すごい騒ぎっぷりだった。


 腐女子も歓喜乱舞。


 なのに、大隅先輩は動揺することなく、いつもの微笑を浮かべて続ける。


「好きな人……それは……」


 皆の視線が大隅先輩に集まる。


 そんな中、俺は彼から目を逸らした。


「今、こうして俺と同じく叫び祭に参加している女の子――月森雪妃さんです!」




「「「「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」」」」」」」」」」




 さっきよりも大きな驚きの声。


 マイクを持っている司会の男子も驚いていた。


 一瞬の後、場に沈黙が訪れる。


 が、それを叫び主は壊した。


「驚かせてすいません。でも、今俺の言ったことは本当で、本当に抱えている大切な思いです」


 大隅先輩は人差し指をそのまま俺の方に向けてくる。


 皆の視線が疑問符と共に俺へ集まった。


「そこにいる名和君は、月森さんと付き合ってます」


 観客の人たちの頭上に、疑問符だけじゃないビックリマークが確かに浮かんだ。


 もう驚きすぎて声も出ないという感じだ。


 俺は、集まった視線にこらえきれず、思わず下を向いてしまいそうになる……が、思い切って顔を上げる。


 堂々とする。


 それはもう決めたことだったから。


「彼と月森さんは本当に仲が良い。同じ一年生で、同じクラスで、それ以上に俺の踏み入ることのできないような何かもあって。俺はそんな彼が羨ましかった! 羨ましくて仕方なかった! 最初に好きになったのは、たぶん俺なのに、って!」


 先輩は力強く続ける。


 ゆぅちゃんの方を見て。


「月森さん。告白します。俺は、あなたのことを入試で見た時から好きだった。一目惚れだった。寒い中、マフラーを巻く君の姿がすごく綺麗に思えて、俺がハンカチを落とした時、拾ってくれながら浮かべた微笑は今でも忘れられない。君が入学してくれたらどれだけ俺は幸せだろう、って。すごく考えていた」


「……」


「雪結晶のブレスレッドも、まるで君を表しているようでとても綺麗だ! 君は、俺の中で完全で、完璧な女の子で、世界一可愛いと思える女の子です! だから、だからどうか、俺の思い、受け取ってはくれないでしょうか!」


「………………」


「お願いします!」


 ゆぅちゃんの元へ行き、手を差し出す大隅先輩。


 観客に冷やかしの声なんかはもはや皆無だ。


 あまりにも本気だった。


 彼氏である俺を前にしながら、本気でゆぅちゃんを自分のものにしようとしている。


 エロ同人的に言えば、これはかなり堂々としたNTR。


 ゆぅちゃんと一緒にやったゲームで、同人誌で何度も見た展開。


 共有した趣味。


 もしかしたら、それがとてつもなく強かったのかもしれない。


 俺の心に焦りなんてものはそこまでなかった。


 不思議なくらいに、だ。






「……ごめんなさい……!」






 え。


 そんなひらがな一文字が、下にいる人たちの声のすべて。


 いや、そこにいる叫び祭に参加している五人。それから司会の男子も頓狂な声を上げる。


 俺は何も言わなかった。


 ただ堂々としたまま、ゆぅちゃんの方を見つめる。


 彼女は、息を吸って、それから声を上げた。







「ごめんなさい!」






 これは叫び祭だ。


 大声を出しても何の問題もない。


 みんな驚いていたが。突然のゆぅちゃんの大声に。


「気持ちは嬉しいです! 好きって言われて、嫌な気持ちにはなりません! なるはずがないです! ありがとうございます! あなたからもらった思いは、ちゃんと大切にしたい!」


 でも。


 そうやってゆぅちゃんは続けた。


「私の心には、どうやったってもうさと君がいて! 不器用でも、自虐的でも、頑張ってくれる一生懸命な彼がいるから!」


 徐々に震えるゆぅちゃんの声。


 胸元で両手を抱きかかえるように、やや丸くなる彼女。


 苦し気に、けれども確かな意思をもって大隅先輩を見つめた。


「これ。ブレスレッドも褒めてくれてありがとうございます。……けれど、これは私だけを表しているわけじゃないです」


 ――親友。


「私と、一番の友達の関係を表した大切なもの。それから、さと君が守り抜いてくれたものでもあります」


 大隅先輩の口から洩れる。


 名和君が、と。


「だから、私はあなたの気持ちに応えられない。あなたと違って、不器用でも、一生懸命な彼だけが私の気持ちの支えなんです」


 ――ごめんなさい。


 ゆぅちゃんのその言葉に、止まっていた時が動き出す。


 何となく、動かしたのは冴島さんと武藤さん、それから灰谷さんのような気がした。


 観客の生徒たちは悲喜こもごもな声で叫ぶ。


 うつむきながら。


 けれども哀しい表情で微笑だけは崩さない。


 そんな大隅先輩に対して。

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