第96話 勇気の秘密

 俺たちの高校の文化祭は、二日にわたって行われる。


 一日目が学内の人たち、つまり生徒同士や先生に対して出し物を見せたりする内輪のようなもので、二日目に、親や外部の人が自由に参加できるようなものとなっている。


 だから仕組みとして、青春を強く感じられるのは、主に一日目らしい。


 生徒たちが体育館のステージで各々有志の劇をしたり、漫才をしたり、特技を披露したり、何か観客を巻き込むようなゲームを作ってきたり。


 先生たちもどうやら積極的に参加したりするようで、毎年文化祭の一日目は結構な盛り上がりを見せるとのこと。


 その勢いのままに二日目を迎え、フィナーレというわけだ。


「中学の時もこんな感じじゃなかった? 一日目で合唱コンクールとかやって生徒同士で盛り上がって、二日目の出し物を披露して楽しむ、みたいな」


 一緒の照明係である灰谷さんが待機所でぼーっとしながら問うてくる。


 照明機材をチェックしながら、俺は何となしに答えた。


「俺の中学は一日しかなかったよ、文化祭。合唱コンクールして、パソコン部の演劇発表見て、自由時間は展示されてる出し物を見るだけだった」


「えー! 何それ!? ちょーつまんなそうじゃん! よかったぁ、私ナワナワと同じ中学じゃなくて」


「聞きようによっちゃ傷付くからそんな言い方しないで。ていうか、そろそろ俺たちが機材動かす番だからね。やる気出して、灰谷さん」


「へいへーい。残念だったね、雪妃と一緒じゃなくて」


「まあ、そこは仕事だし。一緒じゃないからってダウンしてらんないよ」


「へへ。どでかいイベントが夕方頃に待ってますもんねぇ?」


「……そうだね。待ってるね」


 言われ、苦笑する俺。


 どでかいイベント。


 それは叫び祭のことだ。


 ここで俺は、改めて全校生徒の前でゆぅちゃんへ告白する。


 いったい誰のために、か。


 ゆぅちゃんには、とっくの昔に俺の気持ちが届いている。


 大多数に向けて俺とゆぅちゃんが付き合ってることを暴露する必要も無い。というか、叶うなら言いたくない。


 じゃあ、何でそんなことをするのか。


 それは決まってる。


「おっ。噂をすれば大隅先輩だ。私、先行ってるね~」


「あっ、ちょっ……!」


 先に行く必要なんてどこにもない。


 俺と彼女は今日同じ場所で機材を動かす役割なのに。


 わざと二人きりにしたな……くそ……。


「やぁ。文化祭、楽しんでる?」


 穏やかな口調で声を掛けてくる大隅先輩。


 当然のように隣に来て肩を叩いてきた。絡み方が陽キャのそれだ。陰キャの俺にそんな近付くな。火傷するぞ。……俺が。


「楽しむ余裕なんてないですよ。仕事もありますし」


「夕方は皆の前で宣言しなくちゃいけないもんな? 月森さんとお付き合いしてます、って」


「っ……」


 それをあんたが言うか。


 すぐにそう返してやりたかったが、そんなことができてたら俺は苦労してない。


 微妙な顔を作るだけで、先輩の方は一切見なかった。相変わらず機材だけを見る。もうチェックなんてする必要ないのに。


「まあさ、色々あるけど、まずは第一に文化祭を楽しみなよ。高校一年生として参加する文化祭なんて人生で一度きりなんだし」


「……まあ」


「じゃないと十年後とかにふと振り返って後悔するハメになるよ。あの時、俺はどうして楽しまなかったのかな、とか思って」


「……」


「って言っても、そんなの俺がいなかったら楽しめてるわ、とか名和君は思ってそうだけどな。はははっ。悪い悪い。別に悪気があって俺も君に絡んでるわけじゃないんだ。許してくれ」


 言って、なおも先輩は「ははは」と楽しそうに笑った。


 ほんと、何が可笑しいんだ。


 いい迷惑だよ。高校一年の文化祭はあんたのせいで心の底から楽しめないってのに。


「いいよ。それでも君は楽しめ。楽しんで、俺を踏み台にしな」


「……え?」


「人の彼女に手を出そうとしている俺なんて適当にフッ飛ばして、名和君は名和君で青春すればいいんだよ。所詮そんなもんだ。俺なんてさ」


「……」


 思わず先輩の顔を横から見つめてしまう俺。


 彼はそれに気付き、見つめ返してきた。


 気まずくなって俺は視線を逸らす。


 大隅先輩はクスッと笑い、


「でも、生まれた想いは消えない。消えないから、叫び祭で俺は月森さんへ告白するよ」


「……考え直したりはしてくれないんですか?」


「しないね。するつもりは毛頭ない。君に戦いを挑むよ」


「……」


「何でもそうだけど、やらないで後悔だけはしたくないんだ。それは俺の生き方に反するから」


 本当に俺とは正反対だ。


 やらないで自分が傷付かないなら、俺はそっちを選んでしまう。


 たぶん、ゆぅちゃんと仲良くなるタイミングが少しでも遅かったら、きっとこの人は彼女を恋人にしていたんじゃないだろうか。


 二人が一緒にいる姿を想像して、胸がズキリと痛む。


 痛むけど、俺は……。


「……前まで、俺は本当に情けないただの陰キャラでした」


「ん?」


「自分の身だけを守って、何かを得るために自分が傷付かない方へばかり行って、教室の隅っこにいつもいるような奴だったんです」


「…………うん」


「変わりたいとも思わなかった。それこそ何の刺激もなく、ただ周りを羨むだけで済むならそれでいいだろう、と。ずっとそう思ってました」


「…………」


「けど、ゆぅちゃんと仲良くなって、それが徐々に変わっていった」


 思い返されるのは、最初の出会いから、冴島さんとの一件の時のこと。


「彼女が悩んでるなら、俺は自分がどうなろうと、その悩みをどうにかしてあげたいと思い始めた。行動する勇気だって、彼女のことを想ったらドンドン湧いてきた」


「へぇ。すごいね」


「ゆぅちゃんは、俺の一生懸命なところを好いてくれているみたいです」


「うん」


「だけど、その一生懸命さを生む原動力は間違いなく彼女自身だから。……俺は言いたい。ゆぅちゃんが――」


 言いかけたところで、大隅先輩が俺の言葉をさえぎるように言った。


「ストップ」と。


 俺は彼の言う通り口を閉じ、彼のことを見つめる。


 大隅先輩は呆れるように笑って、それから俺の肩を軽く叩いてきた。


「そこから先の言葉はたぶん取っておいた方がいい。叫び祭で月森さんに伝えてあげたら、きっと彼女も喜ぶと思うからさ」


「……敵なのにそんなアドバイスしていいんですか?」


「うん。いい。俺も好きな人には幸せになってもらいたい。悪人にはなり切れないんだ。どーもね」


 言って、大隅先輩は体育館のステージの方を遠い目で見つめた。


 そして、そっちの方を指差す。


「照明、そろそろ次君の番じゃないかな? 灰谷さん、向こうで待ってると思うよ」


「あ……」


「さっきはそそくさと逃げて行ったのにね。きっと早く来い、とか思ってるはず。行ってあげて」


 苦笑して言う先輩に対し、俺は軽く頬を掻いて返す。


「わかりました」と。


 でも、言った言葉はそれだけじゃない。


「すいません。ありがとうございました」


「どしたよ、いきなり。敵に感謝なんてしない方がいいぜ? まだ戦いは終わってないんだから」


「いえ。いいんです。ありがとうございました」


「何だよ何だよ? 意味わかんないって。ほら、行った行った」


 苦笑を続け、俺を手で追っ払いながら先輩は言った。


 俺は、そんな彼に対して軽く頭を下げ、駆け出す。


 きっと、この人がいなかったら、俺は大切なことに気付かないままだった。


 ゆぅちゃんとずっと一緒にいたい。


 その思いを強いものにできないまま、情けないままでいて、彼女をいずれ悲しませていたかも。


「ごめん。遅くなった」


 灰谷さんの元に着き、謝る。


 彼女は、大隅先輩の言う通り俺の到着が遅くて焦っていたみたいだ。


 背中をペシペシ叩かれる。


 そして、その先にいた女の子と目が合った。


「ゆぅちゃん」


 世界で一番可愛い女の子。


 名前を呼ぶと、その子は俺を見つめて、ニコッと笑んでくれた。

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