第85話 しどろもどろな絵里奈ちゃん

 その後、俺たちは照明係として体育館に行き、器具の位置や種類をメンバー全員で確認した。


 最初に葉木さんから照明係は案外大変だと言われたが、実際に器具などを見せてもらい、操作方法も口頭ではあるものの教えてもらったところ、その難易度を実感した。


 劇の役や、司会進行係ほど特別な能力をそこまで求められるものでもない。


 ただ、こういうタイミングはこういう角度で、と仲間との連携は求められるので、それが俺にとっては一番ネックだった。


 大隅先輩とは当然ながら気まずいし、他のメンバーとも決して仲が良いというわけじゃなく、むしろ俺のことを敵視してるような人たちまでいるし、状況はどちらかといえば悪いのだ。


 あと、灰谷さんはいいとして、冴島さんとも今は目を合わせられない。


 いったいどうすればいいのか。


 本番でミスなんてできるわけがない。


 練習でもなるべくミスはしたくなかった。


 連中は俺のミスを口を開けるようにして待ってる。


 隙さえあればそこを突き、口撃のタネにしようとしているほどだ。


 こんなので上手くいくはずがなかった。


 ほんと、どうして俺とゆぅちゃんがここへ呼ばれてしまったのか。


 かえって係内の不和を招いてるじゃないか……。






「……そういうのが大隅先輩の目論見だったりするのかな……?」






 ハッとした。


 プール横の水飲み場。


影のかかったコンクリート部分にて一人で腰を下ろしていると、トイレを済ませたゆぅちゃんが俺の元へ戻って来て小さくそう呟く。


 洗ったばかりの濡れた手をハンカチで拭きながら、浮かない表情だ。


 それもそうか。


 俺だって今は表情が暗いはず。


 彼女も俺の横に腰を下ろし、二人並んでそこへ座った。


「……あの人が何を考えてるのかはわからない。灰谷さんのおじいちゃんちに行ってた時、電話で俺に宣戦布告してきたけど、今日はなんか守ってくれたような一幕もあったし」


「……そう……かな? そんな時なんてあった?」


「わかんない。俺の勘違いかもしれないけど、廊下でゆぅちゃんが声を上げて、そこから悪い雰囲気を払拭してくれたっていうか、助け舟を出してくれたような気がしたっていうか……」


「私は特にそうは思わなかったけど……。自分の係だし、グループが崩壊するのを見てられなかったとか、そんなことじゃないかな?」


「どうなんだろうね。ほんとわからない」


「でも、さと君に色々言ってきてるのは事実なんだよね? ……その、私のことがどうとか言って……」


「うん。事実」


「じゃあ味方なんてこと絶対ないよ。あの人は自分のことしか考えてない。私がさと君以外の人を好きになんてなるはずないのに」


 ゆぅちゃんにそう言われ、彼氏としては素直に嬉しかった。


 今日は一日通してゆぅちゃんをしっかり守ることができなかったわけだ。


 たくさんの人や陽キャラを前にして、情けない姿しか見せられなかったし、本当なら怒られててもおかしくない。


 だけど、彼女は今もこうして変わらず俺の味方でい続けてくれている。


 しっかりしないと。


 自分の頬を両手で叩く。


 そして一つ息を吐いた。


 隣でゆぅちゃんが少しびっくりしてる。


「大丈夫?」と心配そうに声を掛けてきてくれた。


 俺は頷く。「大丈夫」と。


「にしても、冴島さんまだかな? 彼女も一緒に帰ろうって約束してたんだよね?」


「うん。たぶんもう少しで来ると思う。……あ、ほら来た」


 ゆぅちゃんが見やる先へ俺も視線を移動させる。


 見れば、小走りでこちらに向かってきてるギャルっぽい女の子の姿があった。


 冴島さんだ。


「ご、ごめん、二人とも! 他のメンバーの人たちと話してたら少し遅くなっちゃって!」


 言いながら駆けてき、俺たちの元へ辿り着くと膝に手を突いて荒くなった呼吸を整える。


 そして顔を上げ、作り笑いのようなぎこちない笑みを浮かべた。


 俺と目が合った瞬間に逸らし、ゆぅちゃんの方へと移動させる。


 さすがにだ。


 振る舞いはいつも通りでも、それはゆぅちゃんの前だけ。


 俺に対してはどうも彼女だってまだ気まずいらしい。


 それなのに一緒に帰るのをゆぅちゃんに提案するってのは気になるが……俺がいるとは思わなかったってことなのかな。


「羨ましい、絵里奈。あの人たちと仲いいなんて」


「羨ましいなんてそんな。雪妃たちは……運が悪いだけだよ。何でこんな風に呼ばれちゃったのかアタシもわかんない。美海曰く大隅先輩が、ってことらしいけど」


 呼吸の整っていない冴島さんに言われ、俺とゆぅちゃんは互いに顔を見合わせる。


 やっぱりそういうことなのかもしれない。


 大隅先輩が俺たちのことをハメようとしているのは確定的か。


「で、でもさ、あの廊下でのやり取り、最後大隅先輩が俺たちのこと守ってくれたようにも見えなかった……?」


 顔色を伺うように冴島さんへ問う。


 彼女は少しぎこちなく宙を見て、考える仕草をしながら返してくれた。


 目は俺と合っていない。


「た、確かにそう見えたような……気もするような……」


「そんなことないと思う。あの人が私たちの味方なんてするはずないよ」


「え、ええっと……じゃあ、雪妃がそう言うならそうなのかも……?」


 ダメだ。


 今の返しでわかった。


 今の冴島さんは本調子じゃない。


 俺がいるからなんだろう。


 明らかにしどろもどろでどっちつかず。


 ゆぅちゃんもそんな冴島さんを見て疑問符を浮かべていた。


 いつもならハッキリしたことを言うタイプなのに、と。


「絵里奈……? なんか今日……曖昧なこと言いがち」


「へ……!? そ、そう……かな?」


「うん。そう。ハッキリしてない」


「え、えぇぇー……」


「何かあった? 大隅先輩に嫌なことされた? 私たちと仲いいからって」


 心配するように問うゆぅちゃん。


 それを受け、冴島さんはもっとうろたえてあたふたしてる。


 確実だ。


 あんなのいつもの冴島さんじゃない。


 変なのは変。


 でも、その変調がまさか俺のせいだとは思ってないはず。ゆぅちゃんも。


「あ……え、えと……そ、その……ゆ、雪妃……あのね……?」


「どうしたの? 何でも言って? 先輩に悪いことされてたら、私とさと君でどうにかしてみるから」


 え……。


 どうにか……できるんだろうか。


「絵里奈……!」


「う、うぅぅぅ……!」


 顔を近付けられ、真っ赤になる冴島さん。


 見てられなかった。


 間に割って入るようにして、俺は二人の顔の間に手を突っ込む。


「お二人さん、ちょっと待って」


 ゆぅちゃんは俺の方を見てき、冴島さんは一瞬こっちを見てすぐに視線を下へやった。


 やれやれだ。


「とりあえず、どっか涼しい所へ行かない? ここだと暑いし、冴島さんも軽く熱中症になってるのかも……みたいな?」


「熱中症? へ……!? 絵里奈、そうなの……!?」


「え、えぇぇ!?」


 ゆぅちゃんが冴島さんの頬へ手をやる。


 あまりにも大胆だ。


 この子は自分が彼女から恋心を抱かれてたこと、忘れてるんじゃないだろうか。さすがにその行為は罪過ぎる。


 ドキッとしても仕方ない。もっとしどろもどろになる。


「そ、そそ、そう……かも……? どこか涼しい所で…………きゅぅ」


「え!? ちょ、さ、冴島さん!?」


「絵里奈!?」


 オーバーヒートを起こしたか、冴島さんはゆぅちゃんの胸に体を預けるようにして気を失ってしまった。


 俺たちは動揺の中、彼女をそこに寝かし、落ち着くのを待つのだった。

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