第84話 悪く言わないで
ミーティングがひと段落し、俺たちはそれぞれの役職ごとに分かれて作業していく。
司会進行、オープニング劇などの舞台役、照明役、そしてその他諸々。
四つ五つほどのグループに分かれてる状態だ。
空き教室の中を使って引き続き話し合いするところや、そうでないところ。つまり俺たち照明役を任されている人は、リーダーの指示によって体育館へ移動することになった。
既に置いてある器具の説明など、基本的なことを教えてくれるらしい。
教えてくれるらしいのだが……。
「それにしても暑いね。ずっとエアコンの効いてる空き教室にいたかったけど、皆ごめんねー。ははは」
どうしてこうなった……。
照明係のリーダーはなんと大隅先輩。
それからメンバーもメンバーだ。
「「………………」」
俺とゆぅちゃんの前を歩いてる二人。
冴島さんと灰谷さん。
彼女らも照明係。
何とも言えない表情で気まずそうに俺とゆぅちゃんの方をチラチラ見てくる。
特に冴島さんの方は色んな思いがこもった瞳で俺のことを見てきていた。
ちゃんと彼女と目を合わせることができない。
昨日、あんな告白を受けてそれらしい応えを返せないまま俺たちは電話を切ってしまった。
冴島さんも具体的な返答はいらないってフォローしてくれてたけど、今のこの視線を見れば色々思いを抱えているのは嫌でも伝わってくる。
考えないといけないことが二重、三重となって降りかかってる。
気まずさのせいで俺は、一言も言葉を発せなかった。
まあ、俺たち四人以外にもメンバーはいるので、大隅先輩の発言に反応する人は間に合ってる。
もう今は空気になりきることにした。
何でこうなるんだ、という憂鬱感はどうしようもないくらいに俺の心を満たしていたわけだが……。
「にしてもさ、月森さんに名和君」
「えっ……」
言った傍から集団の先頭を歩いていた大隅先輩から名前を呼ばれる。
俺たちはほぼ一番後ろにいるってのに何でだ。
「急遽文化祭委員のメンバーとして招集しちゃってごめんね。夏休みだし、こんな暑い思いして学校まで来るのヤだったでしょ?」
冴島さんと灰谷さん以外のメンバー全員が俺とゆぅちゃんの方を振り返るようにして見つめてきた。
その視線といえば……あんまり歓迎してもらってるとは言い難いものだ。
イチャイチャを見せつけに来たのかよ、とでも言いたげというか。
全然俺たちはそんなつもりないし、むしろ呼ばれただけだってのに。
「あ、え、い、いや……そんな……い、嫌だなんてそんな……はは……」
苦しい。苦し過ぎる。
癖で出てしまった作り笑いだってどうしようもないくらいどうしようもなかった。
ダメだ。テンパり過ぎて語彙力がおかしなことになってる。
というか、冷や汗もヤバい。
横にいるゆぅちゃんもそんな感じだった。
挙動不審になってる。
「ほんとにぃ? いやぁ、俺が名和君の立場だったら絶対『行くのダリー』みたいに思ってる。本音言っちゃっていいんだよ? 今は葉木さんもいないんだし」
「あははっ! スミさんそれ言うのヤバ過ぎです! 委員長、どこで聞いてるかわかんないですよ?」
大隅先輩のすぐ後ろにいたギャルめな女子が大きな声で笑って言う。
外見で言えば冴島さんっぽさがあるものの、性格は何となく違う感じ。
ただ、それは俺があの人とちゃんと絡んでないから言えることなのかもしれない。
冴島さんにも最初『怖い』とか『陽キャラ』とか勝手にレッテル貼って見てた。どこか懐かしさを覚える。
「い、いや……ほんと……まあ、暑いのは確かに嫌ですね……」
苦笑い付きで俺がぎこちなく言うも、周りの反応は本当に芳しくなかった。
大隅先輩が「そう~?」なんて明るく返してくれるから場の雰囲気はどうにかなってるが、他の面々はあまり笑っていない。
当然か。
俺のぎこちなさは自分でもわかるほどだし、隣にいるゆぅちゃんは下を向いてるだけ。
揃いも揃って話し掛けられてるのに何してるんだ、みたいな空気だった。
「てかさ、月森さんってそんな感じの性格だったんだね」
「……?」
列の真ん中辺りにいた黒髪ショートボブの女子(この人はたぶん一年)が俺たちの方へ振り返りつつ言ってくる。
どういうことかわからず、俺は首を傾げた。
「冴島さんたちと仲良くしてる時とかもっとクールな感じでさ、もっと毅然としてなかった?」
そんなこと言われてもだろ。
俺はそう思ったけど、何も言い返せるわけもなくただ彼女のセリフを聞くだけだ。
「今はなんか横の彼氏さんに似てきてる感じ。何? 影響受けちゃったとか? しかも悪い方向に」
悪い方向にって。
少なくとも完全に俺はディスられてる。
女子からの罵倒は本当に心が痛むけど、実際事実だし仕方なかった。
何も言い返せない。
「そもそも二人が付き合ってんのほんと意外じゃね? なんつーか……珍しい組み合わせだし」
陽キャラっぽい男子が便乗するように言ってくる。たぶんこの人も一年だ。他クラスで見たことある。
しかし珍しい組み合わせって。
似合わないって素直に言えばいいのに。
「ま、月森さんがいいならそれでいいんだろうけど、なんか雰囲気も暗くなってふにゃったね。笑う」
酷い言い方だ。
こんなこと堂々を言わなくてもいいのに。
自分がディスられてるのはいいけど、俺のせいで月森さんが悪く言われてるのは我慢ならなかった。
「……あ、あの――」
勇気を振り絞って言い返そうとしたところ、だ。
「……悪いかな?」
それまで黙り込んで下を向いていたゆぅちゃんが空気を切り裂くように言う。
黒髪ショートボブの女子の足が止まり、そこで皆が歩みを止めた。
それから、皆の注目がゆぅちゃんに集まる。
「私がさと……名和君と付き合ってて悪いかな? 雰囲気変わって悪い?」
「……え。いや、別に悪いとは一言も――」
「あなたが今まで私のことをどう思ってたのかは知らないけど、そんな勝手な印象を押し付けるだけ押し付けて、名和君のことを悪く言うのはやめて? お願いだから」
静かに、しかし強い言い方だ。
廊下の中、グラウンドで練習している野球部の掛け声やバットから出る金属音、そして外から聴こえてくるセミの大合唱だけがここにある音のすべてとなる。
だけど、俺は自分で自分の心音が大きくなっているのを感じた。
それは色んな思いが重なった結果だ。
困惑の中、俺は彼女へ感謝していた。
嬉しかったから。
皆の前でそう言ってもらえて。
俺と同じことを思っていてくれて。
「はい、はい。皆注目」
固まった場で、大隅先輩が手を叩いて声を出す。
俺たちはそれに釣られるようにして彼の方を見やった。
「新しい仲間が加わったとはいえ、いきなり仲をギクシャクさせるのは勘弁だよ。同じ仕事をしようとしてるんだから、色々思うことがあってもせめて仲良くしよ? な?」
言われ、皆が互いの顔を見つめ合う。
そんな中、俺はこっそり大隅先輩の方を見つめていた。
あなたが俺たちに話振るからこうなったんでしょうが、と。
いや、それは冗談だが。
なんとなく、彼が俺たちを助けてくれた気がした。
それはたぶん勘違いだろうけど。
彼はゆぅちゃんのことが好きで、俺に宣戦布告みたいなことをしてきたわけだし。
「というわけでね。改めて体育館の方へ行こう。や~、色んな意味で変な汗出ちゃったけどね~」
笑いながら絶妙に笑えないことを言う大隅先輩。
けれど、それでも場が和んだのは、彼の人徳というか、人望のおかげなんだろう。
羨ましくはないが、素直に凄いと思った。
葉木先輩と似たような、そんなリーダーっぷりをこの人が発揮したから。
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