第83話 仕事が決まる

「それじゃあ次。文化祭当日のステージ照明担当についてですけど――」


 開幕早々まさかの事態に陥り、さっそく委員メンバーの注目を集めてしまった俺とゆぅちゃん。


 いったいどうなることかと思ったが、そこはリーダーである葉木さんが凄かった。


 騒がしくなるこの教室内をすぐに静かにさせ、全員をミーティングの方へ集中させる。


 それで、今はこうして何事もなく本来のスケジュールに沿って会議が行われている。


 全員で机と椅子を囲わせて半円を作り、黒板部分に設置されたプロジェクターに注目する。


 そして、進行役として抜擢されているであろうあの大隅先輩が話を進めている最中だ。何となく気まずかった。


 あの喧騒を葉木さんが止めた中、彼だけはずっと俺を見ていた。


 何を考えているのか。


 それは予想できる気もするし、できない気もする。よくわからなかった。


 あまり思い詰めてこっちも不安になりたくはない。やっぱり嫌なもんだ。この集まりに参加するのは。


「照明担当についてはまだしっかりと決まっていません。他の担当……会場設営だったり、オープニングの舞台茶番、進行役などは決まっているのですが、これだけがまだ人数が集まっていないです。どなたか希望される方いますか?」


 大隅先輩が問いかけ、全員が隣にいる人や席の近い人と相談し始め、若干のざわめきが起こる。


 俺とゆぅちゃんは今日初参加だ。何が何のことかさっぱりわからない。どの仕事にどの人が決まっているのかもさっぱりだ。周りを見渡したりして、状況を読むしかない。……って言っても、それにもまた無理があるんだけども。


 ……なんてことを考えていると、一人の男子が声を上げた。挙手してから、というわけじゃない。挙手しながらだ。堂々とした態度で意見する。


「基本的にはほとんどのメンバーが要職に就いてる。となると兼任ってことになりそうだが、オープニングの進行劇や司会とかはあらかじめ練習が必要だし、ここを任されてる人たちは兼任させるの可哀想だと思うんだ。どうだろう?」


 誰だ? これまた見たことがない人。たぶん先輩。いや、今度は確実に。


「そうですね。劇や司会進行を任されているのは……大体九人程ですか」


「半分くらいはもう任されてるよね。照明って全部で何人くらい必要なの? 大隅君?」


 真面目そうな女子……先輩(たぶん)がプロジェクターを眺めながら大隅先輩に問うた。彼は手に持っていたボードを見ながら即座に返す。


「最低五人ですね。色の組み分けとか、これもまた色々覚えたりする必要があるんで大変と言えば大変です」


「最低、か。なら、多めに見積もって八人くらいは必要?」


「がベストだと思います。どうしても兼任する人が出てきそうです」


「そっか……」


 うーん、と顎元に手をやって考える仕草をする彼女。


 兼任だの何だの言っているが、俺とゆぅちゃんはまだ一つも仕事を担っていない。これは……挙手しておいた方がいいやつなのだろうか。


 しかし、相手は大隅先輩だし……どうも手を挙げづらい。


「ただ、東さん。自分に少し案がありまして」


「案? 何かしら?」


 真面目そうな彼女は首を軽く傾げる。あの人、東さんっていうのか。


「今日初めてミーティングに参加した月森さんと名和君。二人に照明係を担当してもらうのはどうでしょう? 二人ともまだ何も仕事が無い状態でしょうし」


 言われ、一気に皆の視線が俺たちの方へ向けられる。


 ざわめき立つことは無かった。


 無かったけれど、どことなくその視線というやつが痛い。


 一つ一つに冷たさがあるような気がした。


 あの二人を一緒にしていいのか。隠れてイチャつくだけではないか。そんな嫌悪に満ちているような冷たさが。


「っ……。ぼ、僕たちはほんと、できうる範囲で任された仕事をします……はい……」


 皆の視線が集まる中、俺は若干キョどりながら声を出す。


 一応、『できうる範囲』ということは言っておいた。発表役とか、進行役とかは絶対に無理だ。柄じゃない。


「ちっ……。『僕たち』だってよ。気に入らねー」


「っ……」


 左の方でこそっと聴こえてくる声。


 誰かはわからなかったが、男子の声でそう言ってるのが聴こえた。


 ゆぅちゃんは落ち込むように下を向いている。


 マズい。どう考えても俺の言い方が悪かった。


「まあまあ。名和君、たまたま出ちゃっただけだよね。『僕たち』って」


 笑ってフレンドリーに言ってくれる大隅先輩。


 俺も釣られて作り笑いを浮かべる。それがまた辛かった。


「安心してよ。今回俺のこの采配というか、仕事割り当てもたまたまでしかないからさ。本番、練習共に月森さんとイチャイチャすることなく仕事に勤しんでくれよ? 頼むぜ?」


 本当の陽キャラを見た気がした。


 白い歯を見せながらにこりと笑む大隅先輩。


 これはモテる。


 事実、軽く回りを見てみれば、さすがだよな、という声。


 女子たちも顔がメスになってた気がした。いや、この表現は絶対口に出して言えないけども。


「いいですよね、葉木さん? 二人とも照明担当にして」


 大隅先輩が問うと、端っこの方に座って状況を見ていた葉木さんはこれまたにこりと笑み、


「いいよ。否定する理由がないね。ただ、二人とも? 照明は案外覚えること多いからね? 心して臨むように」


 ぎこちなく俺とゆぅちゃんは返事をする。


 視線は相変わらず痛かったけど、とりあえず仕事が決まった。


 冴島さんや武藤さん、灰谷さんは何を任されているんだろう。


 気になりはするものの、ミーティングの最中で聞けるはずもなく、俺はただその後も粛々と会議の話を聞き続けるのだった。

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