第72話 彼氏の前で読む寝取られ同人誌

「では、ファミリールーム三番をご用意しましたのでそちらへどうぞ~。ごゆっくり~」


 漫画喫茶の受付を済ませ、俺とゆぅちゃんは店員さんに指示された部屋へ入る。


 ドリンクバーもスープバーも利用できるし、漫画に雑誌も読み放題で、部屋に備え付けてあるデスクトップパソコンからオンラインゲームをすることもできる。


 だが、だ。


 そんな諸々を差し置いて、俺はゆぅちゃんの手を引き、真っ先に彼女を部屋の中で座らせた。


 ここは満喫の中でも特別広く、ある程度声を出しても許されるファミリールームだ。


 広さもあって、防音機能も付いている。


 部屋のレンタル価格はそこそこしたが、ゆぅちゃんをわからせるためならそれもまた痛くはない。


 今回の旅の目的は、彼女の壊れた脳を癒すこと。


 ひどい寝取られ同人誌で傷付いた心は、それよりもまだダメージの少ない低刺激の寝取られ同人誌を読むことで寛解していく。


 それをゆぅちゃんは理解してくれていないみたいだから、俺はもう強硬手段に出ることにした。


 背負っていたリュックの中から、五冊ほどの薄い本を取り出す。


 そして、それを床に広げ、


「よし、ゆぅちゃん。今からこれを俺の前で読んで欲しい。それで、すぐに感想を聞かせて」


「へ……?」


 真剣に言う俺に対し、ゆぅちゃんはキョトンとしながらこちらを見つめてくる。


 俺は頷いた。


「実際に体験してもらった方が早い……というか、俺の言ったことを少しでも理解してもらわないと、これから新しい同人誌を買ったって意味が無くなる。ゆぅちゃんの脳は回復しない」


「え……で、でも……その……」


「大丈夫。恥ずかしいって思いなら捨ててもらっていい。俺の前だし、今さら感あるし」


「ち、違っ……! そ、そうじゃなくて……」


「……?」


「同人誌、読めるのは読める。さと君の前でも。だって、私は今回の旅で、さと君と一緒に薄い本買って、ホテルで読もうと思ってたわけだし……」


「うん。じゃあ、読もう。俺も一緒に読むから」


「だ、だから、そういうことじゃないの。そういうことじゃなくてね?」


 彼女は手を横に、首を横に振り、その白い頬を軽く朱に染めながら続ける。


「い、いくら何でもいきなり過ぎない……かな? 私、さっきさと君の言ったことの意味もまだ理解できてないし……」


「大丈夫。ノープロブレム、だよ。俺、それを今からゆぅちゃんに伝えようと思ったんだ。口で言うよりも、実際に行動に移した方がいいかと思って」


「こ、行動……」


「うんっ。ゆぅちゃんが読んだエグい同人誌よりも緩い寝取られ。これをまずは一冊でもいいので読んでいただきたいです。お願いします」


「っ~……」


 頭を下げる俺を見つめ、嫌とも言えず、けれども承諾し難いのか、低い唸り声を上げるゆぅちゃん。


 俺は続けた。


「もちろん、感想共有は俺もするよ。この同人誌たちは俺の私物だし、もう何度も読んでる。内容はバッチリ脳内に記憶してあるから」


「そ、そういう問題でもない気がする……」


「大丈夫。難しく考えないで。こういうのは勢いが大事なんだよ。ね? 数ページでもいい。先っちょだけ。先っちょだけだから」


「……っ! そのセリフ、完全に同人誌で出てくる嫌なおじさんの言うことだよね……? さと君、やめてぇ……。自分で自分を汚すようなことしないでぇ……。私の中のさと君は、もっと純粋で、綺麗なのに……」


「ぐへへっ。ゆぅちゃん。そう言わずに。ほらほら、それ(同人誌)持って。ゆっくり開いて(ページ)」


「うぅぅ……やぁぁ……」


 悔しい。でも感じちゃう。ビクンビクン。


 とでも言うように、ゆぅちゃんはイヤイヤと弱々しく頭を横に振りつつ、じわ~っと俺の貸した同人誌のページを開き始めていた。


 冷静になって考えてみると、俺は何をしてるんだろう、と思うものの、まあ何でもいい。


 とにかく、俺の指定した同人誌を読んでもらわないと。


 うん。あんなに嫌って言ってたのに、ひとたびページをめくると、夢中で読み始めちゃってるし、ゆぅちゃん。


「っ……」ぺら……ぺら……


「うんうん」


「……っ~……」ぺらぺら


「……」


「……っ……」ぺらぺらぺら


「……」


「……あ……」ぺらぺら、ピタ


「……ふふふ……」


「……あぅぅ……」顔真っ赤


「ふっふふ……」


 十五分ほど経ってから、だろうか。


 ゆぅちゃんは読んでいた同人誌から目線だけを上げ、読み終わった旨を俺に無言で伝えてくる。


 対して俺は一人で頷き、誇らしげな表情を浮かべていた。


「良い表情変化だった! グッジョブ!」


「グッジョブじゃないよ……もぉ……」


 恥ずかしさから、本を顔に押し当てながら悶えるゆぅちゃん。チラ見えしてる耳は真っ赤だ。可愛い。


「ゴホン! まあ、とりあえずそれは良いとしてね、ゆぅちゃん」


「……なぁに?」


「ズバリ、感想はどうでした? 読んでみて」


「……感想」


「うん。ページを追うごとに表情変化が著しかったので、ちゃんと読んでくれてたのは目の前でもよーくわかったんだけど」


「……ん」


 なんかこっちがワクワクしてる。感想訊くの。


「……えっと……普通に……よかった……よ?」


「ふむふむ。よかった。寝取られだけど?」


「……うん。寝取られだけど……なんていうか……その……え……エッチ……で」


「っ!」


 俺が目を見開いて反応すると、すぐさまゆぅちゃんは本に顔を押し付け、その場でごろんと横になった。


 恥ずか死。


 そういうやつなのだろうか。


 めちゃめちゃ恥ずかしそうである。


「だ、だって、どうって訊かれてもそういう感想しか出てこないんだもん……! 他に何か言える……!? 無理だよ……!」


 眉を逆八の字にさせてぴゃーぴゃー怒るゆぅちゃん。


 まあ、確かに、ではある。


 けれど、俺からすれば、でも、だった。


「ゆぅちゃん。じゃあまたさらに訊くけど、ゆぅちゃんが読んで脳破壊させられた同人誌と比べてどうだった?」


「え……?」


「アレと比べると、たぶん今読んだのはマシだったと思う。まだ何かすっきりした感じがあるんじゃないかな?」


 俺が問いかけると、ゆぅちゃんは顎元に指をやって考え込み、


「すっきりはしないよ……。だって、同じ寝取られだし……」


「ふむふむ」


「でも、読後感はまだこっちの方がマシ。前読んだのは、読んだ後すっごく悲しくなったし、私が話の中に入ってどうにかしてあげたいって思ったし」


「あるあるだね。なるほどなるほど。読後感はこっちの方がマシだ、と」


「うん」


「じゃあ、もうちょっと行こう。次、読んでみてくれる?」


「え。ま、またなの……?」


「あと四冊行こう」


「えぇぇ……!」


 キツイのはわかってた。


 わかってたんだけど、ゆぅちゃんの壊れた脳をどうにかしてあげたい。


 その一心で、俺は彼女へひたすら寝取られ系の同人誌を読ませるのだった。

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