第71話 わからせ
「着いたね、東京……」
「うん。着いたね、さと君……」
遂に降り立った東京の地。
俺もゆぅちゃんも東京は初めてだから、本来ならはしゃいでたりするものなんだと思う。
でも、そうじゃなかった。
俺たちは、二人して新幹線内で寝取られの同人誌を読み、無事脳を破壊された。
そのせいで、テンションは逆に低く、船酔いした人みたいにゆらゆらと立つばかり。
そして、「はぁ」と深々ため息をついた。
二人とも同じタイミングで。
「ごめんね、さと君……。さと君には、私の読んだ同人誌、今読ませてあげるべきじゃなかった……」
「そんなの気にしなくていいよ……。遅かれ早かれどうせ読んでたし、脳も破壊されてたんだし……」
「でも、東京に着いて早々二人で脳破壊された状態なんて……」
「それも大丈夫……。俺、脳破壊されることは慣れてるし、何なら回復のさせ方もある程度は知ってるから……」
「ほ、ほんと……?」
「ほんとほんと……。このノウハウを以てして、今回の東京旅行ではしっかりゆぅちゃんの脳も壊れたところを治してあげるから……」
「……ありがとう……さと君……やっぱり……頼りになるね……」
青ざめた顔をし、微笑を浮かべながら言うゆぅちゃん。
その表情は、無理やり作られたものだとすぐにわかる。
自分も含め、早いうちに回復のための手を打たなければ。
俺は、自分自身を鼓舞するかのようにそう思い、彼女の手を握った。
一緒に二人で並んで歩く。
「……とりあえず、今日泊まるホテルに荷物を預けてこよう……。その方が動きやすい。ここから先はしばらく戦いになるから……」
「う、うん……。戦い……。しっかり準備しなきゃだよね……」
「そういうこと……。まず探すのは、糖度の高い純愛もの。そして、それを買ったら次は――」
「え……? 待って、さと君。純愛以外に何か必要なものがあるの……? 私、てっきり寝取られで壊れた脳は純愛でしか癒せないと思ってた」
困惑するゆぅちゃんに対し、俺は自信ありげに頷く。
「寝取られで壊れた脳はね、寝取られで回復させるんだよ……!」
「……え……!?」
具合の悪そうな顔をしてたゆぅちゃんが、目を見開いて驚きの表情を作る。
そうだ。そうなのだ。
俺は人差し指を上に突き出し、コホンと咳払い。
人通りの多い道のど真ん中ではなく、端っこの方に行くため、ゆぅちゃんの手を引いて歩いた。
で、ちょうど人の歩いていない壁際で語り出すことにする。
「ただ、一応ね、これにはポイントがあるんだ」
「ポイント……?」
ゆぅちゃんは首を傾げながら疑問符を浮かべる。
そこで何となく気付いたけど、ゆぅちゃんのあまりの可愛さに、通りかかる男の人たちがチラチラと彼女の方を見てた。
くそ……。
俺は、彼女をさらに壁際の方へやり、覆い被さるようにして、通りかかる人たちにゆぅちゃんのことを見られないよう工夫。
その行為のせいで、ゆぅちゃんはより一層疑問符を浮かべてたけど、俺は独占欲を誤魔化すように話を続けた。
寝取られで壊れた脳を寝取られモノで治すって話だ。
「え、えっと、要するに、俺たちは今、どぎつい寝取られモノを読んで、脳を壊されてるわけだよね?」
「う、うん」
「だったら、それを治すのには純愛が一番。それは正しいんだ。正しいんだけど……」
「正しいんだけど……?」
「その『脳破壊をさせられた同人誌』を超えてこない、『緩い寝取られ同人誌』をたくさん読む。これがまた重要なんだよ」
「……?」
「もっと簡単に言えば、読んでも落ち込まない寝取られ同人誌をたくさん摂取して、『寝取られ同人誌って言ってもこの程度だ』って、脳を騙すんだ。それも、たくさんの作品を用いてね」
「どうしてたくさんなの……?」
「それも簡単。たくさん読めば、たくさんの情報を頭の中で処理しなくちゃいけなくなる。そのせいで、俺たちに多大なダメージを与えてくれた例の同人誌を忘れていける」
「そんなこと……あるの? しばらくは忘れられそうにないよ……?」
「大丈夫。そこは安心して。ほら、言うじゃん? 失恋を癒してくれるのは、時間と、それから新しい人との出会いだ、って。やっぱり、情報更新ってのは何かを忘れるのに最適なんだよ」
「…………そう……なのかな?」
「そう。そうなんだ」
「……私にはそういうの、わかんない。だって、さと君が傍に居てくれるし、失恋もしたことがないから……」
「っ……!」
カウンターを食らった気分だ。
上目遣いで言ってくるゆぅちゃんの力は凄まじい。
思わず息を呑んでしまい、言葉を詰まらせてしまった。
「や、ややっ……!」と、訳のわからない声を漏らし、俺は動揺しながら続ける。
「と、とにかくそういうことだからっ……! い、いい……? 純愛モノと、緩い寝取られモノを探して買っていくっていう方針で……!」
「……んん~……」
不安そうに、俺を伺うようにして見つめてくるゆぅちゃん。
『本当に?』と、言葉にしていないのに、それが瞳から伝わってくる。
……仕方ない。なら、これはちょっと理解してもらわないと。
「ゆぅちゃん」
「……?」
「ちょっと今から漫画喫茶に行こう」
「へ……? 漫画喫茶……?」
俺は頷く。
そして、その理由を切り出しながら、また彼女の手を優しく握り、それを引いた。
「少し『わかってもらいたいこと』がある」
「わかってもらいたいこと……?」
「うん。実践行動に移すのはそこから先にしよう」
俺がそう言うと、ゆぅちゃんはいったん押し黙り、素直に手を引かれていた。
……が、
「それ……『わからせ』……だね……」
「……え……?」
人混みの中、今ゆぅちゃんがちょっと聞き捨てならないことを言ったような気がした。
歩きながらではあるものの、俺は思わず彼女の方を見てしまう。
ゆぅちゃんは、頬を朱に染め、再度小さい声で言ってくれた。
「今から私……さと君に『わからせ』されるんだ……………………え……エッチなこと……」
「――!?」
ただでさえ。
ただでさえ、冷静に今日の夜のことを考えれば、俺は簡単に失神してしまいそうになるのに。
この子は……。
「ゆ、ゆぅちゃん……!」
「ひゃっ……!」
彼女の体を近くに引き寄せ、俺は可愛らしい白い耳の近くでボソッと呟いた。
「……そうだよ」
「ひぅっ……! さ、さとく……!」
「俺……今からゆぅちゃんに『そういうこと』教えるから……」
「っ~……!」
「だから、人の多いところで、あんまり言わないで」
――何をするか、は。
「……っ……っっ……!」
観念したように、ゆぅちゃんはコクコクと頷く。
俺はそれを確認し、再び彼女の手を引いて歩きだした。
これも一種の『わからせ』なのかもしれない。
やっぱり今回の旅はヤバい。
そんなことを一人で再認識しながら、俺は真っ赤になった顔を誤魔化しつつ、前へ前へと人波を割って歩くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます