第69話 旅の始まりと手作りサンドイッチ

 灰谷さんのおじいちゃんおばあちゃんちへ海旅行をし、帰ったその日、俺とゆぅちゃんは、さっそく東京へ旅行しに行くことを決めた。


 目的は、同人誌ショップ巡り。


 それも、ただ闇雲に良さげなものを探しに行くのではなく、寝取られ作品を読んでしまったゆぅちゃんの脳を回復させる良質な同人誌を見つけるのがミッションだ。


 大丈夫。


 その辺りのノウハウを俺は心得ている。


 ちゃんとした同人誌ショップに行くのは俺自身初めてなものの、ジャンル選択などに関しての勝算はあった。


 ゆぅちゃんが困ってるんだ。


 ここは俺が力を発揮しないと。


「――というわけで、本日はお日柄も良く、こうして二人そろって集合場所に集まれたことをとても幸せに思います」


「はい。さと君先生、この三日間よろしくお願いします」


 新幹線の通っている駅に現地集合し、まず俺たちは互いに頭を下げ合った。


 一応、言ってはおいたんだ。


 これは単なる遊びではなく、崇高な治療の旅だ、と。


 もちろん、二人きりで初めての旅行だから、しっかり楽しむつもりではいるんだけど。


「さと君先生。私、お金の方はたくさん持ってきました。今回の旅で、壊れちゃった脳をしっかりと回復させたいです。できるでしょうか?」


「うん。もちろん。できるし、させるつもり。というのも、俺も今まで何度も寝取られ同人誌に脳を壊されてきたから。そのたびに自己流の回復方法を見つけ出して、今日まで同人誌を嗜んできたんだ。もう経験値が違うよ」


 胸を張って言うと、ゆぅちゃんは麦わら帽子の下にある瞳をキラキラさせ、「おぉ」と感嘆の声を漏らす。


 俺はコホンと咳払いをした。


「だからね、何というか、その辺に関しては大船に乗った気持ちでいてくれて構わないんだけど……」


「だけど……?」


 小首を傾げながら疑問符を浮かべる彼女。


 俺は、チラチラとゆぅちゃんの方を見たり、違う方を見たりして、若干挙動不審っぽい振る舞いをした後、思ったことを口にした。


「……その……きょ、今日のゆぅちゃんも……可愛いね……。ワンピースとサンダル……すっごく似合ってる……」


「へ……?」


「め、めちゃくちゃ……可愛いです……!」


 海旅行で俺たちの関係はさらに親密になったっていうのに、未だに面と向かって『可愛い』と言葉にするのは恥ずかしい。


 でも、伝えることは大切だから。


 勇気を振り絞って言った。自分の気持ちを。


「あ……え……! う……! そ……そう……かな……?」


 するとまあ、ゆぅちゃんもきょとんとした後に反応。


 赤面し、顔を少しうつむかせ、麦わら帽子のつばで表情を隠した。


 が、口元の緩みはまるで隠し切れていない。


 ニマニマとなっていて、それでも笑みを誤魔化そうとするもんだから、ちょっと面白いことになってた。そういうところも可愛い。


「じ、実はね、このワンピース、一昨日買ったばかりなの。お店で見つけて、すごく可愛かったから」


「う、うん」


「さ……さと君にも見せたいな……と思って……。今日着て来たんだ……」


「な、なるほどね!」


「そうしたら、可愛いって言ってもらえた。嬉しい」


 俺もそんな可愛いゆぅちゃんが見られて嬉しい。


 けど、ダメだ。まだ新幹線に乗ってもいないのに、ゆぅちゃんと二人きりになれる場所でイチャイチャしたくなってきた。


 いかがわしい意味じゃなく、誰も人のいないところで色々お話ししたいっていうか……。


 あ……あぁぁぁ! もう! いかんいかんいかん!


「よ、よーし! それじゃ、改めまして合流できたってことで、さっそく新幹線に乗る……んだけど、まずはお昼ご飯をどこかで買おう! まだ何も食べてないよね?」


「あ、う、うん。でも、さと君、それなんだけど……」


「……?」


「お昼、私作ってきた。簡単なサンドイッチ」


 マジですか。


 言って、ゆぅちゃんはキャリーバッグとは別に持っていたカバンから、保冷袋を取り出して見せてくれる。


 それは、本当にサンドイッチだった。


 ハムや卵を包んだものと、それからフルーツを挟んだものまで多種多様。


「旅行だし、箱は使い捨てのもので、あまり可愛くないかもしれないけど……」


「ぜ、全然! そんなの気にしないで! す、すごい! これ俺、食べてもいいの……?」


 わかりきったようなことだが、問うと、ゆぅちゃんは満面の笑みで頷いてくれる。


「うんっ。もちろん。さと君のために作ってきたから」


 本当にダメだ。


 ゆぅちゃんと付き合い始めて、何度思ったかわからない。


 俺、もう死んでいいかも。


 こんな可愛い女の子にここまで尽くしてもらえるなんて。


 幸せ以外の何物でもなかった。


 溶けそうになる。暑さじゃなく、幸福で。


「じゃ、じゃあ、このサンドイッチ新幹線で食べよ? そろそろ発車時間近いし」


「わかった。改めて、今日から三日間よろしくね、さと君」


 俺は深々と頷き、彼女と一緒に並んで歩き出すのだった。


 この旅行は、きっと人生の中でも最高の思い出になる。


 そんなことを考えながら。

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