第68話 脳を壊された雪妃ちゃん。
【まえがき】
前話の作者コメにて、番外編として二人の旅行を描きますと宣言しましたが、本編として書いていくことにしました! ごめんなさい!
なんというか、どうしても時間軸をズラすとリアリティに欠けるような気がしたので、そこを考慮した次第です!
報告としてはそれだけですので、ではでは本編の方どうぞ~!
●〇●〇●〇●
――昼寝をしよう。
あまりの疲労の深さからそう思い、ベッドに寝転んで目を閉じた瞬間、傍に置いていたスマホから着信音が鳴る。
「……誰だ?」
画面を確認すると、そこには【月森雪妃】と表示されていた。
ゆぅちゃんだ。
ゆぅちゃんが通話してきた。
眠気に襲われていたところだったが、それも多少覚め、俺は応答と表示されている部分をタップ。上体を起こし、耳へスマホを近付けた。
『もしもし? さと君のお電話ですか?』
ひそひそと囁くような声で問うてくるゆぅちゃん。
俺は、一瞬素で疑問符を浮かべてしまい、やがて「ははっ」と笑ってしまう。
「うん。俺のお電話だよ、ゆぅちゃん。ゆぅちゃんも俺のスマホの番号に電話してくれたんだろうし」
『うん。さと君のスマホに電話掛けた。よかった。さと君が出てくれて』
「……?」
そりゃまたどういうことだろう?
ゆぅちゃん、さっきから面白おかしなことしか言わない。やっぱりゆぅちゃんも海旅行で疲れてるんだろうな。
『えっとね、実は私、さっきからさと君に勧められた同人誌読んでたんだけど……』
「うん。……にしても元気だね」
俺なんて寝落ちしかけてたのに。
『あ、もちろん疲れてるのは疲れてる。海旅行、色々なことがあったから』
「まあねぇ」
『さと君とも……色々なこと……したし……』
「っ……!」
思わず言葉を詰まらせてしまった。
まあねぇ、なんて、こればかりは気軽に返せない。
いや、本当のところを言うと、まあねぇ、なんだが、俺の心の辞書にも恥じらいという言葉がありまして……。
ゆぅちゃんの顔は見えないけれど、恥ずかしくなり、思わず咳払いしてから返してしまう。
「ま……まあ……ねぇ」
と。
『あ。で、でも、今電話してるのはそれが言いたいからじゃなくて。そ、その……』
「う、うん……。俺の勧めた同人誌を読んでたんだよね?」
『そ、そうっ。その中で、ちょうど寝取られてる最中の女の子が、彼氏からの電話に出るシーンのところを読んでたんだけど……』
「は……はい……」
『……私も……不安になって……いても立ってもいられなくなったの……。さと君が……旅行から帰って早々……絵里奈と……変なことしてないか……とか思って』
ぶほっ、と吹き出してしまった。
何度も言うが、目の前にゆぅちゃんはいないのに、俺は一人手を全力で横に振り、否定言葉をぶつける。
「し、してるわけないじゃん、そんなこと! 何で俺が冴島さんと!? て、てか、そもそも冴島さんが一番好きなのはゆぅちゃんなんだから! ゆぅちゃんが悲しむようなことはしないって! そこは信じてあげて!?」
『で、でも、不安になったのっ! 絵里奈、見た目ギャルっぽいし、ギャルっぽい女の子は同人誌でよくさと君みたいな男の子の初めてを奪って、してやったり、みたいな風に舌をペロッと出してるからぁ!』
「いくら何でもシチュが具体的過ぎない!? あと、簡単に妄想で冴島さんをビッチキャラに仕立てるのやめてあげて!? 君ら親友だよね!?」
『親友だけど……絵里奈……行動力あるから……』
「それは確かにだけど……安心していいよ。それは無いし、何なら俺は今から寝ようとしてた」
『絵里奈と……!?』
「違うよ! 一人でね!? もうその妄想から離れてよ、ゆぅちゃん!」
泣きそうになり、震える声で問うてくるゆぅちゃんに、俺は本気でツッコんでしまう。
そんなこと、万が一にもあり得ないよ。
ゆぅちゃんっていう彼女がいるのに、冴島さんと……なんて。
こちとら、あなたとそういう展開を起こしたいなぁ、って思ってるくらいですし……。
「海旅行、すごく楽しかったんだけど、結構体力的にも大変だったから。その反動。昼寝しようかなぁって思ってたんだ」
『そ、そうだったんだ。ごめんね、そんなタイミングに電話掛けて』
「ううん。そこはいいよ。気にしないで。ゆぅちゃんから電話掛かって来たら、俺の目は速攻で覚めるし」
『それは……寝取られてる最中の女の子が、彼氏からの電話の着信音を聞いて、体をビクッとさせるのに似てるのかな……?』
「……いや、そこはよくわかんないけどね……?」
たぶん、気付いてないだけで、ゆぅちゃんもかなり疲れてる。
いつもならここまでフルスロットルにおかしくならない。
テンションもなんか変だ。
「単純に、好きな女の子から電話が掛かって来るって嬉しいんだよ。目も覚める」
『っ……!』
「なので、俺の目が覚めるのは至極健全な理由ですので、どうして電話掛けてきてくれたのか、そろそろちゃんと教えてもらっていい?」
『あ……っ』
「本当に同人誌読んで不安になっただけ?」
『う……ううん。不安になったのは……なったんだけど……ちょっとしたお誘いがしたくて』
「ちょっとしたお誘い?」
疑問符を浮かべると、電話口でゆぅちゃんは『うん』とか細い声で言ってくれる。
弱々しさがあって、可愛い声だった。
『東京へ……旅行しに行かない? さと君』
「え……?」
『美海のおじいちゃんおばあちゃんちでも言ってた……よね? 私、さと君と一緒に東京へ同人誌買いに行きたいなぁって』
「あ……あぁ~……」
言ってた。確かに言ってた。
『も、もちろん日は空けるつもりだよ? 疲れも残ってると思うし、三日後……とか、どう?』
「三日後……」
呟き、すぐにスマホのカレンダーアプリを開く。
友達のいない俺に予定なんてものはほとんどない。綺麗さっぱりだ。
『あと、お金のことも。私は貯めてたお年玉があるんだけど、さと君はどう?』
「俺もお年玉。貯めてるやつがちょうどある。お金は大丈夫」
『そっか。なら、行ける……かな?』
うん。行ける。
俺は一人で頷き、話題を同人誌の方へ持って行った。
「けど、結構急だね。東京に行くって言っても、それは冬休みとか、もっと先なのかと思ってた」
『うん。実は私もそれくらいがいいのかなって考えてたんだけど……』
「……?」
ゆぅちゃんの言葉が詰まる。
俺は首を傾げてしまった。
『やっぱり……思い出は……早いうちに作っとかないといけない……から』
「へ……?」
『好きな人に……ちゃんと想いを伝えないといけないのと……同じで』
「……んんん???」
曖昧な言葉だ。
フワっとしてて、抽象的。
『あ、あのね……端的に言うと……』
「……うん?」
ゆぅちゃんは咳払いする。
そして、電話口でもわかるくらい、息を吸って吐く。深呼吸だ。
『さと君』
「はい」
『私……さと君の勧めてきた同人誌で……脳壊されちゃったの……』
「え……」
『一緒にいて? 慰めて? 純で、愛な同人誌、一緒に探して?』
限界に近いような声で、縋りつくように言ってくるゆぅちゃん。
これは……アレだ。
「沼……だね」
『……?』
「同人沼に浸かっちゃったんだよ、ゆぅちゃんは」
『……へ?』
「同人誌で破壊された脳を、同人誌で回復させようとする。それすなわち、沼なんだ」
『ど、どういうこと……?』
オーケーだ。
「オーケーだよ、ゆぅちゃん。俺に任せて」
『さと君……?』
「同人マイスターの俺が、しっかりゆぅちゃんの脳を回復させてあげる! 行こう、東京! 買おう、脳回復同人誌!」
テンションの上がる俺に、ゆぅちゃんは最後まで疑問符を浮かべてるようだった。
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