第65話 あなたに独り占められたい
頭上で俺たちを照らし付けていた太陽も沈みかけ、空がオレンジ色になっている。
チラホラいた海水浴客も、気付けば俺たちだけだ。
色々とあり過ぎた海水浴もそろそろお開き。
パラソルをたたみ、持つべきものを持ってから、皆で灰谷さんのおじいちゃんちへ歩いて帰る。
帰るのだが……。
今日一日のことをワイワイと楽しく振り返り合ってる中、俺の恋人だけが頬を膨らませてこっちを見つめ続けていた。
「…………っ~…………!」
ゆぅちゃんである。
武藤さんも寧々さんも、灰谷さんだって楽しそうにしてるのに、ゆぅちゃんだけが何か言いたげに俺を睨んでる。
その傍では、冴島さんが頬を引きつらせて俺とゆぅちゃんを交互に見てる。
まるで「ご愁傷様」とでも言わんばかりに。
「……あ、あの、ゆぅちゃん? ど、どうかしました? 俺、何かしたかな……?」
前を歩いてる武藤さんたちに気付かれないよう、こそっと聞いてみる俺。
が、しかし……。
「……さと君のばか……」
怒られてしまう。
何をしてしまったからなのか、皆目見当もつかない。
「……! あ、も、もしかして、お、俺に日焼け止め塗って欲しかった……とか? 確か、塗ってあげてたのは冴島さんだし」
機嫌を取るために、作り笑いしながら問うも、ゆぅちゃんの表情はさらに険しくなる。
冴島さんからも、右腕をベシベシ叩かれてしまう。
「気付かないの? 名和くん? 雪妃が怒ってる理由」
「え、えーっと……」
申し訳ないが、頭を縦に振るしかない。
頷くと、ゆぅちゃんが涙目で俺の左腕を抱いてくる。
仕草は甘えてきてるっぽいのに、頬は膨らんだまま。怒った状態である。
「さと君、私、ここで脱いじゃってもいいんだよ?」
「ふぁ!?」
あんまりなことを言われたもんで、頓狂な声を上げてしまう。
そのせいで、前を歩いてた武藤さんや灰谷さん、それから寧々さんも俺たちの方へ振り返ってきた。
「なーに間抜けな声出してんの、名和君?」
「少年、お姉さん文化祭委員のことは聞いちゃったよ~。大変だけど、心壊して変な奇声あげるのだけはダメだよ~?」
ニヤニヤしながら言ってくる武藤さんと寧々さん。
灰谷さんもそんな二人に同調しつつ、後ろ歩きで俺に歩み寄って来た。
「大丈夫だよ、ナワナワ? 私たちの力を合わせれば、この問題はきっと解決できるよ。うん。安心して?」
何でこの人、したり顔で俺にこんなこと言えるんだろう。
元はと言えば、灰谷さんがゆぅちゃんと俺のことを言わなかったらこんなことにはならなかったのに。
俺は「はぁ……」とため息交じりに頷く。
するとまあ、灰谷さんは俺の肩をポンポン叩いてきた。
ゆぅちゃんのご機嫌も斜めのまま。
冴島さんも、俺と同じく深々とため息をついていた。
「まあ、やるしかないね。皆でこの問題、解決しよっか」
「ね! 絵里奈もいるんだもん、百人力だよ!」
「どういう意味なの、それ……。別にアタシ、先輩たち相手に強気に出れるってわけじゃないよ? やれることも限られてるし」
「はははっ! いざとなればアレだ! 腕っぷしでやっちまえ、絵里奈!」
「楓……あんたは何言ってんの、ほんと……」
呆れる冴島さん。
それぞれの思惑が交錯しながらも、決して後ろ向きじゃない俺たち。
面倒なことに変わりはないけど、これもこれでまた青春っぽくて、俺は苦笑するのだった。
●〇●〇●〇●
「――それで、ゆぅちゃん? ご機嫌斜めなのはわかってたけど、これは……?」
「だって……さと君なかなか気付いてくれないから……」
夕方から時間が経って、夜。
離れのお風呂場にて。
冴島さんたち皆が入浴し終えたのを確認し、一番最後に風呂へ入ろうと、服を脱いでたタイミングでだ。
ゆぅちゃんが水着姿で脱衣所に入って来た。
開いた口が塞がらなかった。
一瞬、何が起こってるのかよくわからなかった。
頭が真っ白になった。
けど、何とか状況を飲み込んだ感じだ。
咳払いして、彼女へ問いかける。
「あ、あの……ゆぅちゃん? 気付いてくれないってのは……その……」
「……これ……!」
胸を張って、おっぱ……いや、水着か。水着を主張してくるゆぅちゃんさん。
まだ風呂に入っていないのに、自分の顔の火照りが強くなっていくのを感じる。
こんなことをしてて、またどこかで灰谷さん辺りが見てないだろうか。
そこが不安になり、周囲を挙動不審気味に見渡す。
確認した感じ、俺たち以外に人はいなさそうだ。とりあえず安心しておく。
「さと君……何してるの?」
「え……。何って、灰谷さんたちがどこかで見てないかな、と。海水浴の時、俺とゆぅちゃんが男子更衣室にいたの、灰谷さん見てたらしいから」
「へ……!? う、嘘……!?」
「ほんと。だから、また今回も見られてないか確認してたんだ。見られてたら、面倒なことになりそうだし」
困惑し、顔をうつむかせるゆぅちゃん。
けれど、黙り込んだと思えば、彼女はまたすぐに言葉を紡いだ。
「……でも、いい。私は……そんなのもういいの……」
「……え……?」
もういい……? それはいったいどういう――
疑問符を浮かべていた矢先、水着姿の彼女は顔を上げて、訴えかけるかのようにこっちへ歩み寄って来る。
その表情には、切なさや懇願、他にも俺の想像を超えている想いが籠ってるように見え、一つ一つを言い当てることなどできない。
でも、わかるのは、確かに俺へ言いたいことがあるということだ。
水着姿の好きな女の子が接近して来るなんて、普通の俺なら絶対にキョドって遠ざけていた。
この状況、そんなことはできない。
絶対に。
「さと君……私の水着姿……楽しみにしてるって言ってたよね……?」
「え……」
「他の人に見せないでって。見せるなら、二人きりの時、俺の前だけで見せてって」
「あ……」
「私、そうなるのを楽しみにしてた……。確かに男子更衣室でもさと君の前で着替えはしたけど、それは着替えただけ。ちゃんと水着を着た姿、あなたはまだ見てないの……!」
「ゆ……ゆぅちゃん……」
「だから、今ちゃんと見て……? 二人きりだから……私を独り占めにして……? さと君、お願い……」
「っ……!」
彼女が怒っていた理由。
それを俺は、勝手に文化祭委員のことかと思っていた。
だけど、実際は違った。
ゆぅちゃんは、そんなの関係なしに、俺との約束をずっと頭の中に置いていてくれたんだ。
何よりも、俺のことを考え、水着姿を見せることだけに集中し、結果としてこうなった。
いったい、どれだけ俺のことを好いてくれているんだろう。
俺なんかがこんな偉そうなことを考える権利なんてない。
でも、そう思わずにはいられないくらいだ。
幸福感と、冗談じみた少しの呆れ。
恥ずかしくなる。
顔の熱さが止められない。
好きって想いも、止められなかった。
「私は……さと君に独り占められたい……。全部……全部……見て……?」
鼻血が出そうになる。
俺は鼻を抑えながら、咳払い。
そして、呼吸を整えて、
「ご、ごめん、ゆぅちゃん! 俺が至らないばかりに! 他のことに気を取られ過ぎてて!」
「……ん……」
「了解申した! 俺は……俺は……!」
――今から君のことを独り占める! 舐めまわすように見る!
「よろしくお願い申す!」
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