第64話 文化祭委員会に入る!?

「はぁ~。暑いけど、やっぱこうしてると気持ちいいね、ナワナワ~」


 ぷかぷかと浮き輪に乗って言う灰谷さん。


 俺と武藤さんは、そんな彼女の乗ってる浮き輪に縋る形で体重をかけ、三人して一緒に海の上で浮いていた。


 俺は苦笑し、言葉を返す。


「なんか久しぶりにその呼び方で呼ばれた気がしますよ」


「ほんと。どしたん? さっきまで名和くんってかしこまった呼び方してたくせに。あんたに似合わずさー」


 俺と武藤さんに言われ、灰谷さんはだらけた声音で「えへへ」と笑う。


 それが気味悪かったのか、武藤さんがすぐさま返していた。「何突然笑ってんの」と。


「美海、さっきまでバチバチに落ち込んでたじゃん? 自分が大隅先輩と名和君を接触させたことに責任感じてたからだろうけど」


「その責任なら今も感じてるよ。ナワナワにはすごく申し訳ないことしたな~って」


「言い方がもう気にしてない人の言い方なんよ……。何が起こった? どんな立ち直り方したんよ?」


 浮き輪を軽く揺らして、武藤さんが答えを急かす。


 それによって、灰谷さんが沈むどころか、俺が沈みそうになってしまう。


 思わずヒヤッとした。まあ、別に浮き輪が無くても受けるんだけどさ。


「楓、何度も言うけど、私は立ち直ってなんかいないよ。ただ、少しだけ諦めがついただけだし、何なら――」


「……」


「踏ん切りがついただけ。いつまでも一人でこうして落ち込んでるわけにもいかないし。落ち込んでたら、落ち込んだ分だけ自分も苦しくなるしね」


「それ、結局考えるのが辛くなって放棄したパターンじゃん」


 確かに。


 確かに武藤さんのツッコミ通りだと思ってしまった。


 落ち込むのが苦しくなって逃げただけじゃないのか?


「そんなことないよ。考えるのが辛くなって、ナワナワのこと、どうでもよくなったわけじゃない」


「じゃあ、いったい何なんですか?」


 俺が横槍を入れるかのように疑問符を浮かべると、灰谷さんは難しい体勢で俺の方へ顔だけ向けてきて、


「単に、吹っ切れてこう思っただけ。『そうだ。色々悩むんなら、ナワナワを文化祭の委員に入れちゃえばいいんだよ』って」


「は、はぁぁっ!?」


 浮き輪へ預けている体をつい揺らしてしまう。


 こればかりは、さすがの武藤さんも「おいおい」と助け船を出してくれた。


「さすがにそいつぁ飛躍し過ぎじゃないかい? お嬢さん? こんないたいけな軟弱陰キャラが、キラキラ青春オーラ全開の文化祭委員へ入ったらどうなるかくらい、簡単に想像つくだろう?」


 つくつく。


 きっと、最初はある程度形上歓迎されるんだけど、次第に輪から外されていって、最終的には隅っこの方で空気になってるパターン。


100%、いや、一億%これだね。これ過ぎる。これ過ぎるんだけど……。


「ナワナワは文化祭委員の中でもきっちり仕事できると思う。優秀君なのは間違いないし」


 だから、それは――


「それ、仕事を回せばそれなりにって話でしょ? できるわけないじゃん。名和君が協調性高く既に固まってる文化祭委員メンバーの間に入って活動してくことなんて。さすがに見誤り過ぎだって、この人のこと」


 言いたいこと、武藤さんが全部言ってくれた。その通りです。まったくもってその通り。


「でも、ナワナワは雪妃を彼女にできるくらいじゃん? そういうポテンシャルはあるんだよ」


「それは、雪妃側がたまたまなぜか名和君を気に入っただけで、実際は――」


「それに、いざとなれば何もナワナワ一人に背負わせなくてもいいよね?」


「「は?」」


 俺と武藤さんの声が重なる。


 灰谷さんは浮き輪に乗ったまま、のんびりと続ける。


「楓も、絵里奈も、雪妃にだって入ってもらうの。文化祭委員会。そしたら、私たちは全員で大隅先輩に対抗できるんだよ」


「「は!?」」


 また俺と武藤さんの声が重なる。


 しかも、武藤さんに至っては、今度は少しばかり怒気の含まれたものだ。


 何言ってんだ感が凄い。


「何言ってんの、あんた!? 私や絵里奈、雪妃も文化祭委員会に入る!? はぁ!? 今さら!?」


「今さらでも何でもないと思う。実は委員ね、人手不足なんだ。担当の先生ももう少し人員を増やしたいって他の先生たちと相談してたし、たぶんいけるよ」


「いけるよ、じゃなくてね!? だからほら、委員内はもう既に輪ができてて――」


「そんなの、私たちの間にだって輪ができてるじゃん!」


「っ……!?」


 灰谷さんにまさかの勢いで言い返され、さすがの武藤さんも怯んでいた。無理もない。普通に俺もびっくりした。今のは。


「大隅先輩たちがどれだけ大きい内輪を作ってようと、私たちだって友達の輪があるもん。それを使って、ナワナワには大隅先輩へ、根っこから雪妃のことを諦めてもらうよう説得するんだよ。できると思うよ、私」


「……それはあくまでも灰谷さんの頭の中で、なんじゃ……?」


 ボソボソっと俺が言うと、灰谷さんは力なく浮き輪に乗っかっていたところから立ち上がり、


「今度こそ、私の頭の中で考えたことは現実になるから! 今回ばかりはきっとそんな気がするの!」


 そんな気が、ね……。


 釈然とはしないものの、これを無下にすることもできない。


 言い返せば、その百倍くらいで返されそう。


「それに……」


「……?」


 それに……?


 最後まで言いかけて、もじもじする灰谷さん。


 俺が小首を傾げると、やがてその先の言葉をゆっくりと話してくれた。


「ナワナワ、さっき雪妃と一緒に男子更衣室の中で着替えしてたでしょ……?」


「――!?」「い、一緒にぃ!?」


 極限まで動揺する俺と、極限まで顔を赤くさせ、叫ぶ武藤さん。


 何で知ってるんだ……。


 いったいそれはどこからの情報網だろう。たった今のことだったのに……。


「私、こっそりあなたの後ろついて歩いてたの。そしたら、雪妃もコソコソと男子更衣室の中に入って行くし、何をしてるのかなってそっと中を見てみたら――」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その先の言葉が言われてしまうのを防ぐため、俺は海の上で叫ぶ。


 見れば、ゆぅちゃんも冴島さんに日焼け止めを塗ってもらうのが完了したみたいで、パーカーを脱いでこっちまで泳ごうとしてる。


さすがにやめておいた方がいい。ただ、やめておいた方がいいことも他にいくつかあって――


「いいよ、そういうの」


 灰谷さんに遮られてしまう。


 彼女が本当に言おうとしてたこと。それは――


「裸でお互いいたのも……知ってるんだから」


 灰谷さんにそう言われ、俺は逃げるかのように砂浜の方へ高速クロールした。


 目指すは泳いでこっちまで来ようとしてるゆぅちゃん。


 彼女のことを助けるためだ。


 決して、その場にいるのが気まずいから逃げたわけじゃない。


 絶対。絶対に違うのだ。


 ……しかし、本当に入るのか……? 文化祭委員会……。

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