第63話 美海の悩み

「あー! もう、二人とも! 遅いよ! 何してたの!?」


 色々ありながら、とりあえずどうにかこうにか男子更衣室内で水着に着替え、俺とゆぅちゃんは、冴島さんや武藤さんたちのいる砂浜へ急いだ。


 ……が、さすがに皆さん既にお揃いのご様子。冴島さんに問い詰められる。


 俺たちはゆっくりし過ぎてたんだ。男子更衣室内で二人きりになって。


「ていうか、雪妃! どこで水着に着替えてきたの? アタシたちと一緒に女子更衣室入って、その後荷物持ってトイレに行ってたけど!」


 冴島さんに問われ、冷や汗を浮かべながらしどろもどろになるゆぅちゃん。


 でも、俺たちは今、冷や汗を浮かべなくても、普通に汗をかいてた。


 とにかく色々あったからな。男子更衣室の中で。


「え、えっと……その……そのまま女子トイレの中で着替えてきた……。ついでだったし……」


「ついでって……。はぁ。そんなところで着替えなくても、更衣室に戻ってきて着替えればよかったのに……」


 ため息をつきながら言う冴島さん。


 そんな彼女の肩に手を置き、隣からニヤニヤした顔で武藤さんが話しかけていた。


「むっふふ。そんなこと言って絵里奈さん、ほんとは雪妃の生着替えを傍で見たかっただけなんじゃないですかな?」


 この人はまた……。


「は、はぁ!? そ、そんなことアタシはっ!」


「いやいや、いいんだよ、絵里奈。叶わぬ恋ではあったけど、女同士なんだからそれくらいいいの。名和くんも雪妃の裸見るくらいなら許してくれるから」


 言われ、こっちを赤くなった顔で見てくる冴島さん。


 そんな顔で見られても、俺は何も言えなかった。


 というか、何ならゆぅちゃんの裸を見るの、許した覚えなんて一度も無いんですけどね?


「そ、そんな……あ、アタシはそんなこと微塵も考えてないし……」


「んん? 何々? もしかして絵里奈ちゃん、美海から聞いてたけど、本当に女の子もいける口なんだ?」


「や、やめてよぉ! 寧々ちゃんまでぇ!」


 涙目で訴える冴島さん。


 集合の遅れた俺たちを注意してただけなのに、何でいつの間にか彼女がからかわれる流れになってるんだ。


 呆れながら軽くため息をつき、俺は冴島さんを庇うような形で咳払いした。


「皆さん、とりあえず遅くなったのは謝るんで、早いところ泳ぎませんか? ビーチパラソルも――」


「それはもう立てたよ。私とお姉ちゃんで」


 傍から灰谷さんが教えてくれる。


 この人も何だかんだこっちに来て、一度もいつものテンションに戻っていない。


 普段だったら、きっと武藤さんと一緒になって冴島さんを茶化したり、俺を煽ってきたりしてたはずなのに。


 やっぱり、大隅先輩の件で、ずっと申し訳なく思ってくれてるんだろう。


 後で本人にもう一度直接言っておこう。気にしなくてもいいって。


「じゃ、泳ぎましょう。準備も整ってるみたいですから」


「はいはーいっ! なら行こっ、ダーリン!」


「は!?」


 俺は謎に武藤さんから腕を抱かれ、引きずられるかのように海の方へ連れて行かれた。


 それを見てたゆぅちゃんは、一瞬にして顔をギョッとさせ、すぐさま俺たちの後を追おうとしていたのだが、冴島さんに止められる。


「日焼け止め塗らないと。雪妃、あまり肌強くないんだから」


 そんなことを言われ、彼女は彼女で、パラソルの下へズルズルと連れ去られて行っていたわけだ。


 その際、ゆぅちゃんは


「これじゃあ寝取られ同人誌みたいだよ!」


 なんて訳のわからないことを言ってたけど、これに関してはもうスルーする方向で。


 冴島さんも「何言ってるの!?」と言ってたし、寧々さんもお腹を抱えて爆笑してた。そのことにツッコめば、話がなんだかややこしくなりそうだ。そんなもの彼女に見せてるのか、とか言われそうだし。


 ……まあ、そんな感じで。


 俺たちは、とりあえず海水浴を楽しむことに。


 正直、さっきの男子更衣室内での出来事は、まだ話が完璧についたわけじゃない。


 俺はゆぅちゃんにとんでもない痴態を晒したわけで、その後、意地と気合で煩悩を捨て去り、母親の顔を思い出して凸を凹にさせた。


 でも、あの状況をまた思い出せば、今でも一瞬で凸になりそうなので、深く考えることはもうしない。


 ゆぅちゃんは冴島さんに『女子トイレで着替えた』なんて言ってたけど、アレ嘘だからな。


 俺と同じ、男子更衣室の中で、水着に着替えなさった。


 もう、後ろを向いて、耳栓をして、なおかつ他の男の人が入ってこないかの確認もして、大変だったよ。


 ドキドキもしてたけど、ヒヤヒヤもしてたから、凸状態も収めることができてたのかもしれない。


 もうよくわからなかった。記憶にないよ。必死過ぎて。


 ただ、俺が言ってたことは申し訳ないけど守ってもらった。


 他の海水浴客はあまりいない。


 でも、少しでも他の男の人の目に、ゆぅちゃんの可愛い水着姿を認識させたくなかったから、薄手のパーカーを着てもらった。


 日焼け止めを塗って、また泳ぐ時には水着になるしかないけど、そうなったら、俺は彼女の傍に行くつもりだ。


 俺がパーカー役になる。


 彼女の水着姿を絶対に簡単には見せないぞ、という意思表示を行って。


 だから、後でしっかり頑張らないと。


 皆には茶化されたりするかもだけど、そこだけは大事だからね。


 ゆぅちゃんの可愛いところ……自分だけで独占したいし。


「お、美海! どした? あんたも一緒に泳ぐ?」


「……!」


 一人で別のことを考えながら、武藤さんに腕を抱かれていた俺。


 これから海に足を付けようとしていたところだったが、そんな矢先に、俺たちの元へ灰谷さんが歩み寄って来た。


「うん。私も一緒に泳ぎたい。三人で、いい?」


 武藤さんの方をあまり見ず、俺のことを上目遣いで見つめてくれながら、灰谷さんは確かにそう言うのだった。

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