第60話 男子更衣室ですけど、雪妃さん!?

 冴島さんとの散歩から帰り、俺は一人悶々としながらまた布団の上で横になる。


 なんというか、俺のあの発言以降、彼女とは帰り道でも変な雰囲気のままだった。


『――友達のために動いてあげてる冴島さんはすごく優しくて魅力的だと思う』


 ……いやぁ……言葉通りのままの本音を伝えただけだし、他意は無いんだけどなぁ……。


 でも、冷静に考えてみると、確かに色々と誤解を招きそうなセリフではある。


 魅力的、とか、そういうのは俺が彼女に掛けてあげるべき言葉かと聞かれれば、絶対にそうじゃないと思うし。


 むしろ、掛けない方が良かったかも。


 俺の恋人は言うまでもなく月森雪妃――ゆぅちゃんただ一人なんだ。


 これだと、まるで彼女以外の女の子も口説こうとしてる浮気男みたい。


 確実に失敗だ。


 過去に戻れるなら、数十分前の自分のセリフを訂正させたい。


「うぅ……後でまた冴島さんに言っとこう。誤解を招くようなこと言って申し訳なかったって……」


 頭を掻きながら独り言ちていると、隣でまだ眠っているゆぅちゃんがむにゃむにゃと寝言を呟く。


 びっくりした。


 別に浮気をしてるつもりなんて微塵も無いけど、自分がしたことはもしかしたらゆぅちゃんを傷付けるのかもしれない。その後ろめたさが、過剰な驚きへと繋がっていた。


「……しっかりしないとな……俺……」


 反省しながら、俺はやって来た眠気に誘われ、二度寝するのだった。






●〇●〇●〇●






「よーし、それじゃあお待ちかね! 皆で海の方行きますかー!」


「「「「おー!」」」」


「お、おぉ~……」


 それから少しばかり時間が経った午前十時頃。


 俺たち一行は朝食を摂り、準備を済ませ、当初の目的だった海水浴の方へ行くことになった。


 武藤さんの掛け声を受け、皆が元気よくそれに応える。


 俺も一応応えはしたのだが、あまりの暑さと、考え事と、それから諸々の何かのせいで乗り切れない。遅れてノリ悪く声を上げることしかできなかった。


「おいおい、名和くん? どしたってんだい? 君、今から雪妃のどエロい水着姿を拝めるってのにテンション低いけど?」


 そんな俺に対し、速攻で武藤さんがエロオヤジみたいな絡み方をしてくる。


 反射的に引きつった笑みを浮かべてしまい、


「て、テンション低い……ですかね? 自分的には結構気分高揚してるんですけど……」


「気分高揚!? どこがよ! 足りないでしょ!? もっとこう、性欲たぎる男子高校生ならさ、超ド級に可愛い彼女のエロエロ水着姿を想像して、今から涎垂らしてるもんじゃん!? ねぇ、絵里奈!?」


「な、何でアタシに振るの!? し、知らないし、そんなの!」


 赤面し、そっぽを向きながら投げやりに返してくれる冴島さん。


 ほんと、その通りだ。


 何で冴島さんに振るんだよ、と心の中でツッコんでしまう。


 ただでさえ朝のことがあるのに、これ以上変な空気にさせないで頂きたい。


「かぁ~! ダメだなぁ、ほんと! ねぇ、雪妃! この日のために渾身の水着用意してきただろうに、あんたの彼氏はダメだよ! ぜんっぜん欲が足らん! 草食だよ、草食! たぎるものが感じられん! 失格じゃ!」


 だからあなたは何キャラなんですか……。


 げんなりしつつ、心の中でツッコむ俺。


 肝心のゆぅちゃんは、水着の入ってるバッグを抱きかかえ、もじもじしながら挙動不審にこっちを見てきてた。


 言っちゃったもんな、俺が。


『他の男の人の前で水着姿になって欲しくない。二人きりの水着を着て欲しい』って。


「ったくー! いい、名和くん? これは私からのありがたいお言葉ですけどね、男は時に肉食獣にならなきゃいけないもんなんだよ? そうじゃないと、押しの強い金髪マッチョ男に雪妃奪われちゃうんだからね? わかった?」


「武藤さん。ここ、寝取られ同人誌の世界じゃないです。現実です」


「関係ありますかい! 女の子はいつだって押しの強い男の子に弱いの! それは雪妃だって同じなんだから!」


「……はぁ……」


 やれやれだ。


 武藤さんにしろ、大隅先輩にしろ、いい加減にして欲しい。


 ため息をつき、返答をしないまま、俺はゆぅちゃんの元まで歩み寄る。


 そして、彼女の体を抱き寄せ、武藤さんの方を見やりながら、しっかりと言ってやった。


「別に大丈夫です。どんなことがあっても、俺は誰にも雪妃さんを渡さないので」


 無意識ながら、静かに、語調は強いものとなってしまう。


 良くないのはわかってるが、大隅先輩のこととかもあって、見据えた先の武藤さんのことを、俺は少し睨んでいたのかもしれない。


 武藤さんは当然のこと、冴島さんや寧々さん、灰谷さんたちも、息を呑んで押し黙り、俺の方を見つめていた。


 俺に抱き寄せられたゆぅちゃんは、小さく、小動物みたいに弱々しい声で名前をボソッと呟いていた。


「さと君……」と。


 ドキドキが見え隠れしたような、そんな声色で。


「……ふ、ふーん。なるほどね。なるほど。それが本気を出した君の回答ってやつか」


 武藤さんが咳払いしながら言ってくる。


 俺は頭を軽く掻きながら返した。


「本気っていうか……。俺はいつだってこういうスタンスでいますよ。ゆぅちゃんはたった一人の大切な恋人なんですから」


「おぉぉ、いいねぇ少年くん。普段の頼りないところからのギャップで、お姉さんドキドキしちゃったよ。やるねぇ、君」


 不意に、息を荒らげながら興奮気味になって、寧々さんが横槍を入れてくる。


 サングラス姿でかっこいい大人の女性って感じなのに、なんか色々と台無しだ。そのセリフのせいで。


「ていうか、何なんですかこの雰囲気。海行くんですよね? 行くんなら早く行きましょうよ。立ってるだけでも暑いんですから」


「そ、そうだね。う、うん。い、行こー! 海へゴー!」


 俺に急かされ、ヤケクソのようにもう一度号令をかける武藤さん。


 俺たちはそれに乗せられて再び声を上げ、歩き出すのだった。






●〇●〇●〇●






 海水浴のできる砂浜には、歩いておおよそ十分程度で到着する。


 特段遠くはなく、暑いけど、日傘を差して駄弁りながら移動してればすぐだ。


 俺たちも、例に漏れず十分ほどで目的地の砂浜へ着いた。


 真夏の陽光を受け、海水はその光をこれでもかというほどに反射させてる。


 砂浜のところには、多くはないものの、他の利用者も何組かいた。


 が、幸いゆぅちゃんの水着姿に反応して即ガン見してくるような男集団はいない。


 すべて子ども連れの家族っぽい。安心だ。


「それじゃあ、とりあえずアタシたちは更衣室で着替えてくるから、名和くんも男子更衣室の方で着替えてきて。また後で」


「了解です」


 冴島さんに言われ、俺は一人で男子更衣室の方へ入った。


 中は誰もいない。ラッキー。


 しかし、立派なもんだ。


 一応海水浴場と銘打たれてるとはいえ、こんな田舎のビーチにちゃんと更衣室が設けられてるなんて。


 きっとどこかしらの人たちがボランティアで掃除とかしてくれてるんだろうな。ありがとうございます。


 些細なことに感動しつつ、Tシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、パンツ一枚になり、そのパンツにも手を掛けていた矢先のことだった。




「……あの……」




 背後から声がする。


 びっくりして、速攻で振り向くと、そこには――




「……へ……!?」




 信じられないことに、ゆぅちゃんが立っていた。


 もじもじし、頬を朱に染めて。

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