第59話 綺麗な雪のお姫様
わずかな陽光が差すだけで、まだ夏の暑さをあまり感じない明朝。五時くらい。
俺と冴島さんは、二人で抜け出すかのように外へ出て、車一台くらいしか通れない一本道を並んで歩いていた。
「んん~っ……! ……っはぁ」
「……っ」
隣で歩きながら伸びをする冴島さんはどこか色っぽい。
別に露出の多い服を着てるわけじゃないけど、何となくそう思えた。表情とか、仕草とか、息遣いとか、そういうところを見て。……いや、俺何言ってんだろう。
「やっぱりこの時間帯に散歩するのは気持ちいいね。ちょうどいい塩梅に涼しくて、海風もこの辺りまで届いてきてる。すっごく空気も美味しい」
「まあ……そうですね。はい」
ぎこちなく彼女から顔を逸らして返すと、冴島さんが怪訝そうに俺の方をジト目で見つめてくる。
俺はなおのこと視線を別の方へやった。避けてるのは明白だ。
「何? どしたの、名和くん? めちゃめちゃ気まずそうだし、素っ気ないけど?」
「……い、いや……別にそんな……」
「まさか、今さらアタシと二人きりになって緊張するとか言わないよね? 君が女の子に不慣れなのは知ってるけどさ」
「……ま、まあ、不慣れなのは否定できないですけど……」
「……あ。もしかして、雪妃に悪いと思ってるから敢えてアタシと距離取ってる?」
「っ……」
すぐに頭を縦に振ることができなかったのは、それがあまりにも的確だったから。
そうです。その通りです。ゆぅちゃんと付き合ってるのに、他の女の子と二人きりでどこかへ行くなんてそんなの浮気みたいなものだ。許されるはずがない。
――なんて考えてるうちに、冴島さんはすべてを悟ったような顔で腕を組み、一人でうんうん頷いていた。
「図星だね。ほんと、わかりやすいんだから」
「……だ、だって……」
「こんなの浮気に入るわけないでしょ? そもそもアタシ、君たちの仲引き裂こうだなんて一ミリも思ってないし」
「……本当に……?」
「本当に決まってるじゃん。雪妃の悲しむ顔なんて見たくないもん。てか、そこ疑う余地あった? アタシがあの子のこと好きなの、君知ってるのにさ」
「まだ一応好きなんですね」
「好きだよ? 悪い?」
返答に困る。
悪いか、なんて聞かれると、ストレートに「悪い」だなんて言えないじゃないか。
あまりいい気持じゃないのは確かなのに。性別が男じゃないだけで、女の子に寝取られてる感じがしてさ。
「ま、何にしても安心しなって。今言った通り、二人の仲を引き裂く行為だけは絶対にしない。そこは神に誓って」
「……信じてますよ?」
「はいはい。信じて信じて。信じてもらわないと、アタシだって気楽に色々動けないんだから。まったく」
呆れるように言う冴島さんだけど、それもそうだ。
いちいちそういうことで彼女を警戒してたら、俺たちの関係は一瞬にして気まずいものになる。
そういうのだけは避けないと。
「って、そんな話してたら海到着。ちょっとそこに座ろ。アタシ、君に少し話があってここまで連れて来たんだし」
「話、ですか」
「うん。ほら、適当にコンクリのところに座ってさ。海の方へ足出して」
言われ、俺は冴島さんの指示通り堤防のところへ座り、海の方へ足をぶらぶらさせる。
一瞬、落ちたらどうしようか、という考えが頭をよぎった。上がれそうな場所はこの辺りに無い。うん。考えないようにしよう。考えたら震えで足を滑らせるハメになるからな。
「ん。座ったね。じゃあ、話をします」
「は、はぁ」
「大隅先輩のこと」
「やっぱりそれですか」
「それ。問題アリだからね、今のこの状況」
言いながら、冴島さんはため息をついた。
ぶらつかせていた足も動きを止める。
「ぶっちゃけ、君は今、アタシのことなんて警戒してる暇ないよ。一番注意しなきゃなのは大隅先輩。あの人ただ一人」
「言われなくてもわかってますけどね。なんか簡単には引き下がってくれなさそうですし」
「攻め方をわかってるぶん、なおさらそういうことができるんだよ。夏休み明け、登校し始めてから、雪妃のことは守ってあげて。じゃないと絶対あの子に大隅先輩は寄り付いてくると思うから」
「まるで虫か何かみたいな言い方ですね……」
「実際、君から見ても面倒な虫でしょ? 害虫じゃん。すっごいムカつくんだよね。ああやって余裕かまして人の恋人かっさらおうとする人」
「っ……。ま、まあ、そりゃああいうタイプの人を見ていい気分になる人は少ないでしょうけどね……」
「最低男だよ。アタシ、実は色々聞いてるの。大隅先輩が恋人のいるいないに関わらず、片っ端から女の子食い荒らしてる噂」
「え……。そ、そうなんですか……?」
頷く冴島さん。
まあ、あの人がそんなことをしてても何ら不思議ではない。
イケメンだし、頭もいいし、モテるからな。女の子も未だにわらわら寄ってる。そんな噂が出回ってたとしても。
「いい、聡里くん? 君は絶対雪妃のこと、守ってあげるように。あの子が……ううん、君もね、傷付いてからじゃ遅いんだよ? わかる?」
「それはもちろん」
「傷はさ、仮に治ったとしても、必ず傷跡が残るから。そういうの、あの子には相応しくない」
「……」
「だって、綺麗な雪のお姫様だもん。君だけに心を開く、純白のお姫様」
「……冴島さん……」
「そんで、アタシはその従者ってところ。頼りない王子様にこうして助言するしかない存在だよ。はぁーあ」
自虐っぽく言う冴島さんだったけど、その顔に曇った色は浮かんでなかった。
自分の立場を認め、それでもその位置にやりがいや清々しさを感じてるような、そんなものだ。
俺は、そんな彼女を隣から眺め、やがて視線を海の方へ戻してから切り出す。
「冴島さんもお姫様だと思います。俺は」
「…………へ?」
頓狂な声を漏らし、俺の方を見つめてくる冴島さん。
俺は彼女へ視線をやらず、ただ真っ直ぐに海だけを見つめて続けた。
「簡単に従者だなんて言わないで欲しいです。冴島さんだって、お姫様になれる女の子なんですから」
「……気休めならいらないよ? 言ってるのは本当のことでしかないし」
「本当のことじゃないですよ」
「……?」
「本当のことじゃないです。……だって」
「……だって……?」
「だって、俺がもしも女の子だったら、たぶん冴島さんのことを好きになってたと思うから」
「……え……」
「それくらい、友達のために動いてあげてるあなたは魅力的だと思う。冗談抜きに」
海の方へやっていた顔を冴島さんの方へやる。
彼女は、ジッと俺のことを見つめていた。
赤くなった顔で。口を半開きにさせて。
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