第58話 ゆぅちゃんは相変わらず

「しっかし、面白半分で大隅先輩との電話をスピーカーにさせたけどさ、なんかあの人印象悪かったね」


 離れの一室。


 俺たちはそこで各々布団を敷き、並んで寝ていた。


 さっきまで電気を付けたまま駄弁っていたが、そろそろ時間も時間だ。電気を消し、いつでも寝られる状態にしておく。


 そうした状況で、真っ暗の中、それぞれ横になって会話していた。


 酔っ払っていた寧々さんは真っ先に眠り、冴島さんの横でいびきをかいてる。


 一人とはいえ、一応男子の俺がいるというのに、この人は遠慮なしだ。恥もクソもない。まあ、別にいいんですけどね。


「あんなものなんじゃない? イケメンの人気者って外面はいいけど、中身は真っ黒なパターン多いじゃん」


 武藤さんに対し、冴島さんが返す。


 その意見には完全同意である。


 アンチイケメン万歳。


「全員が全員ってわけでもないだろうけどね~。や~、モテ女は大変ですな、雪妃」


 話を振られ、俺の真横で密着し、一人でもぞもぞしていたゆぅちゃんは、返答することなくただブツブツ言って「ふひひ」と小さい声で笑っていた。


 何をしてらっしゃるんだろう……?


 なんか、右腕にこしょこしょ吐息がかかってくすぐったいんですけど……?


 俺は、いい香りのする彼女の髪の毛を優しく撫でてあげ、


「……ゆぅちゃんさん……? 武藤さんからお話振られてますが……?」


 こそっと教えてあげる。


 すると彼女はハッとし、甘えたような声で一言。「聞いてなかった」とおっしゃる。仕方ない。


 俺は武藤さんの発言をそのまま復唱した。よくおモテになりますね、と。


「別にモテたりなんてしないよ? 仮にモテてたとしても、私はさと君の想いだけあれば充分だし」


「えぇ、えぇ。どうもそのご様子ですなぁ。……ちっ。リア充爆発しろよ、ほんと」


 漏れてる。漏れてるよ、本音が。武藤さん。怖いよ。


「で? 今回の件で面倒な先輩を名和くんたちに引き寄せた張本人さんはさっきから静かですけど、もう寝ちゃった? 起きてる? 美海?」


 毒づいた流れで今度は灰谷さんへ話を振る武藤さん。


 寝てはいない。わかってた。


 自分から何も言わないものの、さっきから皆の会話を訊いて頷いたりしてるのは見えてたんだ。


 未だに大隅先輩の件で罪悪感を感じてくれてるらしい。


 面倒なのは事実だけど、別に俺はそこまで怒ってないのに。


「寝てないよ……起きてる……。さっきからずっと話聞いてる……」


「あんた、名和くんが優しくてほんとよかったね。私が名和くんの立場だったら普通にキレてたよ。せっかくこうして旅行楽しんでる時なのに、って」


「……うん。すっごく申し訳なく思ってるよ……。ほんとごめんね、名和くん……」


 暗闇の中、しなしなになった声で謝ってくる灰谷さん。


 俺は見えてないのにも関わらず、空で手を横に振り、


「い、いえ。俺も別に怒ってるとか、そういうわけでもないんで。確かに面倒なのは面倒ですけど、同じ文化祭実行委員だし、大隅先輩からのお願いとか断れない雰囲気もわかりますし」


「うん。アタシがこんなこと言うのも変だけど、美海もそんなに思い詰めなくてもいいと思う。あと、楓は美海のこと責め過ぎ。もうちょっと優しくしてあげて」


 冴島さんが釘を差す。


 武藤さんはまさか自分が注意されると思ってなかったのか、「いやいや」と声を挟んだ。


「別に責め過ぎってこともないでしょ。美海、前から自分の意思ハッキリ言わないで流されることあったし、今回はそれが完全に悪い方へ出ちゃってる例だし。ここで注意しとかなきゃダメなんだって」


「だとしても、名和くんの言ってたように、先輩が言ってきたことだから。集団の中、断りづらい雰囲気もあるじゃん? 楓もそういうの、わかるでしょ?」


「っ……。ま、まあ、それは……」


「あんまり美海のこと、怒ってあげないで。もちろん、美海は反省もしなきゃダメだけどね? 名和くんと雪妃に迷惑かけたのは確かだし」


「う、うん。そうだね。……ありがと、絵里奈」


 しなしなな声のまま、灰谷さんは冴島さんへ感謝する。


 俺は三人のやり取りを聞きながら安堵していた。


 この件で喧嘩になるようなことだけは避けて欲しい。


 せっかく友達なんだし、できれば仲良くあってくれ。


「楓、明日はアタシも名和くんも、雪妃も美海も海に行くからね。今日は行けなかったけど」


「そうだよ……。私、せっかく楽しみにしてたのに」


「ごめんね。午前から行こ、明日」


「……りょーかい。なら、それで今日の分はチャラにしてあげる」


 言って、武藤さんはごろんと寝返りを打つ。


 安堵の中で、俺はあくびをした。


 そろそろ眠くなってきたのだ。時間も夜中の一時を回ったとこだし。


「じゃ、寝よ? 明日に備えてね」


 冴島さんの言葉を受け、皆返事をし、静かになった。


 密着してるゆぅちゃんは、いつの間にか俺にくっついたまま寝ちゃってる。


 俺も寝よう。明日は海に行くし。


 いったん、大隅先輩のことは忘れて。


 ゆぅちゃんの買った水着も見られるから。






●〇●〇●〇●






 夜中という時間帯ではなかった。


 朝方、というべきだろうか。


 明朝、四時半。


 まだ暗さの残る中、俺は尿意を催して起き上がり、トイレへ向かった。


 場所は覚えてる。昼間、一応場所は確認しておいたから。


「……ここだな」


 トイレを見つけ、扉の取っ手に手を掛ける。


 そんな折だ。




「トイレ?」




 ふと、背後から声を掛けられる。


 誰もいないと思ってたし、皆寝てると思ってたからびっくりした。


 反動で少し漏らしかけたのはここだけの話だ。危ない。


「さ、冴島さんか……! び、びっくりした……!」


「うん。アタシ。いいから、とりあえず先にトイレしたら? 漏らされても困るし」


「言われなくてもそのつもりです。実際、漏れそうなんで」


「ん」


 実は今びっくりしたので漏らしたんじゃないの?


 そんなことを思ってるような顔で俺の下半身を見やり、笑みを浮かべる冴島さん。


 漏らしたのではなく、漏らしかけた、というところだけ説明しておこうかと思ったけど、そんな余裕は残念ながらない。


 彼女には悪いが、有無を言わさず俺はトイレに入った。


 外から冴島さんが声を掛けてくる。


「後でさ、ちょっと話さない? 二人きりで」


「え……?」


「外、行こうよ」


 マジですか。


 便器に座った状態で、俺は口をポカンと開けるのだった。

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