第56話 雪妃ちゃんの方が変態?

「――というわけで、今からアタシたちの前で名和くんは大隅先輩とLIME通話すること。いい?」


 夕食を終えた後、離れにて。


 俺たちは、寧々さんを含めた六人で一つの部屋に集まっていたのだが、どうも面倒なことになってしまった。


 ゆぅちゃんに抱き着かれ、呼吸困難に陥った後、俺は少し彼女と一緒に横になって昼寝をした。


 その間に、どうやら大隅先輩からLIMEメッセージが届いていたらしく、すぐに返信ができなかったのだが、彼はそれに少しばかり苛立ちを覚えたのかもしれない。


 遅れて俺が当たり障りのない返信をすると、


『了解。とりあえずなんだけど、夜とか通話できる?』


 こんなメッセージが返ってきた。


 いや、嘘でしょ……?


 速攻拒否したいレベルで嫌だったけど、俺なんかが断れるはずもなく、


『わかりました。何時くらいにしましょう?』


 なんて返すしかなかった。頭を抱えたよね……。


 その後、大隅先輩からは『じゃあ、二十二時くらいで』と提案されたからよかった。


 二十時とかだと、余裕で灰谷姉妹のおじいちゃんおばあちゃんたちと宴会してたからな。この離れに帰って来たのも今(二十一時五十分)だし。


 で、そのことを冴島さんに話すと、灰谷さんやら武藤さん、寧々さんにも事情が伝わり、皆の前で俺は大隅先輩と通話することに。


 正直、何で皆の前で? とは思う。声とか先輩にバレたらタダじゃ済まない。


 けど、それに対しては冴島さんが、


「ここで名和くんと大隅先輩のやり取りを皆で聞いてたら、アタシたちも君と雪妃を守るために行動しやすくなるでしょ? そのためだよ」


 と言ってきた。


 まあ、味方をしてくれるってのなら頼もしい。武藤さんには不安しかないけど。


 灰谷さんも、一応俺と大隅先輩のやり取りを聞きたさそうにしてたし、仕方なくその提案を呑んだ。いいよ。やってやりますよ、スピーカー通話。


「じゃ、じゃあ、そろそろ時間なんで、皆静かにしててくださいね? 間違っても大声出したり、俺と大隅先輩の会話を妨害することはしないように。オーケー?」


「「「「「了解」」」」」


 五人とも同時に頷いたのを見て、俺はスマホの画面へ視線を戻した。


 通話する前に、大隅先輩へメッセージを送んなきゃ。今から掛けますって。


「でもさでもさ~、あの大隅先輩が名和くんに嫉妬とかめちゃ面白いね。休憩時間のたびに教室の隅っこでえっろい女の子が表紙飾ってるラノベニヤニヤしながら読んでるような男子なのに」


「っ……!」


 いや、えっろい女の子が表紙飾ってるラノベ読んでるのは正しいが、俺ブックカバーちゃんと付けてるぞ!? 何で武藤さんはそこんとこ知ってるんだよ!? しかも、ニヤニヤだってしてない……つもりなのに!


「へぇ~、そなんだw 俗にいう、『陰キャ男子』ってやつだね~ww 大丈夫、雪妃ちゃん? 二人でいる時、マニアックなこと要求されたりしてない?wwww」


「してないわ!」「されてないです!」


 画面を見つめてスマホを操作していた俺と、ゆぅちゃんの声が重なる。


 まったく。何てことを言い出すんだよ、寧々さん……。


 本人は俺たちの反論を見て大爆笑してるし。酔い過ぎだっての……。


「……で、でも……さと君はそんなこと要求してきませんけど……もしもされたとしても……私はいいかな……て思ったりしてます……」


 ――!?


 冴島さんの表情が固まり、灰谷さんの顔が一気に赤くなった。武藤さんはお茶を吹き出す始末。


 で、寧々さんは……、


「だははははっwwww 嘘ぉん!?wwww まじぃ!?wwww 雪妃ちゃんがそっち系な感じぃ!?wwwww」


 大 爆 笑。


 目元に涙を浮かべて大笑い。うっかり持ってた缶ビールを落としそうになってた。


 ゆぅちゃんは赤面し、うつむいたままコクリと頷く。


 いやいやいや。コクリじゃないですよ、雪妃さん。


そこは思ってたとしても皆に言うべきじゃないし、頷かないでくださいよ。冴島さんなんてほら。顔がおっそろしいことになってますよ……? めちゃめちゃ睨んでますから。俺の方を。


「もー、さいこー君たちぃwwww 聡里くんっ、可愛い可愛い彼女のご要望、ちゃぁんと聞いてあげるんだゾ☆」


「は、はぁ……」


 頼むからこの人はもう黙って欲しかった。


 ゆぅちゃんに変なこと聞かないで頂きたい。この子、今何言い出すかわかったもんじゃないんですから。


「……あ。寧々さん。盛り上がるのもいいですけど、大隅先輩からメッセ返ってきました。静かにしてくださいね? 通話始まるんで」


「はーいはいっと。フフフッ、まったく君の周りは面白いねぇ、名和くん。お姉さん、深みにハマっちゃいそう」


「それだけは冗談でもやめてください。じゃあ、通話しますよ」


 ドキドキしながら寧々さんをたしなめ、俺は大隅先輩との通話を開始させる。


 もちろん、スピーカーは解禁。


 大きくなった大隅先輩の声が部屋中に響いた。


『やっ。こんばんは、名和君』


「あ……こ、こんばんは~……(裏返り声)」


「ブフッ!」


 なぜか吹き出す武藤さん。


 俺は血眼になって彼女の方を見やる。


 黙っといてくれって言ったでしょうが! てか俺、何も面白いこと言ってないが!?


『ん? どうかした?』


「あっ……! い、いえ、何でも……!」


 マズい……! 開幕からマズいぞ……! 早く何か話題を……!


「え、えっと、きょ、今日はいったいどうしました? 夜から通話がしたいって……」


『うん。名和君、色々忙しいみたいだからさ。LIMEのやり取りもなかなか円滑に進まないし、こうして通話したいなってずっと思ってたんだ』


「あ……あぁ~……」


『ほら。何気に声交わして話すのも初じゃん? 夏休み中ってこともあるから、面と向かって会話したことも無いし』


「は……はは……た、確かにそうですね」


 本音を言うならば、そんなこと俺は一切したくないんですけどもね。


 ……とは言えるわけもなく……。


「す、すいません。俺、夏休み課題の他に塾の課題も抱えてて、それで返信が……」


『あぁ、そかそか。なら、ごめんね。なおさらこうして通話できてよかった。一々メッセ送ったら迷惑だったよね』


 こういう通話もどちらかというと迷惑……に近いんですけどね。


『あと、月森さんとのやり取りとか、デートとかでメッセ返せなかったりするんでしょ? ふふっ。わかるわかる』


 お、おぉ……。


 これは何と返せばいいのか。


 ふと周りを見渡してみると、六人各々多種多様な表情を浮かべていた。


「そ、それはその……ま、まあ、だからって返信できないとかはないんですけど……」


『でも、デートとかにはしっかり行ってます、と』


「え……」


『あははっ! いいよいいよ、別に本当のこと言って! 今、彼女が付き合ってるのは紛れもなく君なんだから。俺が彼女のことを好きだったとか、一切気にする必要なし。安心してよ』


「は、はぁ……」


 何も安心できませんよ……。


 すっごい嫌な言い方だ。これ、スマホの向こうでどんな顔しながら俺に言ってんだろ……? 絶対苛立ちマックスだよな……。


 けど、嘘を言う訳にもいかない。


 彼の言った通り、ゆぅちゃんと付き合ってるのは今俺なんだ。


 そこは自信を持って言い切らないと。


「デートは……そうですね。してます。でも、何度も言いますけど、だからって先輩への返信が遅れてるのはもっと別の理由です。勉強とか忙しくて」


『へぇ。そっかそっか。そこは本当なんだ』


「はい。まあ、学生の本分は勉強なので」


『あっはは! まあね。そうだね。フフフッ』


 何が可笑しい。


 あなたもこんないたいけな後輩に構ってないで勉強に力入れたらどうですか。……現時点で結構成績は良いみたいですけど。


『ただ、今はせっかく夏休みなんだ。こうして通話する仲にもなれたんだし、今日はたくさん話そうよ。教えてくれ。君の彼女のこと』


「……え」


 何でだよ……。


『別にいいだろ? 気になるんだ。君たちのこと。踏み入ったようなことは言わなくていいからさ』


「っ……」


『惚気でもいい。可愛いと思うところ、教えてくれ』


 どんな要望だ。


 ただ、これも断ることができない。


 俺は仕方なく、先輩の願いに応えてあげるのだった。

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