第55話 一番好きなあなたとNTR同人誌と

 けたたましく鳴くセミ。


 稼働するエアコンのささやかな音。


 電気の付いていない薄暗い畳張りの和室。


 ゆぅちゃんの太もも。


 俺の頭を優しく撫で続ける彼女の手。


 二人きりになって、今いるこの場はかなり静かなものになった。


 俺は、相変わらずゆぅちゃんに膝枕されたまま寝転がっている。


「さと君、ごめんなさい。私とお付き合いしたせいで、面倒なことに巻き込んじゃって……」


 が、その静けさもすぐに終わる。


 申し訳なさそうに言うゆぅちゃんを見て、俺は漂わせていた眠気を一気に振り払った。


「な、なんでゆぅちゃんが謝るの……? いいよ、謝らなくて。こんなのゆぅちゃんのせいじゃないし」


「でも、私と恋人にならなかったら、大隅先輩と繋がることも無かったし、目の敵にされることもなかったよね?」


 それはまあ、そうだろう。


 だけど、それが事実だとしても、俺はそんなことを口に出して言いたくはない。


 こんなこと、元々予想していたことだ。


 俺の彼女は綺麗で可愛くて、優しくて可愛いんだから。


「大丈夫。俺、ゆぅちゃんと付き合うことになってから、こういう状況に陥ること予測してたので」


「……ごめんなさい……」


「ノープロブレムだよ。心構えはできてるつもり……だけど、その、俺よりもゆぅちゃんの方が心配だ」


「私……?」


 首を傾げるゆぅちゃんに対し、俺は苦笑交じりに頷く。


「大隅先輩に俺たちのことばバレたってことは、ゆぅちゃんが俺と付き合ってること、大勢の人に知られることとイコールだと思う。それ、嫌じゃない……?」


「嫌……? どうして……?」


「だ、だって、こんな冴えない奴と付き合ってるのがバレるんだし……」


「さと君は冴えないなんてことないよ?」


 即答だった。


 きっぱりと即答なされる雪妃さん。


 不意打ちを食らった俺は、熱くなり出す顔を横にすることで照れ隠し。


 あらわになった右頬に、ゆぅちゃんは手を置いてきた。


「さと君が冴えないとか、絶対あり得ない。私と絵里奈の仲、取り持ってくれたのは紛れもなくさと君だから」


「……ま、まあ、アレはどうしてもって感じだったから……」


「どうしても、でも、そこで本気になってくれるのはあなただけ。なりふり構わず、転びながらでも私たちのことを考えてくれるの、さと君だけなの」


「っ……」


「確かに、大隅先輩とか、他のキラキラした人たちはカッコいいかもしれないし、人脈とか、そういうのに憧れる子が多いのも知ってる」


「……う、うん……」


「でも、私はそうじゃないと思う。自分の力で、泥だらけになりながら、一生懸命私の傍に寄り添おうとしてくれるあなたが一番」


「ゆぅちゃん……」


「さと君が一番なの。私、あなたのことが一番好き」


 熱っぽく潤んだ瞳で、俺の方をジッと見つめながら言うゆぅちゃん。


 眠気なんてもう無くて、あるのはじんわりと浮かび始める涙。


 もちろん、泣いてるなんてバレたくないから、必死に涙がこぼれないよう目元でキープ。


 俺の不安を一気に吹き飛ばしてくれた。


 甘くて、熱い感情が胸の内からドンドン溢れ出す。


 気付けば、それは言葉になって口から出ていた。


「俺も……ゆぅちゃんのことが一番好き……。世界で……一番なレベルで……」


 ゆぅちゃんの顔は見ない。


 あくまでも横を向いた状態で、言葉を返した。


 撫でてくれていた彼女の手に少しだけ力が入る。


 手は止まり、一点をキュッと押すような感じ。


 ちらり、と彼女の顔を見ると、真っ赤になって別の方を向いていた。


 ゆぅちゃんも同じだ。


 俺の顔を見ることができないでいる。


 沈黙が降り立ち、外で鳴いているセミの音が先ほどよりも大きく感じられた。


「……さと……くん……」


「……ん……は、はい。な、何でしょう……?」


「………………いつか……私と……キス……してくれる?」


「っえへぇ!?」


 よくわからない声が出てしまう。


 反射的に顔も真上。ゆぅちゃんの方へやるのだが、彼女は綺麗な手で俺の目元を覆った。暗くて何も見えない。


「やば……かった……。好き……溢れて……さと君のこと……膝枕してなかったら……勢いでしてた……かも……」


「――っっっ!?」


「せーふ……。止まんない……とこだった……」


「ふぇ……? ぇ……?」


「……ふー……」


 息を吐くゆぅちゃん。


 その後も何度か深呼吸し、ようやく俺の目元にあった手を離してくれる。


 俺は……間抜けっぽく口を開けて放心状態。


『キス』


 この二文字が頭の中をただ埋め尽くしてる。


 それ以外に何も考えられなかった。


「でもね、さと君。聞いて欲しいの」


「は……ひゃい……」


「私、最近さと君のススメでエッチな同人誌読むようになったんだけど」


「っ……ふぁい……」


「えぬてぃーあーるっていうのかな? 寝取られ、というものにハマっちゃって」


「ふぁ!?」


 何でそんな邪悪ジャンルに!?


 しかも、唐突過ぎる告白だし!


「アレ読んでたら、すごくさと君を独占したい気持ちが高まって……おかしくなっちゃうんだ」


「え……えぇぇ……?」


「だけど、そのおかしくなる感覚が……さと君のことを絶対に誰にも渡したくないって思える感覚がね、私にとっては快感で……え、えへへ……へ、変……だよね?」


「へ、変……とは言い切りにくいけどね……? そ、その、読み方は個人の自由だし……」


「そ……そう……なのかな……?」


「う、うん」


「ほんとう……に?」


「うん。本当に」


「っ~……」


「……ゆぅちゃん……?」


 朱に染まった顔のまま、我慢できないとばかりに俺の顔に胸を押し付けてくるゆぅちゃん。


 いや、これは抱き着いてるという方が正しいのだろうか。


 膝枕してもらってたし、覆い被さられる感じだ。


「うぅぅ~……さと君っ……さと君さと君っ~……!」


「お、おぶぶっ……! ゆ、ゆぅちゃ……!」


 お、溺れる! おっ●いに! 溺れる!


「さと君、またおうち帰ったら、東京の方行こ?」


「ぼ、ぼぼっ……! と、とうきょ……!? ぼぼぼっ!」


「東京行って、一緒にエッチな同人誌買うの……。それで、夜はホテルに泊まって読書会を開いて……それで……それでぇ……!」


「ゆ、ゆぅちゃん……! は、ははっ、離れ……! ぼぼぼぼぉ!」


 呼吸ができず、苦しみながら、俺は心の内で叫ぶのだった。


 それよりも、まずは大隅先輩どうにかしないと!


 ……と。

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