第51話 俺、どうなってしまうの?
大隅先輩。本名、
俺たちの通う総津高校の二年生にして、軟式テニス部に属してる超絶イケメンだ。
彼の名前は学校内でかなり通っており、校門付近の高い金網フェンスには、でかでかと『二年 大隅陸也 祝 軟式テニス部 個人 インターハイ出場!』なんて横断幕がかかってる。
それだけで桁外れにスポーツができるのを伺えるが、この人の凄さはそこだけに留まらない。
噂ではあるものの、勉強もかなりでき、定期テストの学年順位はいつもトップ10。
人当たりも良く、人望も厚いため、友達が多く、人脈が広い。
加えて、校外ではモデル活動もしてるようで、その完璧さから言うまでもなく女子人気が凄まじい。
俺なんかとは男としての価値が天と地。比べるのもおこがましいレベル。
そんな有名な彼と灰谷さんは接点があるらしかった。
「夏休み明け、文化祭がすぐにあるよね? その準備、もう始まってるの。私、実行委員やってるから」
「ほーん。で、大隅先輩もその実行委員の中にいらっしゃる、と?」
武藤さんが問い、灰谷さんはぎこちなく頷く。
「う、うん。流れで雪妃の話になって、そのまま雪妃が最近ナワナワと付き合ったこと……言っちゃいました……」
海風の当たっていた船上デッキから一転。
俺たち五人は静かに会話できる場所を求め、すぐそこにあったカフェスペースでテーブルを囲んでいた。
「なるほどねぇ~。それであんたは名和くんに『ごめん』ってLIME送ったんだ」
「いや、なるほどねじゃないですよ。大隅先輩に俺たちのこと言って、そこからどうして謝罪になるんですか? ちょっと意味わかりませんって」
嘘だ。意味ならなんとなく予想できる。
彼女が謝罪してきた理由。
それは、大隅先輩が俺とゆぅちゃんの交際をよく思っていないからであり、そもそもそういう面倒な展開になったのは、灰谷さん自身が彼に俺たちのことを言わなかったらよかったと後悔してるから。
それ以外に考えられない。
なのに俺は、そんな現実から少しでも逃れるために、わかり切った質問をぶつけた。
「名和くん、知らない? 大隅先輩、入学した時から雪妃のこと狙ってたって噂あるの」
「え……!? ね、狙ってた……!?」
冴島さんに言われ、おののく。
それは知らなかった。陰キャな俺は、外部と交流しないことから情報に疎い。そいつはマズすぎるじゃないか……。
「じゃ、じゃあ、その大隅先輩は、俺とゆぅちゃ……雪妃ちゃ……いや、あれ、えっと……」
「はは。普段通りの呼び名でいいよ。別に私たちに君らの関係バレてんだからさ」
呆れるような半笑いを浮かべ、武藤さんが言う。
俺はやや顔を熱くさせながら、恥ずかしさを感じつつ、皆の前で「ゆぅちゃん」と口にする。こう呼ばないとゆぅちゃん怒るから。
「お、俺とゆぅちゃんが付き合ってること知って、大隅先輩は怒ってる……ということになるんですかね? あんな男と、みたいな……」
ゆぅちゃん呼びを公に公開したことで、まずは三人から多様な反応を受けた。
灰谷さんは「ラブラブだね」と苦笑し、灰谷さんは意味ありげにニヤニヤ。冴島さんは……なぜか温度の低い笑みを顔に貼り付け、隣から俺の太ももを指でグリグリしてくる。
痛くはない……のだが、なぜだろう。どこかじみーに攻撃性を感じてしまう。そもそもこの行為は何……?
「こほんっ! ま、まあ、そうなってるんだろうね。だから美海は君に謝ったんだし」
咳払いしながら冴島さんが言う。
やっぱりそういうことらしい。最悪な展開だ。
「しょうがないよ、名和くん。元々、雪妃は可愛いってことで同級生だけじゃなく先輩たちも狙ってる風潮あったから。彼氏第一候補だった大隅先輩が苛立つのも当然」
当然って……。
まあ、武藤さんの言ってることは間違いじゃないか。
俺の恋人は、学校内でもトップを張れるレベルで可愛い。
ほんと、何で俺なんかと付き合ってるのかわからくなるくらいに。
「けど、やっぱそうは言ったって一番大切なのは雪妃ちゃんの御心ですから。周りがどれだけ騒ぎ立てようとも、ね?」
言いながら、武藤さんは人差し指を俺の隣へ向ける。
ゆぅちゃんの方。
ゆぅちゃんは――
「っ……!」
俺の腕に抱き着いてきてた。
上目遣いで俺を見上げ、切なげにこう訴えてくる。
「私は……さと君だけ……」
あぁぁ……。
なんて……なんて可愛いんだこの人は……。
めまいがしそうになる。
嬉しくてたまらないのに、恥ずかしくて反射的に目を逸らしてしまった。
けど、俺も……。
「俺も……ゆ……ゆぅちゃんとずっと一緒がいい……」
他の男子に負けたくない。
それが、仮にあの大隅先輩であったとしても。
「ふふふ……」
反対側の左隣からは冴島さんが謎のブラックスマイル。
すぐさま俺は見なかったことにする。
そういえば、最近彼女の癒し担当ちゃんとできてないかも……?
い、いやいや、でも俺の恋人はゆぅちゃんなんだ。
優先するのは恋人に決まってる。それはそうだ。
「しっかしお熱いねー、付き合いたてほやほやのカップルはやっぱり。なーんか爆発しないかなーとか思っちゃうよ」
「ちょ……! え、縁起でもないこと言わないでくださいって……!」
「あははっ! 嘘嘘! いや、思ってたのはほんとなんだけど、それが実際に起これとは思ってない、みたいな? はははっ!」
それってなんか違いあるのか……?
笑う武藤さんに対し、俺はげんなりしつつ、気落ちしてる灰谷さんへ視線をやる。
「でも、その辺りはまた気を付けます、灰谷さん。大隅先輩の怒りを買ったって、俺にはどうしようもできないけど、ゆぅちゃんだけは守らないと」
「おぉぉ! なんか以前までとは発言の活きが違うね、名和くん! 頑張れ! 相手は超絶モテ男だけど!」
「……は、はい。頑張らせていただきますよ。当然ね」
煽ってくる武藤さんを適当にあしらい、俺は灰谷さんを励ます。
ノリで俺たちの交際を暴露されたのは困るには困るが、今度からはそういうことがないように、と釘を差すことで許した。
俺は……何があってもただゆぅちゃんと関係を続けるだけだから。
「そんじゃ、とりあえずは船旅を続けて楽しみますか」
武藤さんは言って、伸びをしつつ、「美海」と灰谷さんの名前を呼ぶ。
「あんたがやったことは褒められたもんじゃないけど、優しい名和くんがこう言ってるんだからさ、とりあえず気持ち切り替えなよ? いつまでも暗い顔してたらこっちも気分萎えちゃうし」
「そうそう。私の癒し案件もまた一つ溜まったからね。処理されないまま」
何それ、と前から武藤さん。
けど、それに対して冴島さんはニコニコしたまま「さあね?」と返すばかりだった。
「ね、名和くん? わからないよねー?」
「あ、あはは……そう……ですね……」
「???」
疑問符を浮かべる武藤さんだった。
●〇●〇●〇●
それから、俺たちは船旅の中、夜を迎える。
今日はここで一晩眠り、起きたら離島に着いているという流れだ。
夕食を皆で食べ、部屋の方へ向かう。
そんな折だった。
一人、部屋に入ったところで、LIMEメッセージ。
送り主は灰谷さん。
いったいどうしたんだろう?
MIMI:『ごめん。まだ解決してないこと、一つあって……』
「……え?」
一人、頓狂な声を上げる。
すぐさま疑問符を打ち込み、送信。既読は即座に付いた。
MIMI:『実は……大隅先輩にナワナワのアカウント教えるよう言われたの……』
「え、えぇっ!?」
俺は……いったいどうなってしまうんだ。
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