第52話 寝不足と会話の内容
船上での一夜を明かし、朝。
もう間もなく目的地である離島の方へ到着する、と船内アナウンスで放送され、俺たちは寧々さんの部屋の前に集合した。
皆の顔は清々しいもので、しっかりと睡眠を取れてたのがよくわかる。
昨日の段階だと、灰谷さんを除き、ゆぅちゃんも冴島さんも、武藤さんだって船酔いを心配して、寝不足に陥るかもと不安がっていたのだ。
結果として、それがただの杞憂に終わってよかった。
ただでさえ外は暑いんだ。
寝不足でフラフラだと、熱中症にもすぐなるだろうし、せっかくの離島を満喫できない。
それだけはもったいないから、本当によかったよ。うん。
皆、元気そうでさ。
「――それで、何で名和くんはそんなに目を充血させて、クマも思い切り作っちゃってるのかな?」
冴島さんが皆の思ってることを代表するように言ってきた。
俺は、もう顔を引きつらせながら作り笑いするしかない。
「ちょ、ちょっと色々……ありまして……」
声にも力を入れられない。
昨日の夜、とある方と少しやり取りしてから全然眠れなくなったとか、口が裂けてもこの場では言えなかった。
武藤さんが冴島さんに続くように問うてくる。
「え、まさか船酔い? 気持ち悪くなって全然寝れなかったとか?」
「い、いえ……そういうわけじゃなくて……」
「じゃあ、どういうことなの? 大丈夫? こんなので外行ったらもっと具合悪くならない?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる冴島さん。
ゆぅちゃんも背中を優しくトントンと叩いてくれていた。ごめん。ありがとう。
「大したことではないんです……。その……ま、まあ、どうしてもやり取りしないといけない人から続けざまに質問されて……そいつに頭を悩ませたりしてたら……気付けば朝になってた、という具合で……」
「「「誰? やり取りしないといけない相手って?」」」
おぉぅふ……。
灰谷さん以外の女の子三人から一斉に問われてしまった。
灰谷さんが俺に何も聞いてこない理由はハッキリしてる。わかってるからだ。大隅先輩と俺がLIMEで会話してたの。
「え、えっと、その、それは――」
なんて答えよう。そう考えながら焦って言葉を濁してた時だ。
「おっはよ~、若者諸君~。お姉さんは色々と準備が必要で遅くなっちゃったよ~」
寧々さんが部屋の扉を開け、遂に姿を現しなされた。
へそ出しスタイルにサングラス。そして、手には良さげな日傘が持たれてる。ザ・大人の女性といった感じ。まあ、大学生ですもんね。
「……ん? えっ。何々? どしたの、サトリン? すんげぇクマと目の充血じゃん。寝不足?」
サトリンって呼び方に対してツッコむ気力は無い。
そこはスルーし、俺は力なく頭を縦に振った。
「まあ、そんな感じです……」
「おいおい~? あれだけ『船酔いはしない方です!』とか豪語してたのになぁ~。君は口だけなメンズかい~?」
「ち、違うよ、お姉ちゃん! ナワナワは船酔いしたんじゃなくて、そ、その……」
黙り込んでいたところから俺を庇うように声を上げてくれる灰谷さん。
けれど、それがまた他の皆に怪しく映ったのも事実だ。
「……え。美海、なんか名和くんが寝不足な理由知ってます、みたいな庇い方するね」
静かだけど、確かな冴島さんの物言いに、灰谷さんは体をビクつかせる。
「そもそも、なんでいきなり名和くんのこと庇った? あんた、どういうこと?」
武藤さんも冴島さんと似たような口調で灰谷さんを詰める。さらにビクビクっとする彼女。
「……さと君……」
ゆぅちゃんは俺の腕に寄り添い、不安げな表情と上目遣いで見つめてくる。
あぁぁ……なんか事が良くない方へ……。
「と、とにかく、詳しいことは後から俺がちゃんと話すよ……! だ、だから皆……とりあえずこの旅行を楽しもう……!」
「「そんなこと言って、当の本人がフラフラじゃん」」
見事に声をハモらせる冴島&武藤。
何ともカオスな状況だった。
『まもなく、目的地へ到着いたします。お車の方は車内へお急ぎの程、よろしくお願いいたします』
車にも乗っておかないと。ヤバい。
結局、俺の言葉通り、ここですべてを話すことはできず、皆してダッシュで車の方へ向かうのだった。
●〇●〇●〇●
それから、少しして。
俺たちは乗っていたフェリーから降り、車を走らせて灰谷姉妹のおじいちゃんの家へと向かっていた。
距離としては港から三十キロほどあるらしく、移動時間も長い。
その間に色々吐かされるかと思っていたが、ここは寧々さんの計らいだった。
「とりあえず、少しでも寝ときな? おじいちゃんち着いたらまずお昼だろうし、色々会話したりで大変だろうから」
すごくありがたい。
俺はお言葉に甘えて後部座席で目を閉じる。
ここでも、隣に座っててくれたゆぅちゃんが俺の頭を撫でてくれたり、手をモミモミしてくれたりと、心配の構えを見せていた。
冴島さんが何か羨まし気にこっちを見てたのも知ってた。
ただ、それは今気にしてられない。
速攻で俺はまどろみの波に飲まれていくのだった。
▼
灰谷姉妹のおじいちゃんちへ着いたのは、それからおおよそ二時間ほど経ってからだった。
三十キロを走るのに二時間も? と思ったが、これはまた寧々さんの計らい第二弾。
わざわざ家へ着く前にお土産を買ったりして、俺の睡眠時間を確保してくれていたらしい。
私はできる女だからね、とドヤ顔で言ってたが、本当にその通りだと思った。なんて気遣いだ。俺にはそんなのできない。
ただ、そのおかげで冴島さんと武藤さんはひどくお腹を空かせてしまったのと、気になる話がそれまでずっと聞けなかったことから、両隣で俺のことを肘で小突いてきてたが、これはもう仕方ない。
ゆぅちゃんは、ずっと俺が寝てる横に寄り添ってくれてたみたいだ。ありがとう、と言いたい。
でも、そのせいか、右腕にはしっかりとゆぅちゃんが抱いてくれていたらしい跡が付いていた。
いくら何でも強く抱き着き過ぎである。微妙に痺れてたし。
灰谷さんは……相変わらず俺の方を何度も申し訳なさげにチラチラ見てきてた。
言ってあげたい。別に気にしなくてもいいですよ、と。
けど、それを皆のいる場で言ってしまえば、事態がさらにややこしくなる。
何があったのかしっかり言って、灰谷さんには慰めの言葉というか、色々と言ってあげないと。
「そいじゃ、皆! 今日はよぅ来てくれたのぉ! 料理もばあさんがたくさん作ってくれているから、たんとお食べな!」
挨拶やらを済ませ、通された家の中。
宴会場なのでは、と思える大きい畳張りの部屋の中。テーブルの上に並ぶ料理の数々を皆で囲って、さっそく食事が始まった。
「「「「「いただきまーす!」」」」」
本番はこれからである。
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