第49話 上着……着るね?

「すいません。あそこにある北海道小豆と、キャラメルシャワーをダブルでください。容器はカップで」


 どうにかこうにか水着選びを終え、俺とゆぅちゃんは、フードコートでいったん落ち着くことにした。


 顔は未だ熱い。


 大方予想はしてたが、こうもドギマギするような展開になるとは……。


 結局、ゆうちゃんが買ったのは、ビキニ型で可愛らしいフリルの付いたガーリーなもの。


 大人らしいがっつりビキニというより、少女の純真さを残した初々しいものをセレクトされたのだが、個人的にその選択はベストと言っていいと思ってる。


 ただでさえ容姿の良すぎる彼女だ。


 色気満点の水着なんて着用すれば、周りにいる男共の目をこれでもかというほど惹くに決まってる。


 それだけは嫌だった。


 ゆぅちゃんの水着姿は俺だけのものだ。


 欲望に満ちただけのゲスな視線を彼女に向けようなど、お天道様が許しても、この名和聡里が許さない。


 とは言っても、選んだ水着だって露出はそれなりにあるからな。


 本当のところ、当日は薄手の上着でも着用していただきたいくらいなのだが、そうすると、ゆぅちゃんが暑いかもだし、そもそもせっかく買った水着をお披露目したい気持ちだってあるだろう。


 複雑な感情だ。


 独占欲の強い俺を許してくれ、ゆぅちゃん……。


「はい。こちら、北海道小豆とキャラメルシャワーのダブルですね。お待たせしました」


 カップに入ったアイスクリームを笑顔で渡してくる女子店員さん。


俺は彼女からそれを受け取り、しんみりとした表情で横の方を見やる。


 ちょうどゆぅちゃんも注文していたアイスを受け取っていた。


 内容は……チョコレート系のものと、ミント系のもの。それから色々な色のチョコチップ(?)が入った味か。三種類とはなかなかの甘党さん。トリプルってやつだ。


「お待たせ、さと君。席の方、行こう?」


「うん。そうだね……」


「……? どうかした? なんかちょっと浮かない顔」


「あ、い、いや、別に特に何も無いんだけど……」


 俺が誤魔化すと、ゆぅちゃんは心配そうに首を傾げ、


「嘘。私、さと君が誤魔化してる時とか、もうわかっちゃうから」


「あー……そ、そっか……」


「何? 何かあった? あ、もしかして、アイスの味選んでる時に『やっぱりあっちのやつにしておけばよかった……』ってなったとか?」


「それは違う。確かに北海道小豆ってサーチーワンの不人気フレーバーでトップ5に入っちゃうくらい人気ないらしいけど、違うよ。個人的にはキャラメルシャワーとそこそこ合うと思ってるし」


「キャラメルシャワーは逆に人気ランキングトップ5に入ってるやつだよね。プラスとマイナスで見事結合するって感じなのかな?」


「北海道小豆はマイナスではないけど……ま、まあ、とにかく選んだアイスについて考え事してたわけじゃないよ。全然違うこと」


「うん。何だろ? 違うことって」


 小首を傾げるゆぅちゃんだけど、視線の先はチラチラと自身の手に持ってるトリプルアイスへ行ってる。


 思わず笑いそうになった。早く食べたいんだな。


「とりあえず席に座ろっか。話はそれからということで」


「うん。了解」


 ゆぅちゃんが頷いたのを見て、俺たちは歩き出す。


 周りには、俺たちと同じ高校生がお菓子やアイス、ファストフードを食べたりしながら駄弁ってた。


 ほとんどが他校の生徒っぽいが、そのせいだろうか。


 俺とゆぅちゃんが傍を通り過ぎると、結構視線を感じる。


 コソコソと何かを話してて、その中でも確かに聞こえたのが、


『なぁ、あの子めちゃ美人じゃね?』

『隣にいる男、アレ彼氏? しょーみ釣り合ってなくねw』

『くっそ。俺、あいつから奪ってこよっかな』


 ――なんてもの。


 俺は一人、心の中でけん制の炎を燃やす。


 絶対に奪わせるものか、と。


 でも、やっぱ周りから見ても釣り合ってないのか。


 そこはシンプルに傷付いた。そりゃそうですよね。


 ゆぅちゃんはクラス一、いや、俺たちの通う高校の中でもずば抜けて可愛いから。


 何の取柄も無いただの陰キャが恋人にできるなんて、通常あり得ないことだ。


 俺の今の現状は……本当の奇跡の上で成り立ってる。


 ゆぅちゃんは、俺と付き合えて満足してるのかな。


 なんか不安になってきた。交際し始めて間もないけど。


「席、ここでいい? 周り、ちょうど人いないよ」


 にこっと笑い掛けながら言ってくれるゆぅちゃん。


 前、言ったことがあるからな。ファミレスでもどこでも、あまり人が周りにいない席の方が俺は好きだ、と。その辺りのことを覚えてくれてたんだ。胸が熱くなる。


 俺も、彼女に何か少しでも力になってあげないと。じゃなきゃいつか――


「それで、さと君。考え事の内容って何? 彼女である私に聞かせて?」


 さっそくアイスを一口食べながら、口元をもにょもにょさせ、ゆぅちゃんは聞いてきた。


 俺はハッとして、焦りつつ頬を掻き、宙を見上げてから切り出す。


「あー……えっと、何というか……そ、そう! 水着選び白熱したなーって」


 一瞬キョトンとし、なんとゆぅちゃん、スプーンをくわえたままジト目。


「……うほ(ウソ)」


「ぅえ!?」


 彼女はスプーンを口から離し、


「今のもお見通し。確かに水着選び白熱したけど、その時はさと君テンション高かったもん。……私の……可愛いところすっごい見れたって言ってくれたし……」


 頬を朱に染め、声を小さくしていきながら恥ずかしそうに言うゆぅちゃん。


 俺もそれを見て、一瞬ドキッとするも、すぐに苦笑した。


「……ま、まあ、いつも可愛いんだけどね……ゆぅちゃんは」


「んぐ……っ! んんん……っ!」


 悶える彼女を見て、俺は少しだけホッとする。


 その反応を見れば、自分が想われているのだ、と実感するから。


 でも、逆を言えば、そんな反応を見れないと安心できないってのもどうなんだ。


 自分が情けなくなった。このままではいけないんだろう、と。


「あ……じゃあ、わかったかも……」


「へ?」


 ゆぅちゃんがもごもご言うのを受けて、俺は疑問符を浮かべる。彼女は続けた。


「水着、でしょ? さと君が『これにしておけばよかった』ってもの。もっと可愛いもの見つけた、とか?」


「あ、いや、そういうわけじゃないよ! そういうわけじゃない! 選んだアレ、俺ベストだと思う! 神! ゆぅちゃんの綺麗なところを最大に表現してると思うし、可愛いところも余すところなく際立たせてくれてると思う!」


「っ~……! そ、そう……かな?」


「う、うんっ! た、ただ……その……お、俺が思ったのは……」


 マズい。言ってしまいそうだ。


「そんな……水着で可愛くなり過ぎたゆぅちゃんを……ほ、他の男が釘付けになって見てるのとか想像すると……お、俺……」


「さ……さとくん……」


「な、なんか……い、嫌だな……とか……だ、誰にも見せたくないな……とか……すっごい自分勝手なこと思っちゃって……嫌になったというか……」


「っ……」


 朱に染まった顔のまま、ゆぅちゃんは俺の方をジッと見つめていた。


 軽く目は見開かれ、口はポカンと開けている。


 自分で何言ってるんだと思い、俺は我に返った。


「ご、ごめん! せっかく水着選んで買ったのに、買った後でこんなこと言って! お、俺、ほんとバカだよね! な、何言ってんだろーって! あ、あはっ、あはははっ! い、いやー、我ながらキモいなぁ、ほほ、ほんとぉ!」


 自分の物言いを誤魔化すように笑い、目の前のゆぅちゃんから顔を背ける。


 すごく恥ずかしかった。


 情けないことを言ってる自覚しかないから。


 でも――


「……き……気持ち悪くなんか……ないよ?」


 ぽつり、とゆぅちゃんが小さい声で言った。


 小さかったけど、それは確かに俺の耳へと伝わる。


 思わず、「へ?」と疑問符を浮かべてしまった。


「気持ち悪くなんか……ない。むしろ……すごく嬉しい……かも」


「う、嬉しい……ですか?」


 ゆぅちゃんはこくんと頷いて、対面していたところから自分の手を差し出してきた。


 そして、俺に「ん……」と手を出すよう要求してくる。


 大人しくそれに従うと、彼女は俺の手をそっと握り、


「……なら、海に行く時……もしも男の人がたくさんいたら……う、上着……着るね?」


「え……っ!?」


「水着姿は……さ……さと君と二人きりになれた時だけ見せる……」


「え、えぇっ……!?」


 い、いいのですか!?


 バクバクと跳ねる心臓を抑え、俺は口元をアワアワさせながら、ただゆぅちゃんのことを見つめるだけだ。何も言えない。


「海で……ど、どこか二人きりになれるところ……探そうね」


 耳まで赤くさせ、精一杯微笑みかけてくれる彼女。


 俺はそんなゆぅちゃんの姿を見て、冗談抜きに「明日死ぬのかな」と思った。


 こんな可愛い女の子が彼女で、それに……こんなことも言ってくれて……!





――俺もあなたに相応しい男になる。





 そう言いかけたところで、だ。


 唐突にテーブルの上に置いていたスマホがバイブした。


 誰かからLIMEのメッセージが届いたらしい。


 ゆぅちゃんに「ごめん」と言い、確認。


 そこには――





MIMI:『ごめん……』





 ちょうど、今自分が言ったセリフと同じものが画面に映し出されていた。


 送り主は灰谷さん。


 何事だ? 


 俺はどことなく嫌な予感を覚えるのだった。

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