第48話 ●●できる水着

 電車の中で散々イチャついていた俺たちだったけど、どうにかこうにか目的地であるショッピングモールへ到着。


 ぎらついた太陽の元、駅から少しだけ歩いて移動し、その間でもゆぅちゃんは俺に密着し切りだった。


 言うまでもなく、季節は夏だ。


 密着するのも冬なら『暖かい』で済むんだろうが、今の季節だと、ゆぅちゃんのことが好きでも『暑い』となってしまう。


 道中、やんわりと「俺にくっついてて暑くない?」みたいな感じで問うてみたら、そのクールで綺麗なお顔をシュンとさせ、「私、くっつき過ぎで鬱陶しいかな?」なんていう風に返されちゃうんだから厳しい。


「もしかして、汗かいてるし……匂いとか……」


 なんてことも不安そうな顔で言われたが、それに関しては無問題。


 制汗剤の香りか、洗剤の香りか、それともゆぅちゃん自身から出てる香りなのか、何なのかよくわからないけど、彼女の傍にいるといい匂いで満たされてる。


 よく言うもんな。


 相性のいい異性の香りは、いい匂いだと感じるようできてるって。


 つまり、俺とゆぅちゃんの相性は最高ってことになる。


 嬉しいけど、ごめんなさいゆぅちゃん。こんな陰キャ男と相性最高で。


 とまあ、そんな感じで俺たちは歩き、到着したショッピングモールの中へ入った。


 中は、天国かというほどに涼しくて快適だ。


 つい二人で息をついてしまう。


「はぁ。やっぱりショッピングモールの中は涼しいね、さと君」


「うん。そうだねぇ」


 涼しい。涼しいけど……うん。


 暑さを忘れ、冷静になれたところで、自分がこれからしなきゃいけないことをしっかり思い出す。


――ゆぅちゃんの水着選びだ。


 もう、ここに俺たち以外の人間が誰もいないのなら、きっと恥ずかしさと何かで頭を抱えて悶えてたと思う。


 何……? ほんと、俺今からどうすればいいの……?


 自分の水着でさえいつも母さんが買ってきてまともに選んだことないのに、女の子の、しかも恋人のものを一緒に選ぶって……!


 無理だ……! 普通に無理……! どう考えても無理……! 無謀ッ……! 無謀すぎるッ……!


「さと君」


「……ん? へ……? ど、どうかした?」


 平静を装いつつ、頭の中でパニックになってると、隣からゆぅちゃんが可愛く俺の袖をちょいちょい引っ張ってくる。


 この上目遣いがまた……! くっ……! 切れ長な瞳から繰り出される甘え視線ほんとズルい……!


「私はすぐに水着選びへ行きたいんだけど、さと君は何か見たいところとか、ある? 先、そっちの方行ってもいいよ?」


「え……」


 俺の行きたいところ、か。


 唐突に言われたもんで、少々焦りつつ、どこか行きたい場所があるか考えてみる。


 んー……行きたいところ……行きたいところ……。


「あ、あはは……。いやー、俺は特に無い……かな? うん。すぐには浮かんでこないや」


 頭を軽く掻きつつ、苦笑して言ってみせる。


「いいよ。先、水具選びに行こ? ほら、俺の見たいところはさ、水着売り場に向かってる最中にあるかもだし、もしあったら水着買った後とかでもいいから」


「いいの? 遠慮しなくても私、さと君の興味あるものに興味あるけど」


「うん。その理論でいくと、俺はゆぅちゃんの好きな水着のタイプが早く知りたいし、興味は今すべてそこにある。最初に行こう。水着売り場」


 グッドポーズを作り、笑顔でよくわからないことを口走ってしまう俺。


 ……が、ゆぅちゃんはちょっとばかし赤面。


 視線をやや下の方へ持っていき、やがて遠慮がちに俺の目を見つめ、控えめに頷いた。


 マズい。反芻してみたら自分が結構キモいこと言ってたのに気付く。おぉぉ……恥ずかしい……。


 が、しかし、言ってしまったことは戻せない。


 俺はヤケクソ気味に引きつった笑みを浮かべ、ゆぅちゃんの手を取った。


「で、ではでは、出発出発~。水着売り場は……確か三階だったなぁ~。あ、あはは……!」


 きっとこのぎこちなさは彼女にも伝わってると思う。


 伝わってるけど、ゆぅちゃんはそれに対して何も言わず、朱に染まったままの顔でもう一度頷いて、大人しく俺と一緒に歩き出してくれるのだった。





●〇●〇●〇●






「お、おぉ……こ、ここですな……水着売り場……」


 着いた。いやぁ、着いた。水着売り場。


 目の前には、夏真っ盛り、という雰囲気がビンビンに出てる光景が広がってる。


 そこら中に置かれてる水着を身に付けたマネキンや、『大売出し!』、『セール!』なんて書かれたポスターも含め、何もかもが『海行くなら今でしょ!?』感を醸し出してた。うん。そうだね。今だね、水着を買うなら。


「種類いっぱいあるね……!」


 俺の隣で手を繋いでるゆぅちゃんも目をキラキラ輝かせてた。可愛い。


「ほんと、めちゃくちゃいっぱいあるよね。一つずつゆっくり見て行こっか。時間ならたくさんあるし」


「うん。そうだね。……ふふふっ」


 楽しそうに口元を抑えてクスクス笑うゆぅちゃん。


 そんな彼女の姿を見て、俺も自然と笑みをこぼしてしまっていた。


 緊張も少しだけ和らいだような気がする。


「では、まず最初ですが、こういうのってどうですかね?」


 一番最初のコーナー。


胸の部分にフリルが付いてて、そのままスクール水着のような形をし、下の方はミニスカートっぽくなってるものを指差して、俺はゆぅちゃんに問うてみる。


 ゆぅちゃんは「うーん」と自分の顎元に綺麗な人差し指をやって、


「可愛い系……なのかな? こういうの、たぶん私には似合わないと思う。美海が着たら似合いそう」


「あぁ~、灰谷さんかぁ~」


 言われ、頭の中でこの水着を付けてる彼女を想像。


 うんうん。確かに似合ってる。確かに――


「う……!?」


 突如俺の頬を優しい力でムニっとつまんでくるゆぅちゃん。


 ど、ど、どした……!?


「今、美海の水着姿想像したでしょ……?」


 小さく頬をぷくっと膨らませ、嫉妬のこもった顔をぶつけられた。


「え、ふぁ、ふぁの……!」


「確かに似合いそうって言ったのは私だけど……うぅ……失敗だった……言ってすぐ気付いた……」


「ふぁ、ふぁぅ……」


 頬をつままれてて上手いこと喋れない。でも、何て返せばいいかわからなかったから助かる。


「ごめんね、さと君。訂正」


「ふぇ……ふぇーへぇー……?」


 訂正?


 ちゃんと言葉にならなかったけど、ゆぅちゃんは俺の言ってることを理解して、こくりと頷く。


 そして、つまんでいた俺の頬から手を離し、それを自分の口元にやって、コソコソと小さい声で何かを言ってくれた。


「似合ってないとは思うんだけど……この水着を着てる私……想像して?」


「へ……?」


「本当に……似合ってないのがわかると思うから……」


 言われ、ふわふわと想像。


 フリル付きの可愛い系水着を着たゆぅちゃん……。


 …………………………………………。


「……い、いや……似合ってると思う……すっごく……」


「だよね。そうに決まって…………へ?」


 目を見開いてきょとんとする彼女。


 俺は熱くなった顔を手で抑えつつ、視線を横の方にやりながら頷いて、


「似合ってる。ゆぅちゃん綺麗だし、こういうタイプの水着着てたらそれがまたギャップを生んで……なんというか……そ、その……か、可愛すぎだった……」


「んぇっ……!?」


 聞いたことのないような声を漏らし、一気に顔を赤くさせる彼女。


 それからすぐにクルっと回って俺へ背を向けたけど、顔と同じく真っ赤になってる耳が隠し切れていない。


 雪のように白い肌をしてるゆぅちゃんだから、その赤も本当に目立った。赤面しやすい体質ってのもあるのかも。それがまたすごく可愛いんだけど。


「あ、あの……ゆぅちゃん? ど、どうしよう……? まだ回り始めて一着目だけど……これにする?」


「……し……しないっ……」


 ぎこちなく裏返った声で反応してくれる彼女。


「わ……忘れてた……さと君が優しいってこと……」


「や、優しい……?」


 頷き、ゆぅちゃんは続ける。


「優しいから、何でも似合ってるって言ってくれること……忘れてたの……」


「え、い、いや、別に俺は本当のことを言ったまでだよ? この水着着てるゆぅちゃんは世界で一番可愛いと思ったし」


 その言葉を聞いた彼女は、肩をピクっと震わせた。


 で、またしても悶絶。


「うぅぅ……」と声を上げ、やがて意を決したようにまたこっちを向いてくれる。


 で、ズイっと俺の方へ顔を近寄せて来た。ち、近い……!


「さと君……!」


「は、はい……! 何でしょう……?」


「今から、簡単な『可愛い』は禁止……!」


「え、き、禁止……?」


 うんうん、と強く頷くゆぅちゃん。


「本当に、すっごくすっごくすっごく、そ、その……お、押し倒しちゃいたくなるくらい可愛いのだったら、『可愛い』って言って……! お願い……!」


「あ、は、はい……!」


「じゃないと……さと君が可愛いって言ってくれた水着……全部買っちゃわないといけなくなるから……!」


「え、えぇっ!?」


「エロゲ的に言えば、●●するほど興奮できる水着を選んで欲しい……!」


「わ、わかった! わかったから、そういう発言は今控えよう!? 他のお客さんもいるし!」


 訴える俺だったが、その声が少し大きかったか、周りにいた人からチラチラと見られてしまってた。死ぬほど恥ずかしい。


 ゆぅちゃんは「こほん」と小さく咳払いし、


「じゃ、じゃあ、さっそく次だよ。これは……どう?」


「可愛いです」


 以下無限ループ。


 注意されたのに、反射的に選ばれた水着を想像して可愛いと言ってしまう俺と、火が出そうなほど赤くなって背を向けるゆぅちゃん。


 だってこうなるのは仕方ない。


 水着を着たゆぅちゃんなんてどれも死ぬほど可愛くて、どれも●●できるほどハイになれるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る