第45話 絵里奈の提案

 雪妃さん……いや、ゆぅちゃんと正式にお付き合いを始めてから、俺たちは本当にただれた日常を送っていると自分でもすごく思う。


 元々、ゆぅちゃんは、冴島さんにそそのかされて卑猥な知識を覚えようと躍起になってた。


 それで、俺にエッチな動画を観てるところを見つかり、色々とゴタついて今に至る。


 ハッキリ言えば、もうエロゲなんてしなくてもいいし、俺とエッチなコンテンツを消費する必要だってどこにも無いのだ。


 けれど、彼女は未だに俺とエロゲしようとしたり、同人誌を読んで感想を言い合う会を開いたりして、そういう系統のモノから離れようとしてくれない。


 なんというか、俺も必死なんだ。


 おかしな空気になったことも一度や二度じゃない。


 何なら、いっそのことベッドに押し倒そうかと思ったことだってあった。


 ただ、それでも俺はこらえてる。


 変にガツガツ行って、ゆぅちゃんを傷付けることだけは絶対にあっちゃいけない。


 段階を踏むべきなんだ。


 けど……けど……! くぅぅ……!


 俺は耐えてる。それだけを言いたかった。


 この日が来る前に。


「やぁ~、おっはよ~! 早いね、名和くん! 先越されちゃうとは思ってなかったよ! アタシも割と早く家出たのに!」


 夏休み一日目。午前十時を少し過ぎた頃。


 インターフォンが鳴ったのを確認し、俺はゆぅちゃんと一緒に玄関で来訪者をお出迎えした。


 冴島さんだ。


 扉を開けると、冴島絵里奈さんが露出の多い派手な私服に身を包み、そこに立ってた。テンションも高い。俺はつい引きつった笑みを浮かべてしまう。


「残念でしたね。つまるところアレですよ。俺の方がゆぅちゃんを愛してるってことです」


「うわっ……アッツ~。雪妃、今の聞いた? めちゃくちゃカッコつけたこと言うね、名和くん」


 いや、そこで引いたような顔しないで頂きたい。軽く冗談のつもりでもあったのに。


「……えへへ。実際……カッコいいし……」


 ちょっと待って。ゆぅちゃんもゆぅちゃんだよ。そこで肯定しないでくれ。普通に恥ずかしい。せめて「もぅ……」くらいに留めておいてよ。ガチ惚気じゃないか、これだと。


「むぅぅぅ……! 何だよ、何だよ~……! 開幕から見せてくれるじゃん、名和くん? ちょっとアタシも色々作戦変更しなきゃだよ? この調子だと」


「作戦て……」


「雪妃っ! もう、お風呂入ろっ! 今からっ! 名和くんも交えてっ!」


「入りません!」


 ゆぅちゃんが何か言う前に、俺が拒否してあげた。


 入れるか、お風呂なんて。


 理性という理性が明日の彼方へ飛んで行ってしまうわ。俺、どうなるかわかんなくなるわ。


「ったく、冴島さんったら。来て早々テンションぶち上げしなくていいですから。ほら、早く上がってください」


 ため息交じりに手招きしていると、冴島さんはジト目で俺を見つめ、


「ここ、名和くんの家じゃないからね? それか、何? さりげない『もう俺のテリトリーだぜ』アピールだったのかな?」


「ち、違いますよ! あぁ、もう面倒くさい! 入んないなら知らないですから! 行きましょ、ゆぅちゃん!」


「はぁい……!」


 俺の手招きで、ゆぅちゃんは嬉しそうにし、犬みたいに俺の跡をつけてくる。


 それがまた冴島さん的に妬けちゃうポイントだったのか、遂に彼女もサンダルを脱ぎ、俺の跡をついてきてくれた。


 しかし、自分の脱いだものはきっちり揃えてから来るんだな、冴島さん。


 彼女の育ちの良さというか、そういった部分を垣間見た瞬間でもあった。






●〇●〇●〇●〇●






「――それで、冴島さん。今日は夏休み初日からどうしてこんな会をお開きに?」


 ゆぅちゃんの部屋。


 三人で部屋の中心に座り、オレンジジュースを飲んでるところ、俺が切り出して質問する。


「ん~? いやね~? 夏休みとは言っても、気抜いてたらあっという間に過ぎてっちゃうじゃん? 日々なんて」


「まあ……」


 それは十六年ほど生きてきてわかる。ボーっと過ごす時間ほどもったないものはない。


「とは言っても、名和くんは雪妃がいるからね? どうせアタシが介入しなくても雪妃を好き勝手利用して、己の快楽を満たす夏にしようとしてたんでしょ? 残念でした。そうはいきませんよーだ」


「俺、何も言ってませんけどね?」


 反論するも、ゆぅちゃんはストローとガジガジ噛みながら床を見つめ、恥ずかしそうに何かをブツブツ呟いてた。チラッと聞こえてきたのは、「満たして欲しいんだけどな……」みたいなもの。


 お願いだ。聞き間違いであってくれ。いや、たぶん聞き間違い。俺たちはまだそういうのは早い。もっと段階を踏まないと。


「とまあね、色々な思いの元、今日は二人にとあるお誘いをしようと思いまして、集まってもらったんだ」


「お誘い、ですか?」


「そそ。ズバリ、『夏を彩る離島生活』ってね~!」


 離島生活……?


 俺とゆぅちゃんは頭上に疑問符を浮かべた。言葉の意味はわかる。けど、どこでやるのかとか、そういった疑問が尽きない。何だそれ? どこに行かせるつもりだよ?


「え。あの、冴島さん……? 離島生活というのは……いったい?」


 恐る恐る聞くと、彼女はテンション高めのまま、オレンジジュースを飲み干し、コップを簡易テーブルの上に置いてから続けてくれた。


「あのね、美海いるじゃん? 灰谷」


「いますね」


「あの子のおじいちゃん、離島の方で漁師してるんだって。夏はいつも家族でそこへ帰省するんだけど、今年はお父さんの都合で帰られなくなっちゃって、おじいちゃんも悲しむから、だったら適当にメンバー集めて行こうかって話になったの」


「は、はい……?」


 何だその急な話は。


 なんて風に俺は思うのだが、ゆぅちゃんもそれは同様だったらしい。「私、知らなかったんだけど?」と小首を傾げてた。


「大丈夫だよ、雪妃。楓もまだこの話は知らないから。アタシと美海が勝手に話進めて、それで決めただけだから~」


「いや、勝手に進めないでくださいよ!」


 行かないって選択肢だって普通あるんだから。


 俺がそうやって反論すると、冴島さんは指を振り、「ちっ、ちっ」と腹立たしい仕草。


「君に拒否権なんてないよ。名和くん」


「あるが!? ないことなんてないわ! 俺、嫌ですよ! どうせあんたらと言ったってゆぅちゃんと付き合った云々の話で見世物にされるだけなんですから!」


「安心しなって~。大丈夫、大丈夫だから~」


「大丈夫じゃないわ! 答えにも慰めにもなってないし! 俺は行きませんよ!? ほんと!」


「あっ。だったら今度これクラスのLIMEグループに回しちゃお~」


 言って、スマホの画面を見せつけてくる冴島さん。


 そこには、授業中であろう俺の間抜けな寝顔が映ってた。


「うぉぉい!? 何それ!? いつの!? いつの間に撮ってた!?」


 彼女はいたずらにクスクス笑って、


「ちょっと前くらい? いやぁ、あんまりにもいい寝顔だったからさ~。ふふふっ」


「盗撮反対! 個人情報漏洩も反対! てか、よくよく考えたら俺、クラスのLIMEグループとか入ってないわ! 悲しい事実に気付かされたわ! ちくしょう!」


「あははっ! じゃあ、離島に来てくれるんならクラスのグループにアタシが招待してしんぜよう。どうじゃ、どうじゃ? 来る気になったじゃろ~?」


「く、くそっ! クラスのグループとかどうでもいいけど、知らないところで俺の写真が出回るかもと考えると……うぅぅ……!」


「絵里奈。その写真、千円出すから頂戴。私、持ってない」


「あっ、いいよいいよ~。雪妃には特別だから五百円に負けちゃう」


「ありがとう」


 俺の写真で金銭交渉するのも辞めて頂きたかった。恥ずかしいったらない。


 しかし、この流れは良くない。これ、離島行かなきゃいけない感じだぞ……。


「どうする、名和くん? 行くって言わなかったらこの写真は拡散されちゃうけど」


「ぐっ……!」


 さすがにそれはマズい。


 俺は歯ぎしりしつつ、頷いた。


「わかりましたよ。行きます。行けばいいんでしょ?」


「んっ! オッケー! そうそう、行けばいいんだよ、行けば!」


 うんうん頷いて満足そうな冴島さん。


 しかし、ここに灰谷さんと……たぶん武藤さんも加わるんだろうなぁ。なんというメンツか……。


 写真を見合ってキャーキャー楽しそうにはしゃぐ二人を前に、俺は一人ため息をつき、先のことを憂うのだった。

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