第二部

【第二部開始】第43話 ゆぅちゃんと始まる夏休み

 突然だけど、少し質問をしてもいいだろうか。


 小学校、中学校、高校と、学生生活の中で一番テンションの上がるタイミングというのはいつだろう?


 女の子の素肌が拝めるプール開き? それとも、女の子のファッションチェンジに尊みを覚えることのできる衣替え? はたまた、女の子と手を繋ぐことのできる体育のフォークダンス?


 色々あると思う。


それこそ、変態紳士諸君からすれば、もっとたくさん心躍るタイミングというやつがたくさん。


 ただ、俺、名和聡里。


 申し訳ないが、これらすべてを「否」とさせていただき、学生生活において、最も心躍るタイミングというものを言わせてもらう。


 それは、ズバリ――


「――そういうわけでね、皆さんもこの夏休みを利用し、自身の学力向上、そして充実した日々を送っていただきたいと思っております。以上、校長からの挨拶でした」


 夏休み直前のこの終業式! 


バラ色に広がる明日からの日々を想像し、ゴールテープを切るような感覚に陥ることのできるこの瞬間!


 この時こそが至高だと思うんだ! 学生生活中での頂点だと思うんだ! 何にも代えがたい幸福の時だと思うんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!





「――おーい。そこのお兄さんや~? 皆が拍手しとる中、何を一人拳握り締めて天井見上げとるのかね~?」





 校長の挨拶が終わり、クソ熱い体育館内が拍手に包まれてる時。


 不意に背後からこそっと声を掛けてくる女の子が一人。


 顔は見なくてもわかる。俺は何も言わず、彼女の方へそっと振り返った。


「最高の幸福、感じてないの? 冴島さん」


「ん? 何? 新手の宗教勧誘? だったらごめん。暑過ぎるし、校長先生の話長いし、幸福なんて感じる余裕ないんだけど?」


 言いながら、胸元をバタバタさせる冴島さん。


 すぐさま言葉を返そうと思ってたのに、それを見てドキッとしてしまう。


 今、一瞬黒いのが見えかけた気がする。幻覚か? 幻覚なのか? 冴島さんには黒のブラを付けていて欲しいという俺の願望が幻覚になっただけなのか? どうなんだ?


 ――なんてことを考えてると、バタつかせていたのが一転。


 冴島さんは開けてる胸元をいたずらに手で隠し、


「なーんてね。名和くんがそういう宗教になんか入ってるわけないかー。無神論者だよねー。女の子がちょーっと胸元パタパタさせてたらそれガン見しちゃう煩悩まみれのエッチな男の子だし」


「――っ!」


「ふひひっ。でも、後で二人きりならちゃんと見せてあげてもいいかも?」


「なっ……!?」


 ぜひよろしくお願いします!


 心の中でそう叫んだ刹那だ。


 斜め左後ろ。


 そこから、夏だってのに、氷のような冷気が飛んできた。


 冷気の主。このお方も、顔を見ずとも誰かわかる。


 振り返ると、そこには当然――


「……ゆ、ゆぅちゃん……」


 ゆぅちゃん。


 正確な名を、月森雪妃。


 俺の彼女であり、地球上で最も大切な女の子で、エロゲ同盟を結んだ子だ。冷たい空気を発出させる特殊能力を持ってる。


 あと、とても嫉妬深い。


「ん~? どしたどした~? 突然真面目な顔で別の方向いて~」


「俺には大切な人がいる。それを今、思い出した」


 真っすぐに前を向き、表情をキリッとさせる。


 終業式はまだ終わっていない。他の生徒たちだって真面目に前向いてるんだ。俺だけコソコソ後ろの人と喋ってる場合じゃない。


「ぷふふふっ……! すごいね、アタシのおっぱい。雪妃のこと忘れちゃうくらい名和くんを虜にしてたんだ~」


「っ……。そ、そういう言い方するの止めてもらえないですかね……?」


 楽しそうに笑み交じりの声で、後ろからひそひそと言ってくる冴島さん。


 頬から汗が伝い、流れる。


 それは、決して体育館内が暑いからってだけじゃなかった。痛いところを突かれたせいでもある。一瞬でも、おっぱいに夢中になってました、なんて言えるはずがない。


「けど、いいよ名和くん。アタシのおっぱい、男の子で触っていいの君だけだから」


「ぶっ!」


 思わず吹き出してしまう。


 ちょっと待て、周りの人に今のセリフ聞かれてないだろうな!?


 ここはガツンと言い返してやらないと。


 思い立ち、俺は後ろへ振り返って、


「冴島さん……! ほんと、いい加減に――」





「いい加減にするのはお前だ。名和」





 冴島さんへ注意をしようとした。


 それなのに、彼女は最初から俺と話してなかったみたいに真面目に前を向いてて、すぐ目の前に立ってた生徒指導の体育教師・郷田先生は、俺だけを睨んでいた。


「あ、あの、え、えっと……」


「ちょっと列から外れろ。直々に指導が必要みたいだからな」


 夏休み前の終業式。


 それが最高だと言ったけど、あくまでもそいつは怒られたり、注意されないことが前提だ。


 何が悲しくて、夏休み前に指導をくらわなければならないのか。


 俺は、一人心の中で泣きながら、郷田先生に引きずられていくのだった。






●〇●〇●〇●〇●






「――それで、さと君。絵里奈の胸元をガン見してた感想は?」


 指導第二弾。


 郷田先生に解放された俺は、無事終業式を終え、教室に戻り、帰りのホームルームも終えたわけなのだが、さっそく可愛らしい恋人から体育館裏でお説教を受けてた。


「……く……黒だ……! ……かな?」


「じゃあ、私の今日の下着は何色でしょう?」


「え……あ、あの、雪妃さん……? 何で突然そんな質問を――」


「呼び方は『ゆぅちゃん』。私の今日の下着は何色でしょう?」


 正座してる俺と目線を合わせるためにしゃがみ込み、瞳の端に涙を浮かべながら圧迫質問してくるゆぅちゃん。


 非常に、非常に危険な体勢だった。


 マズいよ、ゆぅちゃん。そのしゃがみ方はマズい。角度的におパンティーが見えそう。良くないよ。


「え、えっと……し、白……かな?」


 ぎこちなく言うと、彼女の表情がみるみるうちに明るいものへ変わっていく。


 で、ギュッと抱き着かれた。思わず俺は頓狂な声を上げてしまう。


「ゆ、ゆぅちゃん!? さ、さすがに体育館裏とはいえここは外だし、誰か来たらマズいし、突然のハグは控えた方がいいと思うのですが!?」


「……関係ないよ……うぅぅ……好き……さと君……好きだよぅ……♡」


「お……え……あ……!」


 いい匂いが……ムニュムニュが……! あ、あぁぁぁっ……!


「私のは……絵里奈みたいに見せてないのに……わかっちゃうんだ……んへ……んへへへぇ……♡」


「い、いや、その、下が白だったので上も白かな、と……。しゃがみ込んだ時に、さっき見えたから……」


「………………」


 幸せそうにえへえへ笑ってたのが止まる。


 そして、俺の両肩を持ったままハグを解いてきた。表情はさっきと同じ、涙目に戻ってる。


「じゃあ、キスマーク。さと君に付けられたキスマークの位置、私の体のどこにあるでしょう?」


「付けた記憶無いですよ。残念ながら」


 と、その前におパンティ―を普通に見てたことにツッコんで欲しい。いいんですか、注意しなくて。


「っ~……! じゃ、じゃあ、どこに付ける予定ですか……! さと君がこれから付ける予定の場所を答えてください……!」


「よ、予定も特には……!」


「んにゃぁ……つ、作ってよぉ……よてぃ……」


 いや、そんな泣きそうな顔で訴えられても……。


 というか、この子の『俺に把握されてたい欲』みたいなのは何なんだろう。新手の欲求過ぎてよくわからない。そのうち女の子の日を把握してて欲しいみたいな風にレベルアップしそう。さすがにそれは高レベル過ぎるよ、ゆぅちゃん。


「せっかく……せっかく……今日だって今からエロゲ一緒にやるのにぃ……」


「うん。やろうね。だから泣かないで、ゆぅちゃん」


 密着したまま頭を撫でてあげるけど、ゆぅちゃんはイヤイヤと弱々しく首を横に振り、


「キスマーク……付けてくれる予定作ってくれないと……や」


「……んんん……?」


「……ここに……」


 言って、自分の胸辺りを指差すゆぅちゃん。


 控えめに言ってヤバすぎだ。


 待ってよ。まだ俺たち、そういうこともまだなのに。というか、今密着してるけど、手だってちゃんと繋いだことないし、恋人になってから日もそんなに経ってないのに。ゆぅちゃん呼びだって未だに気恥ずかしくて慣れないよ、俺。


「ごご、ごめんっ。さすがにそんなすぐ予定は作れないよっ。こ、心の準備が必要だし、そ、そもそも、そういう勇気みたいなのが出せるように、今俺たち二人でエロゲプレイしてるよね? ゆぅちゃんはもう、勇気出せるの……?」


 問うと、彼女は頬を赤くさせ、


「ちょっと……だけなら」


 なんて風に答える。


 俺は動揺を隠せない。


「そ、そうなんだ。す、すごいなー。お、俺はまだそういう勇気とか、全然で……」


「うぅぅ……そうなの……?」


「う、うんっ。だから、もうちょっとエロゲで勉強して、慣れて、ゆぅちゃんにお触りしたいな、と思ってまして……」


「っ~……」


「ね、ね? とりあえず、すぐには厳しいよ。今日も一緒にエロゲやるだけにしとこ? き、キスマーク作りは少し先に取っておくとしてさ」


「…………ん。さと君がそう言うなら……わかった」


 フゥゥゥゥゥゥゥ……!


 心の中で安堵の息を吐く。


 心臓はあり得ないほどバクバクしてるけど、たぶんこいつはゆぅちゃんに気付かれてるはずだ。それもまた、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「で、でも、一つだけ約束して、さと君?」


「あ、は、はいっ。何でございましょう?」


 朱に染まった雪姫は、もじもじし、意を決したのか、上目遣いで俺を見つめ、


「絵里奈のこと……そういうエッチな目で見ないで……見ていいのは……私だけ」


「ぁぅ……!」


「も、もし絵里奈がエッチなこと仕掛けてきたら、私がそれ以上のことしてあげる……! だから…………ね? お願い……っ。約束、して……?」


 こんなこと言われたら、頭を縦に振る以外ない。


 俺は何も考えることなく、頷いていた。


 夏休みが始まる。


 細かい予定も何も組んでいないけど、LIMEには、冴島さんからのメッセージが既に来てた。


『明日、さっそく雪妃の家に行くことになってる。名和くんも来るんだよね?』と。

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