第40話 あなたのことが好き
「アタシと雪妃の二人で、名和くんのこと、膝枕してあげる。そのまま寝ちゃってもいいんだよ? 寝不足みたいだし」
毒気のない笑顔を向けてくれながら、冴島さんが言う。
マジですか……。
まさかの唐突過ぎる大サービスに、俺はうろたえ、アワアワするしかない。アレって言い方は意味深だったけど、どうせ一緒に勉強しようって意味だろうと思ってたから、想定外だったのだ。恐れおののく。本当にいいんですか……?
「え、絵里奈ぁ!」
うろたえるしかない俺とは対象的に、月森さんは冴島さんの名前を呼び、お盆をちゃぶ台の上に置いてから、冴島さんに詰め寄った。
「何で勝手に言っちゃったの!? い、いい、一緒に言うって約束だったよねぇ!?」
「あははっ! まあまあ、いいじゃんいいじゃん。どうせ今からすぐにやることだったんだしさ」
「よくないよっ! 私……せ、せっかく心の準備してからここに入ったのに……」
「ですってよ、名和くん。雪妃、名和くんに膝枕するのにしっかり心の準備してから来たんだって。可愛いよね」
可愛いです。
けど、この状況で俺に振ってこないで欲しい。
頷きたいのに、恥ずかしくて簡単に頷けないじゃないですか。
「ま……まあ……」
結果、顔をうつむかせて、それとなく肯定の意を示すと、月森さんは甲高い悶え声を小さく上げ、しなしなとちゃぶ台に突っ伏しなされた。よく見ると耳が真っ赤になってる。冴島さんはそれを見て、ケラケラ笑ってた。ほんとこの人は……。
「そんじゃ、雪妃も来たってことで、さっそく始めよっか」
言いながら、自分の太ももをポンと叩く冴島さん。
「おいでよ、名和くん。現役JKの太ももを枕にする権利、与えちゃう」
「……言い方が生々しいのですが……」
「ふふっ。気にしない気にしない。そう言う割に、君はもうアタシの脚に釘付けじゃん? 見まいとしてるみたいだけど、さっきからチラチラ視線くれてるの丸わかりだよ~?」
「ぅぐっ……!」
し、死にたい。気付かれてたのか。
「雪妃もさ。恥ずかしがってないで、心の準備したならこっちおいで。二人で一緒に膝枕するって約束でしょ? アタシが名和くんのこと独占しちゃうけど、いいの?」
「っ……! だ、だめっ……!」
焦った様子で冴島さんの横に来る月森さん。
二人で正座して並ぶその様は、どことなくいかがわしい雰囲気を感じる。
なんかこう、自分が権力者で、目の前の美少女二人に無茶な要求しようとしてるシチュとか、同人誌とかであったりするじゃん? あんな感じと言いますか……い、いや、何考えてるんだ、俺は。膝枕してもらえるって知って、想像力が明後日の方向に飛び過ぎてるだろ。冷静になれ。
「どうぞ、名和くん。アタシでも、雪妃でも、どっちの太ももに頭をやってくれてもいいよ? 欲張りセレクトで、真ん中に頭を置くって選択肢もあるけどね」
「っ……!」
若干頬を朱に染め、いたずらな表情で言う冴島さん。
「い……いいよ? 名和くん……いつでも……私のところ……来てくれても……」
「っっっ……!」
真っ赤になり、若干潤んだ瞳を俺に向けながら、弱々しく言う月森さん。
威力が凄まじい。
し、しかし……もっと凄まじいのが……。
「ッッッッッ……!」
並ぶ、綺麗な太もも。
健康的な肌色をした冴島さんのものと、色白で宝石のような処女雪を思わせる月森さんのもの。
その両方を好きに……いや、頭を置いてもいいだなんて。
俺は……! 俺はッ……!!!
「……ぷっ」
「……?」
「ぷっ……ふふふっ……はははははっ! あはははははっ!」
「え……? んえ……!?」
何か急に冴島さんがお腹を抱えて笑い始めた。どしたどした?
「名和くん、ちょっ、ちょっと待って! あはははははっ! 面白っ! 面白いよぉ!」
「な、何がですか!? 何か変なことしてました、俺!?」
困惑しながら問うと、冴島さんは手を横に振って「ううん」と否定。じゃあ何で笑ってるのか。
「変なことって言うか、真剣過ぎて笑っちゃった(笑) まるで死ぬか生きるかの選択を迫られてるみたいに目かっ開いてアタシたちの脚見てんだもん(笑) 耐えられないよ(笑) はははははっ!」
「あっ……! え、そ、そんなにでした!?」
「ね、雪妃? 雪妃も思わなかった? 名和くん面白いって」
冴島さんから質問される月森さん。
だが、彼女はキョトンとし、赤くなってる顔のまま疑問符を浮かべ、
「お、面白いとは思わなかったけど……見つめられてる感じはすごくあった……かな?」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
「で、でも……わ、私はそれで……………………そ、その……ちょ、ちょっと…………」
な、何……? もしかして、気持ち悪いと思ったとか……!?
気になり過ぎるけど、いかんせん月森さんの声が小さい。さっきと比べてかなりボリュームダウン。口元をもにょもにょさせて、何を言ってるのかはっきり聞き取れない。
「ん~? 何々? 雪妃? 今、何て言った?」
「っ~……! な、何でもない……! 何でもないよ……! う、うん……!」
一人で納得しないでくれぇぇ。
何て言ったんですか、月森さん。気になる。気になりますよ、俺。
「まあいいや。とにかく、名和くん。アタシたちの脚ガン見するのもいいけどさ、早く来な? ナデナデもしてあげるから」
恥ずかしい。
恥ずかしいのだが、どちらの太ももに頭を預けようか悩み、彼女らのそれをガン見するのを笑われるのはもっと恥ずかしかった。だから――
「し、失礼します!」
俺は意を決し、二人の間。ちょうど真ん中に頭を落とす。
柔らかい感触が後頭部を襲い、やがてそれは恐ろしいくらいの幸福感に変わる。
な、何これぇ……? て、天国……?
「にひひっ。そのままお寝んねしていいからね? 名和くん」
「は……はひ……」
「あ、でも、雪妃のこと好きだからってお触りは禁止ね? 唐突な太ももモミモミとか。手をやってさ」
「し、しないですよ、そんなこと! て、てか、す、好きって……!」
俺はもう月森さんの顔が見れず、手で自分の顔を覆った。
彼女の表情は見えなくなったけど、後頭部に触れてる感触がこれでもかというほどに月森さんを感じさせてくれる。くらくらしてきた。
「ま、そこから先のこと、アタシはもう触れないので。今は膝枕だけを堪能して?」
「……なら、そんなこと言わないでくださいよ……」
「えへへっ。ちょっとだけ意地悪してみた。はい、お寝んね。ねんねんころりよー」
あぁぁぁ……。
雑な子守り唄なのに、優しい撫で方。
この手は冴島さんだ。
そして……。
「……き……だよ……。名和くん……」
優しくお腹を撫でてくれてる手。
これは、月森さんのものだった。
●〇●〇●〇●〇●
それから、どれくらい時間が経ったんだろう。
眠りから目を覚ますと、そこには月森さんの顔があった。ドキッとし、俺はすぐに頭を上げる。どうも、俺が寝てる間、ずっと膝枕してくれてたみたいだ。
「あ、あれ……!? 冴島さんは……!?」
まだ半覚醒の頭で問うと、月森さんはぎこちない笑みを作り、ベッドの方を指差す。
見れば、そこには寝息を立ててる冴島さんの姿。
この人も寝ちゃってたのか。
「て、てか、時間は……!? え、えっと、……え!? よ、四時!?」
「二時間くらいかな? 名和くんが寝てたの」
二時間か。布団だったらもう少し寝てた可能性はあったけど、人に膝枕してもらってここまで寝るのは初めてかもしれない。そもそも膝枕してもらって寝る経験自体小さい頃以外無いんだけども。
「ごめん、本当にありがとう。俺のためにわざわざ膝枕してくれて、しかもずっと正座し続けてくれたなんて」
「う、うん。大丈夫。気にしないで。私がしたくてやったことだから」
言いながらも、月森さんの笑みがぎこちないのは、きっと足が痺れて仕方ないんだと思う。
途中で足は崩したりしてたのかな。真剣に申し訳なくなる。
「それに、私の方こそちゃんと膝枕できてたかな? 男の子にこういうことするの初めてだし……気持ちのいい膝枕の方法なんて知らなかったし……」
俺は速攻で手を横に振り、返した。すごく気持ちよく寝られてた、と。申し訳ないという思いも口にした。足が痺れてるだろう、と。
するとまあ、彼女は自分の足を伸ばしてみて、半泣き。
ビリビリと来たらしい。その場で悶絶してた。ごめんなさいごめんなさい……。
「このご恩はいつか必ず返します……。ほんと、何と言っていいやら……」
「気にしないでいいよ。さっきも言ったけど、私がしたくてやったんだから」
「でも……」
「名和くんには、ずっと迷惑かけてた。私がエッチな動画観てたの見られた時から、ずっと」
それは違う。
気付けば俺は声を上げ、首を横に振ってた。
「それは違うんだよ、月森さん。迷惑だなんて、俺は一つも思ってない。むしろ……」
「……?」
「……っ。む、むしろ、その、あの時のことがきっかけで、月森さんと深く付き合うようになっていって、俺は毎日がすごく楽しいものになっていってるのを実感してたんです」
「そう……なの?」
疑問符を浮かべられ、俺は頷く。
そして続けた。
「きっと、あの時のことが無かったら、俺は今でもつまらない毎日を送ってたと思います。月森さんからしたら、ただの恥ずかしい出来事でしかなかったかもしれないですけど、俺にとっては、本当に忘れられない瞬間で、十年後、大人になって高校生活を振り返った時だって、その時のことを思い出すくらいに物事が変わっていった瞬間でした」
「……」
「だから、迷惑だなんて思ってない。むしろ感謝してる。あなたに。月森さん」
「……名和くん……」
こうして紛れもない本心を赤裸々に語ったのは初めてかもしれない。
寝起きで、どこか大胆になれているのかも。
けど、それはいつか言わないといけないことでもあった。
月森さんに向けた思い。そのすべてを、嘘偽りなく彼女へ。
俺は止まらなかった。いや、止められなかった。
「月森さん」
「……は、はい……」
「俺……たぶん……あなたのことが好きです」
「…………へ…………?」
「ずっとこの想いの正体から目を逸らし続けて、簡単に向けていいような感情じゃないって思い続けてた。あなたのことが好きなのは、何も俺だけじゃないのはわかってたから」
「…………っ…………」
「でも、それもここまでだ。俺、あなたとゲームしてた時間とか、一緒に街を歩いてる時間がどうしようもなく好きでした」
言って、俺は頭を下げる。
「ごめんなさい。気持ち悪いのは承知です。付き合って欲しいとも言わない。どうしようもない陰キャが戯言吐いてるだけなんですが、これだけは本気の気持ちです」
だから、どうか。どうか……。
その気持ちを、撫でるだけでいい。
さっきまでしてくれてた膝枕のように、否定することなくその事実を流してはくれないだろうか。
そんな自分勝手な思いまでもが言えるはずはなく、俺は後に続く言葉を口にできず、ただ頭を下げるだけになってた。
沈黙が続く。
けど、その沈黙を破ったのは、鼻をすする音だ。
顔を上げれば、雪のような色白の美少女が、瞳に涙を浮かべて俺を見つめてくれていた。
「名和くん……名和くん……」
「……はい。何でしょう……?」
「名和くんは……どうしてそこまで自分のこと……気持ち悪いとか言うの?」
それは簡単だ。
「……挙動不審だし、月森さんみたいに綺麗な人を見ると、すぐ冷静じゃなくなる自分を理解してるから……ですかね?」
「そんなの……別に気持ち悪くないよ……。あと、私は綺麗でも何でもないから……」
「綺麗ですよ。可愛いです。こんな人、今までに見たことないくらい」
こうやってタガが外れたらクサイことをべらべら喋ってしまうところも気持ち悪い。追加で言いたいくらいだ。
けど――
「っ……!」
不意に手を握られて、彼女の方へ引き寄せられる。
近くに見える月森さんの顔。
あり得ないくらい心臓の音がする。
触れてもいないのに、距離の近い彼女にこの心音が聞こえているんじゃないかと思えるくらい、バクバクと。
でも、そんなのは関係なしに、月森さんは近い距離で囁くように言った。
「ちゃんと……近くで見て? 私……本当は全然綺麗じゃないから……」
茶褐色で、宝石のような潤んだ瞳。筋の通っている鼻と、形の整った口。そして彼女の代名詞とも言える、きめ細やかな白い肌。
残念ながら、どこをどう見ても美少女だ。
美少女過ぎて、くらくらする。間違いなく俺の顔は今赤い。月森さんの顔も赤かったけど、俺も負けてないはずだ。
「すみません。やっぱり世界一です」
そう、小さく呟くように言って、俺は逃げた。顔を逸らしたのだ。
それでも、困ったことに月森さんはいつになく積極的。
また俺の手を取って、詰め寄って来た。
「名和くんは……嘘つきだね」
「そんなことないです。月森さん相手に嘘なんてつけませんから」
「……じゃあ……私も」
「……?」
「私も、名和くんの前だと嘘はつけない。エッチな動画観てた時からずっとそう。あなたの前じゃ嘘なんてつけるはずもなくて、だから、自分のことを気持ち悪いと思ってる名和くんに本当のことを教えてあげたい」
「本当のこと……?」
月森さんは頷いた。
そして――
「私に、一生懸命になってくれるあなたのことが好き。大好き」
それは、世界がまた変わる言葉のような気がした。
俺の青春は、いつだって雨が降るか降らないのかわからない曇天のようで、きっと晴れ渡ることがない。
でも、そいつはただの勘違いだった。
窓から見える、眩い夕焼け。
あれみたいなもんだったんじゃないか、と。
今ならなんとなくそう思えるのだった。
【作者コメ】二話続いて長くなり、申し訳ない……。それにしても更新遅くなった。反省。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます