第39話 ひざまくら

「はい、回答止め。答案用紙を回収していくから、シャーペンを置くように」


 全問を解き終え、見直しをしてた最中にチャイムが鳴る。それと同時に、教壇で一人、椅子に腰掛けてた先生がテスト終了の合図を出した。俺はそれを聞いて、張り詰めていた糸が切れるように、机に突っ伏す。


 疲れた……一日目だってのにめちゃくちゃ疲れた……。


 一応だが、テストの出来自体はほぼ完璧と言っていいほどにやれた。


 残酷な世の中だ。努力しても報われないことの方が多いし、こういう結果を出さないといけないテストの時ってのは、緊張でお腹が痛くなって、本来の実力を発揮できないとか結構ある(この学校を受ける時も一科目そういうのがあってヤバかった)。


 ただ、そんな中でやれるだけやれたんだ。思い残すことは無い。あとは結果を待つだけ。


 けど、それにしても疲れた。


 徹夜がここまで体に響くとは。


 よくおっさんとかが「この年齢になると徹夜なんて無理」って言ってるの聞くけど、俺くらいの年齢でも死ぬほどキツイよ。テストがあったせいか? ヤバい。このまま机上で寝そうなんだが……。


「ほら、名和。何してる? 机に突っ伏してたら回答用紙が取れないぞ?」


 先生に言われ、ハッとして顔を上げる。


 マズい。涎とか付いてないだろうな?


「あんまりできなかったのかどうかは知らないが、それでも先生は回収して採点して、後日返すからなー。覚悟しとけー」


「あっ、い、いや、そのっ」


 先生の言葉で、周囲の連中がチラチラ俺を見てきた。うーん、恥ずかしい。


 こういう時、人気者の陽キャとかなら、周りの人が笑ってくれたりして救われた気持ちになったりするんだろう。残念ながら俺にそういうのは無い。言われるだけ言われて終わりだ。やれやれ。


 そんなことを考えながら、机の上で肘をつく。


 すると、だ。


 斜め後ろの方でクスッと小さく笑い声が聞こえる。


 そっとうしろを見やると、冴島さんが口元に手を当ててニヤついてた。


 気恥ずかしくなって、すぐに前を向く。


 それから、つい月森さんの方も見たのだが、


「……っ」


 彼女はジッと俺の方を見て、口パク。




『大丈夫?』




 それはテストの出来の方か、それとも体調の方か。


 二つが思い浮かんだわけだが、月森さんのことだ。きっと後者の方で心配してくれてるんだと思う。俺は周りを軽く確認し、口パクで返した。




『眠たい』




 軽く苦笑して。






●〇●〇●〇●〇●






 とにもかくにも、期末テスト一日目が終わった。


 今日はもう帰ってすぐ寝よう。それで夜くらいに起きて、明日の科目の勉強をやればいいか。


 そんなことを軽く考えてたんだけど……。


「え、えっと、じゃあ、入って?」


「お邪魔しまーす」


「お、お邪魔……します……」


 気付けば、俺はなぜか月森さんちに来てた。


 冴島さんと月森さん。二人に手を引かれて。


「部屋は……私の部屋でいいよね?」


「うん、もちろん。あー、いつ来ても癒されるなぁ、雪妃のおうちは」


「え、絵里奈っ……! ちょ、ちょっと匂い嗅ぐのやめてっ……! 恥ずかしいから……!」


 スンスンしてた冴島さんに注意し、顔を赤くさせる月森さん。そんでもって、そのまま俺の方をそーっと見てくる。


 大丈夫。俺はそんなことしないよ。そんなことしないけど、叶うならその表情でこっち見てくるのは控えて頂けるとありがたい。眠気マックスでも、ドキッとするから。


「ふふふっ。まあまあ、そう固いこと言わずに。お次は雪妃のお部屋で堪能させてもらうね」


「も、もう、やめてよぉ……」


 消え入りそうな声で言いながら、また俺をちらり。


 いやいや、だから安心して? 俺は堪能なんてしないから。以前堪能させてもらったからそれで充分……じゃなくて、そんなこと絶対にしないから。


 ――なんてことを呑気に考えてたわけだけど、よくよく考えたら助けてってSОSなんじゃないかとも思えてきた。


 ここは冴島さんを止めるべきなんだろうか。うーん。


「……あ、そうだ。絵里奈、アレするって言ってたけど、飲み物とか、お菓子とか、あった方がいいよね?」


「アタシはどっちでもいいよ。名和くんはどう?」


「いや、そのアレってのがかなり気になるんですが……、まあ、俺もどっちでもいいです」


「じゃあ、一応取ってくる。二人とも、先にお部屋入ってて」


 言われ、俺と冴島さんは頷く。


 それから、二人で階段を上がろうとしたのだが、


「名和くん」


 月森さんに呼び止められる。何だろう? 振り返り、彼女の方を見た。


「絵里奈が変なことし始めたら、止めて? 匂い嗅ぐのも禁止だからね」


「あ、は、はい」


 やっぱりSОSの方だったか。


 彼女からすれば、危険度数は俺より冴島さんの方が高いらしかった。まあ、確かにクンカクンカしてたもんな。


 了解したことを伝えると、その矢先で冴島さんは月森さんに対して、「名和くんもタンスの中とか開けるかもよ~?」なんて言いながらニヤつく。


 月森さんは「私の部屋、タンスとか無い」なんて返してたけど、そういう問題じゃなかった。てか、そんなことするのは冴島さんだけですよ……たぶん。


 とまあ、そんなくだらないやり取りをして、俺たちは先に月森さんの部屋へ入る。


 当然だけど、部屋の中は前と変わってなかった。


 変わってるところと言えば……部屋の隅っこに見え隠れしてる丸められたポスターくらいだろうか。


 あれ、エロゲのポスターじゃん……。俺も同じの持ってるけど、さすがに付けるのを躊躇してあそこに置いてるパターンか? だったらかなりエロゲにハマってない? 月森さん……。


「ふーっ。はぁーっ。やっぱいいねぇ~、雪妃チャンのお部屋は~、うんうん」


「そうやって意味深なこと言いながら深呼吸しないでって月森さんに今言われたばかりですよね? やめてあげてくださいよ、ほんと」


 俺がさっそく注意すると、冴島さんは「君もこういうことしたいくせに~」なんていたずらに言ってくる。


 そりゃしたいよ。したいけど、我慢してんだ。本当ならタンスだって開けたい。タンスないけどさ。


「ふふっ。まあ、わかったよ。言うこと聞いてあげる。もうしない」


 言いながら、部屋の中心。置かれていたオシャレなちゃぶ台の傍で腰を下ろし、伸びをする冴島さん。


 ――君も座りなよ。


 そう言われて、俺も彼女と相対するように、ちゃぶ台の傍へ座り込んだ。カバンをすぐ横に置く。


「そんで、今日はどうだった? テスト、できた?」


「まあ、一応」


 その分、疲労は半端ないけどな。


「それはよかった。頑張ったのにできなかったってのは一番メンタルにくるからね」


「……なんか、やけに説得力を感じます」


「あははっ! そう? そう思える? アタシ、名和くんからして、頑張ってきた人に見えるんだ」


「そりゃそうですよ。……成績いいんだし」


「ふふふっ。ありがと。なんかちょっと嬉しい」


 にこりと微笑む彼女。


 頑張ってるのは勉強もだけど、それ以外のことも、だ。


 苦労してきたのは知ってる。


 本当に報われないといけないのは……いや、そこは俺なんかが考えることじゃないか。


「でも、今日は何で突然月森さんの家に? 俺、帰って寝たかったんですけど」


「いやー、ちょっとアレをね。名和くんにしてあげよーかなーと思って」


「さっきから言ってますよね。アレ。何なんですか、そのアレって」


「あは。何だと思う?」


「わかんないから聞いてるんですよ……もう……」


 呆れながら言い、俺は大きなあくび。


 冴島さんと二人きりなわけだけど、緊張も無かった。慣れたところもあるけど、何より眠気に勝てない。ちゃぶ台に突っ伏して寝てしまいそうだ。


「昨日ね、アタシ、雪妃と夜話したの。学校で言ったよね?」


「ふぁい……。テスト前なのに余裕ですねって嫌味も言いました、俺」


 冴島さんはクスッと笑う。ああ、そうだったね、と。


「あれね、恋愛相談だったんだ。アタシの」


「……恋愛相談?」


「うん。でも、誰かと付き合いたいとか、そういうことじゃなくて、好きだけど、応援してあげたい人ができたってことを話したの。あの子に」


「え……」


「ていうか、好きってのも恋愛感情だか、友達感情なのか、どっちかわかんないんだけどね。その狭間で揺れてる、変な感じ。気を抜いてたら恋愛感情になりそうな、危ないものっていうか」


 冴島さんは誤魔化すように笑みを向けて来た。


 そして続ける。


「どっちにしても、アタシはつくづく幸せになれないおバカさんだなーって思っちゃってさ。だから、もうこういうのやめにしようって。色んな意味を込めて、雪妃には電話したんだ。テスト前なのにねー」


 なぜだかわからないが、無性に胸が痛くなった。


 抱き締めてあげたい気持ちになった。


 けど、それを俺がやる資格なんてない。


 イケメンでも、陽キャでもないのはもちろん、それ以上に、心の中に一人の女の子がいたから。


 苦虫を嚙み潰したような思いで、ただ作り笑いをし、「そうですか」と言うほかない。


 彼女は頷いて、続ける。


「そういう話してたらね、最終的に、面倒だし、名和くんのこと癒してあげますかーってことになった」


「え、癒し、ですか? 俺に?」


「そ。アタシたちのことで、君はしばらくずっと振り回されてたから。今もさ」


 優しく微笑み交じりの表情で言う冴島さん。


 どうやって癒してくれるのか。というか、どうしてその話の流れで俺が出てくるのか、ツッコんじゃいけないことはわかってるのに、ツッコみたくなる。


 訳の分からない思いに駆られてると、部屋の扉が開けられ、月森さんがお盆にお菓子と飲み物を乗せてやって来た。


 すぐに「変なことしてない?」と問うてくる。


 冴島さんは笑いながら首を横に振った。


「でもさ、雪妃。チラッと言っちゃった。名和くんに」


「へ? 何が?」


「癒してあげるって話。アタシたちが膝枕して、寝かしつけてあげるよってこと」


「「え!?」」


 俺と月森さんの声が重なる。


 冴島さんは楽しそうに自分の太ももを触り、ニコニコするばかりだった。










【作者コメ】一話が長い……! しかし、残りも短いです。残り三話くらい(予定)ですが、駆け抜けます。今日の夜も更新できたらいいな。更新したい。

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