第38話 仲直り

 冴島さんの家にお邪魔した日の翌日。期末テスト本番。


 俺は朝から、いや、昨日の夜からずっと悶々としていた。


 悶々とし過ぎて、前日の夜は勉強にあまり身が入らなかったくらいだ。


 何してるんだ、って自分でもわかってる。


 けど、冴島さんの言葉がずっと引っかかって、それが完全に俺の勉強意欲みたいなものを削いでいた。




『――このテストは全然勝負だとか思ってない。雪妃の気持ちはもう君にあるから』




 月森さんの気持ちがもう俺にある。


 そんなことをあの冴島さんから面と向かって言われて、勉強など手に着くはずがない。


 シャーペンを握って参考書を見つめても、読んでいた問題文や解説文がいつの間にか冴島さんの言葉に頭の中で書き換わっていき、偉人の顔写真などがどんな人でも月森さんに映り換わっていく。


 そんなことを繰り返し、俺は机上で悶え苦しみ、突っ伏しながら朝を迎えたわけだ。


 バカ過ぎる。おかげで本番前に徹夜だ。意識は妙にハイで、けれども椅子から立ち上がった足取りはどこかふらついてる気がした。自分でもわかる。


 せめて救いは、今日行われる二科目が暗記系の日本史と生物基礎ってことくらいだ。これが細かい文字読解を要する現国とか、数学系だったら死んでた。本当に危ない。


 とりあえず、午前で一応学校は終わるから、帰って来たらすぐに寝よう。じゃないと明日に差し支える。勉強はもう一通りしてあるし。


 そんな思いを抱えつつ、俺は登校。


 学校内は普段と違って、どことなく緊張感に包まれてる。


 行き交う人たちの会話内容も、全然勉強してないだの、ヤベーだのと、どこか似通ったものだ。気が合うな。俺もヤベーよ。色んな意味で。


 頭の中で独り言ち、教室へ入る。


 真っ先に自分の席を目指してのろのろと歩くのだが、ふと背後から声を掛けられた。


「おはよ、名和くん」


 聞き覚えのあり過ぎる声に思わず体をビクつかせてしまう。


 昨日の夜から何度脳内で流れたかわからないものだった。


「あ……お、おはようです……冴島さん」


 そーっと振り返り、挨拶を返すと、そこには当然ながら冴島さんと、意外なことに月森さんが並んで立ってた。


 どうしたんだろう。ここ数日は色々あったせいで、二人とも一緒にいなかったってのに。


「と、つ、月森さんも。おはよう」


 意外だったせいで挨拶は余計ぎこちないものに。


 それを聞いた冴島さんは微笑を浮かべる。


 月森さんは幸福感のある柔らかい表情のまま、目線を斜め下に落とし、「うん」と返してくれていた。


「どうしたの? アタシと雪妃が一緒にいるの意外だーって感じの反応だね」


「うっ……ビンゴ……じゃなくて、べ、別にそんなことは……」


「あははっ。隠し切れてないし(笑) 正直者だなぁ、ほんと君は」


 前のように明るく笑いながら言う冴島さん。


 俺は痛いところを突かれながらも、彼女に問いかける。


「でも、その、いきなりまたどうして……? 色々あったのに」


「別にぃ? 何も無いよね、雪妃」


「うん。何も無い」


 言って、二人はクスクス笑った。


 何だ何だ、これは?


 テスト前だってのに、こっちは色々悶々とした夜を過ごしたってのに、びっくりするくらい仲良しに戻ってんだけどこの二人。


「い、いやいや。絶対何かありましたよね。凄い仲良しに戻ってるじゃないですか」


「それは仲良しだよ。アタシと雪妃だもん。ね? 昨晩は遅くまで電話もしたし」


「えっ!? で、電話!?」


 しかも昨晩て。


 俺が帰った後に月森さんへ電話掛けてたのかよこの人。


「アタシから掛けたんだけど、雪妃もテスト前日だし、今さら何かしても遅いから、みたいなね」


「え、えぇ? そうなんですか、月森さん?」


 問うと、月森さんは楽しそうに頷いた。


 それを見てると、俺も徐々に体の力が抜けてくる。


 何か一人で気張ってたのがバカらしくなってきたぞ。


「……ま、まあいいですよ。二人が仲良しに戻ってることに関しては後で絶対聞きますから。とりあえず、そろそろ一つ目のテスト始まるし、用語の確認もしときたいんで」


「うん。りょーかい。にしてもクマ酷いね、名和くん。もしかして寝てない?」


 聞かれ、俺は力なく苦笑し、


「誰かさんのせいで一晩中悶々としてましたから。おかげさまでね」


「悶々……!? え、何? 一晩中エッチなこと考えてたの?」


「違いますよ! 何でそうなる!?」


「君もやるねぇ。テスト前日だっていうのに」


 ため息が出た。


 なんか、完全に前までの冴島さんに戻ってるって感じだ。


 すごい拍子抜け。点数勝負のこととか、本当に考えてないんだろうか。


「まったく……。月森さんも笑わないでくださいよ。俺、そんなこと一つも考えてなかったですから」


「ほんと?」


 月森さんが楽しそうに首を傾げながら問うてきた。


 俺は頭を縦に振り、


「ほんとです。真剣勝負前なのに、そんなこと考えるわけないですよ」


「だよねー。なんかアタシに点数で勝ったら雪妃に告白するみたいだし、名和くん」


「そうですよ。俺、勝ったら月森さんに告白を――って、ちょっと!」


 何言わせてくれるんだよ、冴島さん!


 目でそれを訴えるも、当の彼女はお腹を抑えて笑い、目の端に浮かんだ涙を指で拭っていた。


 どう考えてもテスト直前の時間にやる会話内容じゃない。周りの人たちは偉人があれをやったとか、何年にあれが成立したとか、真面目に問題出し合ってたりするのに。


「からかわないでくださいよ、ほんと! お、俺がそんな……そんなこと……」


「そんなこと?」


「う、うぅっ……!」


 ニヤニヤしながら首を傾げる冴島さんを前に、俺は顔をうつむかせるしかなかった。


 月森さんも赤くなって俺と同じリアクション。顔をうつむかせ、指を胸の前でもじもじと絡ませていた。恥ずかしい。


「ふふふっ! 名和くんのいい顔も見れたし、じゃあそろそろ解放してあげますか。テスト、がんばろーね」


「い、言われなくても頑張りますよ……」


「そかそか。ね、雪妃も。これ終わったら、ね?」


「……う、うんっ」


 何か意味深なことを言って、冴島さんは俺を解放してくれた。


 テスト開始のチャイムが鳴るまであと五分ほど。


 俺は日本史のノートを開いて用語の最終確認をしようと思ったのだが……。


「……集中できるわけがない……」


 ついに最後の最後まで何もできなかったのだった。

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