第36話 避けられるし、ストーキング。いや、尾行。
期末テスト本番一日前。
その日、俺は自分の勉強をこなしつつ、放課後になったタイミングで冴島さんの後を尾けた。
ストーキングしたいわけじゃない。少し話したいことがあったのだ。
学校だと、それもしづらいし、今の俺が彼女を別の場所へ呼び出そうとしても、きっと避けられて叶わないだろう。
だから、無理やりにでも会話のできる場所へ彼女と一緒に移動したい。
そうなってくると、もう残されてるのは冴島さんの家しかなかったわけだ。
冴島さんが帰りつく場所で、声を掛ける。そこで話ができればいいな、と。
「……そろそろか」
学校から出て、電車に乗り、それからまた少し歩いた住宅街の中に、冴島さんの家はある。
尾行ももうすぐで終わる。あと三分ほど歩けば、彼女の家に到着するはずだ。
玄関に入るよりも、少し前辺り。その辺で声を掛けよう。玄関のすぐ近くだと、そのまま家の中に逃げ入られる可能性もあるからな。
冷静に作戦を練ってブツブツ言ってる俺だが、ハッとして気付いた。
なんか、今の自分は客観的に見ると結構ヤバい奴なんじゃないかって。
何だよ。玄関に逃げ入られる前に声掛けなきゃって。思い切り犯罪者の手口みたいじゃないか……。
呆れつつも、声掛けのタイミングが来た。
俺はさっきよりも足早に歩き、冴島さんへ接近。
「あっ……! さ、冴島さん!」
声を掛けると、彼女はすぐに俺へ気付き、なぜかヤバい奴に見つかったみたいな顔をして、走り出した。
おい、ちょっと待て。嘘だろ。せっかく警戒されないよう努めながら声掛けたのに。
「ちょっ、ま、待ってください! 何で逃げるんですか!? 冴島さん!」
彼女が走り出すと同時に俺も駆ける。
しかしマズい。少し距離を空けすぎてたか。このままだと家の中に入られて鍵閉められるオチだ。
このままだと、ストーキング……いや、尾行した意味がなくなる。往復の電車賃だって高校生の少ない小遣いじゃバカにならないってのに。
「冴島さん! お願いです! 待ってください! 少し話があるだけですから!」
叫んだって、返事があるわけもなかった。
ダメだ。結局こうなるのか。
そう思い、諦めかけてた時だ。
「きゃっ!」
可愛らしい悲鳴と共に、玄関扉の前でずっこける冴島さん。
一瞬何が起こったのかまるでわからなかったが、どうも扉前の段差に躓いたらしい。
俺はその隙に追いつくことができた。一安心。いや、安心してる場合じゃない。絶対怪我してるだろ、この感じ。
「だ、大丈夫ですか、冴島さん!?」
「うぅっ……痛い……最悪……」
見れば、予想通り擦り傷ができてた。
不幸中の幸いか、怪我自体はそこまでひどくない。それでも痛そうなのは痛そうだったが。
「す、すいません。大丈夫ですかって言ったものの、俺、バンソウコウとか持ってなくて。これ、使ってください」
言って、ポケットにしまってたハンカチを差し出す。
が、冴島さんは俺と目を合わせることなく、ただ首を横に振った。
「いらない」と。一言だけ言って。
「別にこれ、清潔ですよ。今日まだ一日も使ってないですし、俺の菌だって付いてないはずです。安全ですから」
「……いいよ。そんなの」
「もしかして、俺に借り作りたくないとか思ってます? 今は勝負中で、敵同士だから」
「……はぁ……」
呆れた様子でため息をつく彼女。
ムッとしてしまった。一刻も早く治療しなきゃいけない時だってのに。
「いいから、使ってください。借りとか敵とか、余計なことは何も考えなくていいんで」
言って、傷口部分にハンカチを押し当てようとしたが、冴島さんはそんな俺の手を払った。
そして、面倒くさそうな表情で返してくる。
「全然違う。勘違いしないで。勝負中とか、借りとか敵とか、アタシはそんなこと微塵も思ってない」
「は、はい? だったら何で――」
「家、もう目の前じゃん。わざわざ名和くんがハンカチ汚すことないって。この中入ったら、水も、消毒液も、バンソウコウもあるんだから」
「あ……」
……それもそうか。
色々と冷静になれてなかったのは俺の方みたいだった。
「……しょうがないから、話したいことってのも聞いてあげる。このままじゃアタシ、一人で立ち上がれそうもないし」
「ほ、本当ですか……?」
「ほんとだよ。嘘なんてつくわけないじゃん。でも、アタシのことはおんぶして中まで運んでよ」
「あっ、はい。それはもう全然」
「傷の治療もして。バンソウコウのある場所とか、全部言うから」
「承知いたしました……」
よくわからないが、家の中にお邪魔することが許された。
想定してなかった展開だ。
「じゃあ……ん」
言って、両手を広げる冴島さん。
これは、つまるところさっそくおんぶしろ、ということだろう。
俺は彼女を背に乗せ、玄関の扉を開けて中へ入るのだった。
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