第35話 絵里奈と雪妃と中学時代と。
「では、話してあげよう。雪妃と絵里奈のこと」
「は、はい。お願いします」
気付けば姿勢を正していて、生唾を飲み込む俺。
対して、灰谷さんは緩い感じだが、さっそく語り始めてくれた。
「二人はね、同じ中学だったの。私も同じで、イツメンだと楓だけが別の中学出身なんだ~」
「はい。それは……なんとなく耳にしたことがあります」
「あぁ、知ってたんだ。何々? 盗み聞き~? どこかで私たちの会話聞いてたかな~w」
「あっ……! い、いえ、別に盗み聞きというか、休み時間の時に机に伏せてたらなんとなく聞こえてきたというか……!」
ニヤニヤしながら見つめてくる灰谷さん。
言い訳して見せるが、どうあがいても俺は盗み聞きだった。
「まあ、いいんだけどね、それくらい。私たち、教室じゃ結構声大きめだし、勝手に聞こえてくるっしょ~? それなのに、一々盗み聞きされた~とか騒いでたら、それこそ悪質じゃんね~」
「え、えと……」
「あっはは~。肯定も難しい言い方だったね~。めんごめんご」
謝りつつ、パフェの残りをまた一口。
それから彼女は続けてくれた。
「んじゃ、話に戻るんだけど、私たち三人は同中だったわけ。そういうことだから、中学時代の二人の恰好とか、佇まいとか、キャラとかもよーく知ってるんだ」
「は、はぁ」
「雪妃は中学時代から変わんなかったよ? 今と同じくクール系の美少女って感じ。でも、他人に流されやすくて、ちょっと何考えてるのかわかんない子だった。今以上にね」
「今以上に、ですか」
「うん。無口タイプで、突然筆箱にダサいキャラクターのキーホルダー付けてきたり~、ストレートロング似合うねって言われても、次の日には短めに髪切って来たりね~」
「あ、あはは……それは確かに何考えてるのかわからないです……」
「でしょ? でも、私とかが雑学とか豆知識話し出すと、鼻息荒くして聞き入ってくれたり、可愛い子だったんだよ~。今もその節すごくあるけど~」
「な、なるほど」
わかります、灰谷さん。結構知識欲高めですよね、月森さんって。
「で、お次に絵里奈なんだけど~、こっちに関しては写真を見て頂こう。きっと驚きなさるはずだよ、ナワナワ」
「え……」
何だ? どういうことだろう? 驚くって。
スプーンを口にくわえたまま、スマホをスワイプさせ、俺に画面を見せてくれる。
すると、そこには、制服をきっちりと着こなしてて、いかにも真面目で大人そうな女の子が映ってた。
思わず固まってしまう。
「あ、あの……これ、もしかして……」
「うん、そうだよ。これ、絵里奈。中学時代の冴島絵里奈ちゃんです」
「えぇぇぇっ!?」
驚きの声を上げ、もう一度スマホの画面を見やる。
まったくと言っていいほど、今の彼女とは雰囲気が違う。
顔はまあ、確かにあまり変わってないんだけど、暗めの表情だし、今と違って不健康そうだ。
「びっくりしたっしょ? 絵里奈からはあんまり誰彼に見せないでって言われてるんだけどね~。ナワナワにならいっかな~って思って。えへへ~」
「ほ、本当にいいんですか、それ……?」
苦笑しながら問うも、灰谷さんは「大丈夫、大丈夫」と言うばかり。
絶対冴島さんに言ったら怒るやつだろ、これ。
「でもね~、当時の絵里奈を取り巻く環境からしてみれば、こんな雰囲気になっちゃってるのも仕方ないと思ってる」
「……?」
「いじめられてたの、この子。クラスメイト達から」
「え……」
「きっかけは些細なことだったんだよ。よくある、性に関するアンケート、とかだったかな? あれでさ、正直に答えちゃったの。自分は恋愛対象が女の子ですって」
「……は、はい」
「それをね、アンケート集める係してた人気者の女の子集団に見られちゃって、気持ち悪い、みたいなこと言われてたんだ。陰でコソコソとね」
「ま、まさかそれだけで……?」
「ううん。それだけならキモがられて終わりだったんだと思う。けど、そうじゃなかった。絵里奈のことね、好きな男の子がいたんだよ」
「は、はい」
「ただ、その男の子のことを好いてたのも、また絵里奈のことをキモイって言ってた女の子だった」
「うわぁ……」
「その男の子からすれば、好きな女の子を守るつもりでやったんだと思う。絵里奈のこと、キモいって言ってた女の子に注意しに行ったの。そういうこと言うのは最低だって。面と向かって、堂々とね」
「……逆恨み、ですか?」
「そういうこと。本格的ないじめが始まった。絵里奈のことを好いてた男の子も、最初は守ろうとしてたみたいだったけど、なんせ人気者の女の子グループが始めたいじめだったからね。自分の仲のいい男の子たちも加担し始めてさ。守り切れなくなっちゃった。いつの日か、何もしなくなったよね。見て見ぬふりだよ」
「……っ」
「私と雪妃だってそうだったよ。当時は別にそこまで仲良くなかったし、普通のクラスメイトみたいな感じだったから、完全に見て見ぬふり」
「……じゃあ、二人は最初からずっと仲が良かったんだ」
「そ。なんかあの子、面白かったし。って、今私たちのことはどうでもいいんだけどね」
苦笑いする灰谷さん。
気付けば、彼女は持っていたスプーンをパフェの皿の上に置いていた。
「でも、そんな面白い子だからなのかな。行動が読めない雪妃は、ある日ね、唐突にいじめられてた絵里奈のこと、守り始めたの」
「え……う、嘘……」
「ほんとだよ。私もびっくり。クラスメイトがいる中でさ、落書きとか、汚されまくってた絵里奈の机、皆のいる中拭いてたんだ。『美海、この汚れなかなか取れない』とか、私に言ってきたりしてさwww」
「ははは……」
お腹を抑え、笑いながら言う灰谷さんに、俺もつい笑みを浮かべてしまった。
なんか……よくわかんないけど泣きそうだ。
すごいな。月森さんは。
「もう、ほんと本音は心の中で『やめてーw』って感じだった。周りのクラスメイトに見られまくりだし、『あいつらグル?』とか人気者の女の子たちは睨み利かせてコソコソ言ってるしw」
「……それで……結局手伝ったんですか? 灰谷さんは」
「もちw そんなん言われて無視とかできないって~w 雪妃がいじめられるとか、私的にはそれも許せんとこあったし~。一緒に先生に相談して拭いたよね。油性マジックペン消す液体とか使ってさ」
「なるほど」
「まあ、そこから私と雪妃は、絵里奈を守るために徹底的に先生を使ったんだよ~。一人で相談するのは無理でも、二人とか三人で、だったらどうにかなるね~」
「良かったです……」
「うん。さすがに先生に動かれたら人気者の子たちも公にいじめとかできなくなっていってさ、解決したよね。この問題」
「あぁ~」
まさかそんなことが……。
「それから、私たちは三人で行動したりするようになって、オシャレの仕方とか、絵里奈に教えたりしてね、私が。今じゃあんな感じでバリバリのギャルですよ。お兄さん」
「はは。ほんとですね」
「絵里奈が雪妃のことを好きになったのもそこからだと思う。一番最初に手を差し伸べてくれた人だから」
「……はい」
「ほら、わかるかな? 雪妃が左手首に付けてる、雪結晶の宝石付きのブレスレット」
「あ、はい。わかります。付けてますね、月森さん」
「あれ、絵里奈が雪妃にあげたものだから。中学の時に」
「そうだったんだ……」
「うん。そう。込められた意味は、『愛するあなたと永遠に』だよ」
「っ……ま、マジですか……」
勝てるのかな……それに俺は……。
「えへへっ。以上が冴島絵里奈と月森雪妃の物語になりま~す。どう? 結構長かったっしょ? 話~」
「いえ、そんな。ちゃんと聞けてよかったです。聞けてなかったら俺……正しい行動ができてなかった気がしますし」
「そう? じゃあ、今ならその正しい行動とやら、できるかにゃ?」
にこりと笑み、小首を傾げながら俺を見つめてくる灰谷さん。
そんな彼女に対し、俺は少し間を取って頷いた。
「大丈夫です」
そう、強く言って。
【作者コメ】なんか雪妃ちゃんいい子過ぎて書きながらちょっと泣いちゃった
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