第33話 二言は無いから

「はぁ……」


 開いていた参考書と問題集の上で顔を突っ伏し、小さくため息をつく。


 放課後の時間。場所は図書室だ。


 いつもなら、この時間帯、この場所でため息をつくとすれば、もっと大きく、深々としていたと思う。


 が、それは今できない。テスト週間ってこともあって、周りには、俺と同じように勉強してる人が割といる。迷惑のかかる行為はダメだ。


「くそ……」


 突っ伏したまま、誰にも聞こえない程度の声量で呟く。


 頭に浮かんでくるのは、『どうすればいいんだ』ということと、『聞いてない』の五文字。


 だって、本当に聞いてなかったんだ。


 冴島さんが定期テストでいい順位を取ってるような人だったなんて。


「十五位って……。俺なんか前回の中間テスト、結構頑張ったけど三十位だったのに……」


 しかも、事前からテスト勉強を始めてたとはいえ、テスト本番まで一週間を切ってる状況だ。


 ここから飛躍的に点数を上げることなんて厳しいだろうし、テストに勝てば月森さんとイチャイチャできる権利を手に入れることができるってのは、冴島さんも理解してる。きっと本気で挑んでくるはずだ。まず、十五位よりも上の順位をもぎ取って来ると見ていい。


「あぁ~……」


 だからもう、俺は完全に萎えていた。


 勝ち目なんてほとんど残されていない。


 彼女に勝とうと思えば、それこそ十位以内には絶対に入らないといけないんだ。そんなの無理に決まってる。未知の領域でしかない。


 ドラ●もん……暗記パンをくれ……一回でいいから……。


 訳の要求を頭の中でしてる時だった。


 不意にポケットに入れてたスマホからLIMEの着信音。


 その音が結構大きかったもんで、俺は周りの人たちからジロっと見られてしまった。申し訳ない。そういえば、ここじゃスマホはマナーモードにしとかなきゃいけないんだった。


 焦って図書室の外へ行き、スマホを確認。


 見ると、月森さんから一件のメッセージ。


 一言、『勉強、はかどってる?』と送ってきてた。


 すぐに返信する。


 まあまあかな、と。


 既読はすぐに付き、返事もまた速攻で返って来る。


『ごめんね。私があんな約束をしちゃったから』


『いや、月森さんは悪くないです。悪いのは、軽いノリで勝負の提案した武藤さんですから』


『でも、やっぱり勝たなきゃいけなくなっちゃったわけだし……』


 返し文句に困り、悲しそうな犬のスタンプを一つ送る。


 月森さんは、そんな俺のスタンプ返信を無視し、続ける。


『私、直接絵里奈に言ってこようと思う。勝負とか、撤回して欲しいって』


 ギョッとしてしまう。それはやめた方がいい。


 冴島さんからすれば、からかわれたと思うだろうし、精神的にまたショックを受けてしまう。


 ただでさえ、一度振るような言葉を月森さんが掛けて、彼女は学校を休んだんだ。一日二日じゃなく、今度は一週間とか、もっと長く休んでしまいそう。そうなれば、月森さんの友人関係にも支障が出始める。


 ごたつきが生じ、今はまだ仲良くしてくれてるが、武藤さんとか、灰谷さんたちにだって心配を掛けるかも。そうなってくると、目も当てられない。二重、三重と月森さんの悩みも降り積もっていく。


 だから俺は――


『大丈夫! それはしなくてもいいです! 俺が勝てば全部丸く収まる(?)わけだし、どうにか頑張ってみるので!』


『けど、昨日の帰り、ヤバいって顔してたよね……? 名和くん、勝てないかもって……』


『あれは演技と言いますか、何と言いますか! ヤバそうなのを見せつつ、勝ったらカッコイイだろうなぁって思いまして……』


『大丈夫……? 文字打つ指、震えてない……?』


 ぐっ……! す、鋭い……! 確かに震えてました、今……!


『私のことなら気遣ってくれなくてもいいよ? こういうの、元々は私がちゃんときっぱり言わないといけないことだし。名和くんが重荷に感じてくれなくても、私は自分の責任取るつもりだし』


『いいんです! 大丈夫ですから! 重荷になんて思ってませんし、勝つって言ったんですから勝ちます! 月森さんに辛い思いだけは絶対させたくないですし!』


『でも……』


 月森さんが言い淀んでいるところに、スタンプ爆撃。


 お得意の犬スタンプ。今度は頑張りますアピールバージョン。


 そうだ。萎えてる場合じゃない。一度勝つって言ったんだ。男に二言はないだろ。


 点数だって、劇的には上げられないかもだけど、上昇させる余地が無いわけじゃなかった。


 一科目ずつ、細かい暗記の漏れをカバーしていく作業をすれば、まだ望みはあるかもしれない。諦めるにはまだ早すぎる。


『安心してください。必ずどうにかしますから』


 気合を入れ、『それじゃ、勉強に戻ります』と送信してから、スマホの画面を切った矢先だ。


 何者かが俺の背をつついてくる。


 誰だ……?


 振り返ると、そこには――


「やぁやぁ。ナワナワー」


 見慣れた女子。灰谷さんが立ってた。

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