第32話 似た者同士の僕たちと。セ〇レと。

 武藤さんがとんでもないことを言ってしまった。


 俺は、どうやら今回の期末テストで、冴島さんと点数勝負しなければいけないらしい。


 しかも、勝てば月森さんとお付き合いすることになり、負ければ月森さんが俺のことを恋愛的な意味で諦める、と。


 ……いやいや、ちょっと待ってくれ。おかしい。色々おかしいんだよ、これ。


 そもそもの話、俺は月森さんに対して、恋愛的な感情をしっかりと抱いてるわけじゃない。


 確かに可愛いんだ。


 可愛くて、男子の憧れで、だからこそ俺とはあまりにも不釣り合いで。


 だから、恋愛感情なんて、簡単に抱こうと思って抱けるものじゃない。


 畏れ多い。抱けるものなら抱いてしまいたいけど、俺にそんな資格なんてどこにもなかった。


 ひょんなことから彼女の恥ずかしいところに出くわしてしまって、色々とお手伝い(?)をしてて、今はその最中。


 お手伝いをしてる状況が、冴島さん含め、武藤さんたちには仲良さげでイチャついてるように見えたんだと思う。それで、話がややこしくなっていってるだけだ。


 月森さんだって、このカオスな状況に困惑してたし、武藤さんの出した無茶苦茶な点数勝負にもただノリで乗ってあげてるだけだと思う。


 きっと、二人きりになったタイミングで言ってくるはずだ。


『あの時はああ言っちゃったけど、名和くんのことを恋愛的に見てるわけじゃないよ。安心して?』


みたいな感じでさ。いつも通りクールに、優しくな。


 だから――




「あ、え、えと、や、やっと二人きりになれた……ね」


「う、うん……」




 色々と彼女の本心が明かされるのは、今だと思う。


 二人きり。


 武藤さんと灰谷さんの二人と別れた、夜闇の漂う駅までの帰り道。


 俺はいつもより緊張し、会話も月森さんにリードされてる感じだ。


 歩くのも心なしか早くなってる。ダメだ。もっとスピードを緩めないと。


「そ、それで……さ、名和くん……」


「は、はい……」


「二人きりになれたら絶対に真っ先に言おうと思ってたんだけど……」


「っ……。は、ははい」


 来た。


 予想通りの展開。発言の撤回。


 俺はただの短い返事でも噛み、心臓をバクバクさせてた。


 わかってたのに、なぜか冷や汗が出まくる。


 どうやらビビってるらしい。


 月森さんから、本当は恋愛感情なんて何も無いと言われることを。


「私――」


「わ、わかってるよ!? わかってるわかってる! 本来、俺なんかが月森さんの傍にいていいはずないし、恋愛的に好きとかあるわけないし、さっきのも全部空気を読んでああ言っただけだよね? 俺と……こ、恋仲に……とか!」


「……へ?」


「あ、あははは! 武藤さんたちもめちゃくちゃなこと言い出すからなー! うん、あの状況はああ言うしかなかったし、俺でもあんな風に言ってたと思う! 大丈夫! 俺、その辺はわきまえてるつもりだから! からかわれてる気になって傷付いてる、とかもないからご安心を!」


 かなりの早口だった。


 喋ってて、自分でもわかる。すごくテンパってるし、いっぱいいっぱいだな、と。


 けど、それくらい繊細なことだから仕方ない。


 好きとか、嫌いとか。付き合うとか、付き合えないとか。


 本当なら、冗談で交わし合うような言葉でもないから。


 陰キャで、普段人付き合いなんて避けてるぼっちだし、余計にだ。


 焦りに焦ってた。


 自分が勘違いしていないことをアピールするのに。


「……名和くん?」


「ん? どうしたの――って、……え?」


 だから、か。


 そんな俺の思いを汲み取ってくれたのか、月森さんは歩を止め、唐突に俺の右手を両の手で握り締めてきた。


 視線は逸らさない。


 ジッとこちらを上目遣いで見つめ、心配そうな表情で語り掛けてくれる。


「私ね、名和くんには感謝してる。すごく、すごく。男の子に対して、ここまで想うの、初めてってくらい」


「つ、月森さん……」


「だって、たぶんだよ? 普段周りにいる男子が、もしもエッチな動画観てた私を見つけたら、きっと友達に広めたり、陰で色々噂にしたりして、協力なんてしてくれなかったと思う。日頃の印象とかもあると思うし」


「そ、それは……俺、ぼっちだから……たまたまで……」


 月森さんの視線から逃げるように斜め下を向き、消え入りそうな声で言う俺。


 彼女は首を横に振った。


「ぼっちなのはぼっちかもしれないけど、普通の男の子が、私のお願いに協力してくれると思う? エッチな知識を付けたいって言って、それに対して真剣に接してくれると思う?」


「ど、どうなん……ですかね?」


「名和くんだけだよ。名和くんだけ」


 言って、彼女は握り締めてくれていた俺の右手へ、優しく力を込めた。


 そして、俺を見つめ、無言のままに右手を離し、左手のみで、俺の右手に指を絡めてくる。


 完全に恋人繋ぎというやつだ。


 気恥ずかしくなり、一瞬で手汗が浮かんでくる。


 マズい。『手汗キモ』とか思われかねん排出量だぞ、これ。


「でも、本当のことを言うとね? 今、名和くんの言ってくれたこと、半分は会ってるんだ」


「……? は、半分……?」


「うん。本当の恋人になんてなれるはずない、って言ってくれたこと」


「っ……!」


「私、自分の本当の気持ちがまだわからない。名和くんには、すごくすごく感謝してる。傍にいちゃいけない、なんて思って欲しくない。でも……でもね?」


「……う、うん……」


「その気持ちの正体が……こ……恋……だとかは、まだわからないんだ」


「……そ、そっか」


「けど、わからないから、絵里奈の前で、名和くんが好きって言ったし、諦めるなんてことも言った」


「え……?」


「名和くんの教えてくれたエッチなゲームでね? とあるヒロインが、『あんたのことは好きだけど、それが恋愛感情かはわからない。だから、セフレになってあげる。セフレになって、それで感情の答え合わせをしていくわ』って言ってたの思い出したの」


「ブフッ!」


 吹き出してしまった。なぜにここでエロゲのセリフ引用なんだ。


「私と同じだなってなった。セフレっていうのは……せ、せっくす……ふふふ、ふれんど……のことだって最近知ったんだけど、とにかく、恋なのか、自分の気持ちがわからないのは一緒だから、せっかく勉強したし、あの子と同じようにしてみようって思って……」


「ああ言ったんだ……?」


 問うと、月森さんは控えめに頷き、恥ずかしそうにしてた。


 なるほど。そういうことですか。


「でも、絵里奈には最低なこと言ったと思う……。楓たちのノリに乗せられたからって、あれはひどすぎるよ……」


「点数で勝負する、みたいな?」


「うん……。なんかゲームみたいにして、弄んでるみたいだし……」


「ま、まあ、そこは確かに……」


 俺が言うと、月森さんは悶え声を上げて、顔を抑えた。


 結局、私は自分から何も事態を丸く収められるようなことを言えなかった、と。


 ただ、それは仕方ないところもある。


 月森さんは今回のこのゴタゴタの当事者だ。


 カオスな渦の中心にいれば、何をすればよくて、何をすればダメかなんて、すぐには浮かんでこない。


 だから、ここはその周りにいる人間たちが彼女をリードしてあげないといけないんだ。


「大丈夫。安心して、月森さん」


「名和くん……」


「とりあえず、俺は今回のテスト、冴島さんに絶対勝つ。勝てば、い、一応月森さんの傍にいられるはずだし」


「う、うん」


 付き合うかどうかは別として、だ。


「勉強もね、もう前々からしてるんだ。元々、期末は力入れてこうって思ってたし」


「そ、そうなんだ。で、でも……本当に大丈夫?」


「まあ、大丈夫なんじゃないかな、とは思う。中間も程々の成績だったし。って言っても、肝心な冴島さんがどのくらいの点数を普段取ってるのか全然知らないんだけど」


 たぶん、そこまでは高くないだろう。普段通りやってれば、きっと勝てる。


 そう思ってたのだが――


「絵里奈、すごく頭いいの。前回の中間テスト、学年中十五位だった」


「うんうん。だよね? だったら真面目にやれば俺は――って、…………へ?」


「十五位」


 その後、夜空に俺の驚きの声が響いていったのは言うまでもない。

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