第31話 テストの点数が高ければ
「はいはーい、とうちゃーく。ここが名和くんの恋のライバルが住んでるおうちですよー、っと」
住宅街。
人々が行き来する道のど真ん中で、一つの家を指差しながら教えてくれる武藤さん。
俺はもう、呆れるようにため息をついた。
「武藤さん、本当にそういう言い方やめてくださいって……。恋のライバルってのもそうだし、そもそもここ、人が割と通るところですから。声大きいし、誰かに聞かれてたら恥ずかしいですよ……」
「まあでも、これくらいだったらいんじゃね? ナワナワってやっぱそういうとこ陰キャだよね」
いたずらっぽく灰谷さんから言われる。
ダメだ。
武藤&灰谷は俺の味方をしてくれない。
だったら、と言わんばかりに、月森さんの方を見やった。
お願いします、月森さん。あなただったら、きっと俺の味方をしてくれはずだ。
「ねぇ、月森さん? こんな道のど真ん中で人の家指差しながら恋のライバルがどうだの言うって、普通に恥ずかしいことですよね? そう思わないですか?」
俺が暗に恋愛的な意味であなたを狙ってるって風にも言われてるわけだし。
否定してやってくださいよ。
そういう意味のこもった視線を送るのだが――
「へ……!? あ、え、えと、何て言った……かな?」
どうやら話を聞いてなかったようだ。
俺の問いかけを受けてハッとし、焦り始める月森さん。
意識は完全に目の前の家。
冴島さんの方へ行ってるらしかった。
それもそうか。冴島さんは今日学校を休んだわけだし、自分のせいでって月森さんは思ってるわけだし。
俺は咳払いをし、武藤さんと灰谷さんに言ってやる。
「とりあえず、そういう言い方はやめてください」と。
すると、二人はニヤニヤし、「お姫様、絵里奈のことしか今頭にないみたいですぜ?」と肘でつついてくる。
もう何も言わない方がよさそうだった。無視だ。無視。話を次に進めよう。
「それで、どうするんですか? インターフォン、さっそく鳴らすの? 鳴らすんだったら鳴らすで早くして欲しいんですけど?」
「おぉぉ……! 強気で大胆だねぇ、名和くん。絵里奈に一歩リードされて、闘争心に火がついちゃった?」
「冷静にならないと勝てる勝負も勝てないぞー、ナワナワー」
「まったくもってそういうのじゃないですから。家の前でこうしていつまでもべらべら喋ってるわけにもいかんでしょうに。そろそろ近所迷惑になる時間帯だし」
「あぁ、それもそっか。なら、さっそくインターフォン押そ? 名和くん」
「いや、俺!? 俺が押すんですか!?」
「そりゃそうだよ。ナワナワが押さないと、これからやって欲しいことにも勢いつかないでしょ?」
「あんたらは俺に何をやらせるつもりなんですか……。言っときますけど俺、急に変なこととか絶対しないですからね? 脳破壊とか意味不明なこと、さっき電車の中で言ってましたけど」
「まあまあ。いいからいいから。とりあえずインターフォン押して? 名和くんやい」
「っ~……! 絶対ですよ? 俺、変なことは絶対しませんから」
言って、月森さんの方をチラッと見る。
その際、一瞬彼女と目が合ったのだが、やはりすぐにそっぽを向かれる。
何をするのか、月森さんは知ってるみたいだった。
なんか不安になる反応だなぁ、ほんと。
――ピンポーン♪
胸に不安を抱きつつも、俺はインターフォンを押した。
そのボタン部分は、どこか普段押すものよりも重たく感じ、押した後になって、猛烈に何を言っていいのかわからなくなる。
情けなくうしろへ振り返り、「何言えばいいですかね?」なんて武藤さんたちに助けを求める俺だったけど、当然ながら彼女らは「君のお●ぱい揉ませてくれないか? とかでいいよ」みたいに、ふざけたことしか言ってこない。何の役にも立たなかった。
『……はい』
で、心臓をバクつかせ、心落ち着かないでいたところ、インターフォンの機械から聞き慣れた声が聞こえてくる。
ただ、聞き慣れたと言っても、それはいつもよりもトーンの低いもので、どことなく体調の悪そう、いや、メンタル的に不調そうな感じの声音だった。
「さ、冴島さん……? 俺です。声でわかりますかね? 俺、なんですけど……」
『…………俺って言われてもわからない。オレオレ詐欺?』
まさかの冷静なツッコミを受け、武藤さんと灰谷さんはうしろの方で必死に笑いをこらえてた。
く、くそ……こんな時だってのに。
でも、そうか。これじゃ本当にオレオレ詐欺だ。何で名前を名乗らなかった、俺は。
「あっ、な、名和です。名和聡里。あなたと同じ学校に通ってて、クラスメイトの」
『……うん。知ってるよ。ごめん。わかっときながら聞いた』
「あっ、そ、そうなんですね……。あはは……す、すいません」
言うと、うしろの方からまた笑い交じりの声がコソコソと聞こえてくる。
「『あっ』って言い過ぎだよ、ナワナワ……www」
「しょうがないっしょ? 陰キャなんだし……www」
あの二人、いつか痛い目に遭わせてやらないといけない。
からかい過ぎでしょうが、いくら何でも。陰キャなのは正解ですけど。『あっ』ってのは確かに言い過ぎだなって自分でも思うけど。
「い、一応ですね、今、俺以外にも灰谷さんと武藤さん、それから月森さんも一緒にいるんですけど……」
『え……そうなの?』
「はい。冴島さんは、今日はその……学校休まれましたし、お見舞い的な意味でたぶん自分たち来たんだと思うんですよね」
『……何でそこ、自信なさげなの? アタシのうち、来ようとしたのは自分たちの意思だよね?』
いや、とは言えない。
仕方ないので、そういうことにしておいた。本当は複雑な状況に首を突っ込む気はまるでなかったんだけどな。
『……でも……雪妃もいるんだ……?』
「あっ、えと、はい。い、います」
『………………』
問いかけるだけ問いかけて、無言のままの冴島さん。
何だ……? 何か言葉を返してくれるのかと思ったけど、そっちが何も言ってくれなくなったら、俺は沈黙を生まれさせるしかなくなるんだが……。
「いい……ですよね? 特定の誰かがいるから迷惑ってのは……」
『……うん。いい。アタシは大丈夫』
よかった。
『でも、ごめんなさい。来てもらって悪いけど、今日は別に会うつもりない。お見舞いとかもいいから』
「え……」
『帰ってくれる? アタシ、今名和くんにも、美海たちにだって会えない。それだけ』
「え、け、けどその、俺たち――」
『けども何も無い。無理なの。アタシ、もう』
「さ、冴島さん……」
『お願い。帰って』
「……っ」
そうなるのも無理はない。
顔を見せたくないから、たぶん今日は学校を休んだんだと思う。
そんな中、家まで押しかけられたって、会おうとはならない。当然だ。
「……わかりました。なら、俺――」
「えっりなー! 元気そうじゃん、あんたさー!」
「……!?」
お開きの流れかと思ったが、それを遮るかのように、武藤さんがインターフォンの機械に顔を近付けて言う。
俺は普通に押し退けられてしまった。
『……楓。アタシ――』
「んやんや、いいよ。別に無理して面と向かってってのはしなくてもさ。ただ、一つ報告しときたいことがあって」
『……? 報告……?』
疑問符を浮かべる冴島さんに対し、見えても無いのに武藤さんは頷きながら「うんうん」と言う。それから続けた。
「名和くんがね? 雪妃と約束したんだよ、今日。期末テストで絵里奈よりもいい点取ったら、俺と付き合って欲しい。好きだからって」
「は!?」
『――!?』
いかん。でかい声を出してしまった。
けど、こればかりは仕方ない。
言ってもないことを、あたかも言ったかのように告げられたから。
待て。待ってくれ。何を言ってるんだ、この人は。
俺はそんな約束、一つもしてないが!?
「ちょ、な、ななな、何言ってんだあんたぁ!? 俺はそんなこ――むがもが!?」
「はいはーい。ちょーっとナワナワお口チャックねー?」
「むごもがぼぉ!?」
謎の連係プレイ。
待ってましたと言わんばかりに、背後から灰谷さんが俺の口を塞いできた。何て力だ。振りほどけない……!
「ねー、雪妃? 名和くん、確かにそう言って、あんたも同意したんだよね?」
してないだろ!?
してないと言ってくれ、月森さん!
そう心の中で願うものの、彼女は俺の方を見て、申し訳なさそうにし、
「う……うん」
頷いてしまった。
あぁぁ……ど、どんどん訳の分からない状況に……。
『そう……なんだ……そう……』
何でもない風を装ってる感じだが、明らかに動揺が見え隠れしてる冴島さん。
『でも、それが何? アタシには……もう何も関係ない。だってアタシ、雪妃とは――』
「っとー、ちょっと待ってね、絵里奈。この話にはまだ続きがあるのよ」
『……続き?』
「そそ。続き」
まだ続くのか。この謎迷宮。
もう俺、ついて行けないんだけど……。
「この条件は絵里奈もなの。絵里奈も、期末テストの総合得点が名和くんより高かったら、ご褒美があるんだ」
『ご褒美……?』
頷き、続ける武藤さんだが、俺は彼女のそこから先の言葉を聞き、さらに驚くハメになった。
「絵里奈の方が点数高かったら、雪妃が名和くんのことを完全に諦めます。恋仲には一切発展させませーん」
「はぁぁぁぁっ!?」
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