第30話 脳破壊はNG

 ――絵里奈は、私のせいで学校を休んでる。


 月森さんから告げられたそのセリフは、四限目、五限目の授業の間、ずっと俺の頭の中を漂い続けていた。


 どうして、冴島さんが学校を休んだ理由が月森さんのせいなのか。


 もちろん、即座に俺はそう問いかけた。


 が、間が悪く、ちょうどそのタイミングで昼休み終了のチャイムが鳴り、俺は結局詳しいことを聞けないままだったわけだ。


 なので、気になって気になって仕方がない。


 放課後になれば、速攻で月森さんのところへ行こう。


 俺が教室内で月森さんに話しかけるのも若干注目されてしまうかもしれないが、この際仕方ない。


 そんなことより、二人の間で何があったのか、心配なんだ。


 表現が難しいけど、月森さんは今……俺の生徒でもある。エッチなことを教える生徒(絶対に人の前でこんなことは言えないし、声にも出せない)。


 なので、そんな生徒が仲のいい子とゴタついてるとなれば、そこはしっかり俺が介入してあげないといけない。


 実際はただの陰キャラ変態男で、お節介焼きな奴でしかないけども、心配なのは心配なのだ。何回も言うけどさ。


 ってなわけで、遂に訪れた放課後。


 俺はホームルーム終了の鐘の音が鳴った直後に、月森さんの方へと向かおうと立ち上がるのだが、


「――はい。名和くん。行くよ。絵里奈んち」


「………………へ?」


 まるで待ってましたと言わんばかりに、横から武藤さんが俺の肩に手を置いて言ってきた。ポカンとするほかない。


「あ、あの……えっと?」


「あの、えっと、じゃないよ、ナワナワ~。絵里奈んち、行っくよ~」


「はっ……!? え、えぇぇ!?」


 驚きの声を上げてしまう。


 灰谷さんもノリノリで言ってきなすった。


 んでもって、二人がいるところには、周りから陽キャ男子さんたちが集まって来る。俺はもう、何が起こってるのかわからなかった。


「美海ー、楓ー。今日俺らさ、放課後使ってボーリング行こかと思ってんだけど、お前らも来るよn」


「無理。私ら別件で用事あるから」

「りーむー。絵里奈のおうち行くのでー」


 二人して速攻で断るもんだから、陽キャ男子さんたちは目を丸くさせて驚いてる。


 何じゃそれ、と。俺らも絵里奈んち行きたい、と。


 が、しかし、武藤さんたちはそれを断り、四人だけで行く、と宣言してた。


 そう。その四人と言うのが――


「私と美海と、雪妃。そんで、ここにいる名和くんだけのメンツで行くので。他の方々は同行禁止でーす」


 ってことらしい。


 驚きの声はまた上がった。


 何で名和くんなのか、と。


 そりゃそうだ。驚きたくもなる。


 俺だって、自分がもしも陽キャラの立場だったら、びっくりしてたはずだ。


 けど、指名されたんだから仕方ない。


 武藤嬢と、灰谷嬢には誰も逆らえない。


 そして――


「……っ」


 俺は、さっきから頬を朱に染めてこっちを見つめてきてる月森さんの視線に逆らえなかった。


 動揺で挙動不審。


 何……? どうしたの……? 何かあった……?


 できるならば、皆のいるところでそんな顔をしながら見つめるのはやめて頂きたいのですが……。


 願っても、彼女には届かない。


 俺は月森さんからの謎の意味深な視線に、終始心を揺らされ続けるのだった。






●〇●〇●〇●〇●〇●






「えぇぇ!? 何ですかそれ!? 俺以外の二人は、もう月森さんからどういうことがあったのか聞かされてたの!?」


「へっへー。そゆことー。お先にごめんねー」

「悪いねぇ、ナワナワー。いつだって、友情は恋情に敵わぬものなのですよー」


「だ、だから、やめてぇ……! まだ……こ、恋……とかじゃないんだからぁ……!」


 そういうわけで、冴島さんちに向かってる電車内。


 車窓から差す夕陽を背で受けながら、俺は驚き、灰谷&武藤は自慢げにして、月森さんは恥ずかしがってた。いつもの流れだ。


「で、でも、ちょっと待ってください!? え、聞きたい! 聞きたいんですけど、月森さん! 俺も、冴島さんが学校休んだ理由!」


「いやいや~、でもね~、この話、ちょっとナワナワには刺激が強すぎる気がするよ~。ねぇ、楓~?」


「まあねぇ。ていうか、今のセリフ、私は聞き逃さなかったからね、雪妃? 名和くんとは恋とかじゃない。『まだ』ってね」


「――!? ち、ちち、違っ……! あ、綾! こ、言葉の綾!」


 真っ赤になって否定する月森さんだった。


 俺はもう、こういうやり取りをどういった心境で聞いてればいいんだ。非常に恥ずかしい。たぶん、顔赤くなってる。でも、夕陽でそれを隠せてるかも。ナイス、夕陽。背中は暑いけど。すごく。


「んふふっ。しかしねぇ。あのお堅いクール美少女の雪妃も、お気に入りの男の子の前だとこうなるんだもんなぁ~。そりゃ、絵里奈の入れる隙なんてないよ。残念ながらさ~」


「いや、お気に入りって……」


「お気に入りだよ? 名和くん。雪妃ね、なぜか君のこと他の男子よりも気に入ってるの。ほんと、何でなんだろね? 何か弱みでも握った? 『俺のこと好きにならないと、何カップか全校生徒にばらすぞ。ぐひひ』とか言って」


「握ってないわ! 断じて! そんなことも言ってない!」


「ぷっはは! 敬語無くなってるしー!」


 楽し気に笑って俺をからかうのが常の武藤さん。


 ため息ものだ。こんな時になってまでこの人は……。


「まあでも、今雪妃がどうしてそこまで名和くんのことを気に入ってるのかは置いとくね。大事なのは、絵里奈とのことだし」


「はい。そうしてくれるとありがたいです」


「よーするに~、絵里奈は雪妃に振られちゃったんだよね~」


 武藤さんの隣に座ってる灰谷さんが、ポッキーをかじりながら言った。


 結構ストレートだ。武藤さんも「言っちゃったよ!」とか言いながらびっくりしてる。灰谷さんは続けた。


「だって、楓だとナワナワからかい続けて話が前に進まないじゃん~? だから、ここは私がお話を進めま~す」


「まあ、いいけどさ」


「うん。ね、ナワナワ? わかった? 絵里奈、雪妃に振られたの」


「え……」


「君を含めた三人で遊んだ後、雪妃は絵里奈と一緒に絵里奈の家に行った。そこはナワナワも知ってるんっしょ? 雪妃、言ってたし」


「は、はい。そこは」


 だよね、と言い、うんうん頷く灰谷さん。


 しかし、驚きだ。俺の知らない間に、展開がここまで進んでたとは……。


「で、振られた絵里奈は傷心のお休みってわけ。よくある話だよね。振られて、顔見せられないってのは」


「ある……んでしょうね。うん」


「美海。名和くん童貞の陰キャラだから、そういう経験ないの。よくあるって言っても、わからんて」


「わ、わかるわ! も、もうやめてくださいよ! からかい禁止ですって!」


「あ~。そっかそっか。ごめんね、ナワナワ」


「灰谷さんもマジに受け取るのやめて!? わかりますから! 人間の思考的に!」


 経験あるからわかるわー、と言えないのがどうもキツイ。


 武藤さんの指摘は的確だった。間違いじゃないです。未経験だから、よくはわかりません。想像でわかるって言いました。


「そりゃ、振られたら誰だって次の日気まずいですもん。冴島さんが休むっていうのも頷けます」


「……w」


「もう何も言わないですからね? ニヤケても何も言わないですよ、俺」


 触れたら負け。そこはわかってる。


 俺は強引に話題を次へ持って行く。


「それで、今日こうして冴島さんの家に四人で行くっていうのは、傷心の彼女を慰めに行くのが目的なんですか?」


「いんや。違うよ、少年」


「え。違うの……?」


 偉そうに腕組みしながら首を横に振る武藤さんだった。なんかムカつく……。


「絵里奈のね、脳を破壊にしに行くんだ☆」


「の、脳を破壊……!?」


 物騒なことを言う灰谷さん。


 補足説明ありがたいけど、どういうことだそれは。


「ど、どういうことです? 脳を破壊って……」


「それは絵里奈んちに行ってからのお楽しみ。頑張ってね、名和くん。いつも通りでいいけど、君も堂々として頑張るんだよ」


「は……? え、な、何が……?」


 問うも、武藤さんも灰谷さんも何も答えてくれず、俺はただ電車に揺られて到着するのをひたすら待つのだった。


 その間、ずっと月森さんがソワソワしてたのだが……そこは触れない方がいいんだろう。うん。何も言わなかった。

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