第27話 灰谷さんと武藤さん

 冴島さんが学校を休んだ。


 珍しいとは思う。


 いつも元気だし、体調を崩すって印象じゃなかったから。


 でも、そうは言ったって彼女も一人の人間だ。


 風邪をひくし、頭が痛くなったり、お腹が痛くなったりもするだろう。おかしくはない。


 ただ、俺がここまでの違和感を覚えてたのも、別の理由があったからだ。


 それは何か。


 月森さんだ。


 朝から、月森さんの元気が無いような気がする。


 授業と授業の間の休憩時間でも、灰谷さんたちと会話するのはするのだが、どこか上の空のような感じだし、実際のところ、何度か武藤さんから指摘されてた。「今日、めっちゃボーっとしてるね」って。


 きっと、月森さんは何か知ってる。


 昨日、俺と別れた後、二人で冴島さんの家に行ったみたいだし、そこで何かあったのかもしれない。


 その『何か』が原因で、冴島さんは学校を休んでる、とか……。


 どうなんだろう。考え過ぎか?


 もしかして、卑猥なことを俺に教えてもらってる事実がバレて、それでいざこざが起こった可能性もあったり……?


 だったらマズいじゃないか。


 それは明らかに俺のせいだ。


 俺のせいで、二人が変なことになってる。


 いかん。早いところ月森さんに聞いてみないと。冴島さんが休んだ理由を知ってるのかどうか。


 そう思い、勢いよく机から立ち上がる。


 立ち上がった刹那だった。


「あ、あの……」


「――!?」


 いきなり背後から肩をつつかれ、ビクッとしてしまう。


 振り返ると、そこには月森さんがいた。驚きだ。まさか彼女の方から声を掛けてくれるなんて。


「つ、月森さん……まさか俺の心の内が読めるってわけじゃないですよね……?」


「へ……?」


 きょとんとして、首を傾げる彼女。


 俺はやや焦りつつ、返す。


「い、いや、ちょうど月森さんに話しかけに行こうと思ってて、それで声掛けられたからびっくりしたと言いますか」


「そう……なんだ。なんか……ごめんね? 驚かせちゃって」


「い、いえいえ! そんな! むしろ、ここ教室ですし、俺なんかに声掛けて月森さんに被害が及ばないか心配で! ほら、『月森さんが名和と話してるw ワロスw』とか思われてバカにされたりしませんか!? されるようだったら俺、すぐにこの場で塵になります! 生きててごめんなさいって感じで!」


「ち、塵にはならなくていいよ! それに、生きててごめんなさいとかも思わなくていいから!」


 懸命に俺の自虐暴走を止めるように、月森さんは迫真の表情で言ってくれる。


 ありがたい。


 あなたにそう言われるだけで救われます。俺、生きててもいいんだ。


「あと、名和くんに話しかけてるところ見られて私に被害が出るってどういうこと? 名和くん、害悪生物か何かなの……?」


「それに等しいと自分では思ってました。例えるならば、月森さんが光で、俺が闇と言いますか。ええ」


「そんなことない。自虐的過ぎだよ」


「そ、そうですかね?」


「そう。……ていうか、今はどっちかというと私の方が……」


「……?」


「……ううん。何でもない。ここじゃ言えないや」


「え?」


 ここじゃ言えない? 何がだ?


「……ま、まあ、いいや。あのね、名和くん。ちょっと今日の昼休みなんだけど、一つお願いがあって――」


 大事なことを月森さんが言いかけてた時だ。


 彼女のうしろから、「あれー?」と複数の声がする。


 誰の声か。それは一発でわかった。


 思わず俺は頬を引きつらせてしまう。


 灰谷さんと武藤さん。つまり、陽キャの女子たちがいらっしゃったのだ。


「どしたの雪妃? 珍しいメンズとお話してんじゃん」

「ナマくんだったっけ? 雪妃、ナマくんと話したりすんだ。意外」


 おぁぁぁ……。お、恐れてた展開が……。


 俺はもう、その場でカチコチに固まるしかなかった。


 想定外すぎるよ。一気に陽キャ女子さんたちの波が押し寄せて来るなんて。


「ナマくんじゃなくて、名和くんね。名和聡里くん」


「え。下の名前まで覚えてんだ、雪妃。めちゃ仲良しじゃん」

「怪しくない? どういう関係? 二人、どういう関係なん?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべて灰谷さんたちはこっちの方へ迫って来た。


 俺は言葉になってないセリフを壊れたロボットみたいに「あ、うぅぅ」と発し、心拍数をひたすらに上げる。


 ダメだった。


 月森さん以外の陽キャ女子、冴島さんだけならまだ何とかやれたけど、複数人で一気に来られると脳が一気にフリーズしてしまう。何て言っていいのかわからない。


「や、止めてあげて! 変に名和くんに近付いてくの禁止!」


 言って、月森さんが俺の前に立ちはだかり、灰谷さんたちからガードしてくれる。


 そのせいで、彼女らはさらに俺たちの関係を怪しんだようで、ニヤニヤ、ニマニマしながら頷き合っていた。絶対変な勘違いされてる。


「わかったわかった。ナマくんには近付かないよ、雪妃。だから警戒しないで。雪妃だけのモノだから」


「だから、ナマくんじゃないってば! な・わ・く・ん! 生だったら……なんかちょっと色々ダメだよ……言い方的に」


「え? 何が?」

「ん? どゆこと?」


 首を傾げる二人。


 待て。いかん。特訓の成果が余計なところで出てる。そこ、反応しなくてもいいところだよ月森さん。


「と、とにかく、私たちは別に変な関係でも何でもないから! 言ってしまえば、先生と生徒みたいなもので……」


「先生と……?」

「生徒……?」


 その説明じゃますます訳がわからなくなる。


 俺は気付けばフリーズしてたところから咳払いをし、声を出していた。


「ちょ、ちょっと勉強でわからないところがあったみたいで、偉そうながら俺が月森さんに教えてあげてたんです。それで、会話するくらいには仲良くなって……」


「お、やっとちゃんと喋った、陰キャくん!」


 灰谷さんがドストレートに言ってくれる。インキャくんて……。まあ、何も間違っちゃいないんですけどもね?


「あははっ。陰キャくんは笑った。名和くんでしょ? 今、雪妃がちゃーんと教えてくれたじゃん、美海」


 武藤さんが笑いながら指摘してくれるも、「でも、陰キャなのは陰キャじゃない?」と冗談っぽく言う灰谷さんだった。


 俺は苦笑しながら認めるしかない。はい、陰キャです、と。


「何でもいいけど、失礼な呼び方はNGね。名和くんっしょ? よろしくね、名和くん。私の名前知ってる? 武藤楓って言うんだけど」


「し、知ってます。人の名前だけは……最低限ちゃんと覚えておこうと思ってるんで」


「あ、そうなんだ。なら自己紹介とか特にしなくていいよね。よろしく」


「よ、よろしくお願いします」


「じゃあ、こっちの失礼な奴の名前も知ってる?」


「あ、はい。えと、灰谷さんですよね? 灰谷美海さん」


 俺が言うと、灰谷さんはピースしながら、


「はいっ! そーですっ! よく知ってんじゃん陰キャくん! 私の名前!」


「だからその呼び方やめれって。失礼だってのに」


 ビシッと灰谷さんの頭にチョップをかます武藤さんだった。苦笑してしまう。


「ごめんなー、名和くん。この子、色々ハッキリ言い過ぎる性分で」


「い、いえ。大丈夫です。気にしてないんで」


「だよね!? ほらほら、楓~。陰キャくんも気にしてないって言ってるし、この呼び方でもいいっしょ~? 愛称っぽく聞こえなくも無いしぃ~」


「どこがよ! 蔑称でしかないし!」


 ツッコみ、嘆息する武藤さんだが、この雰囲気はめちゃくちゃ陽キャグループ感があった。感動。俺、今その輪の中にいる。


「まー、とりあえずさ、雪妃。そういう関係じゃないってことはわかったよ。あんたたち二人が」


「わかってくれた……?」


 頷く武藤さん。


 それから彼女は続けて、


「わかったからさ、私たちも今から一緒にさせて?」


「え?」


「お弁当。一緒に食べるつもりだったんでしょ? 名和くんと」


 問われ、一瞬戸惑う月森さん。


 それでも、実際にはその通りだったんだろう。


 彼女は観念したように頷いた。


 そうです、と。

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