第26話 それぞれの憂鬱

 俺みたいに冴えない陰キャラが、クラスの可愛い女子二人と休日に遊びに行った。


 たぶん、これを一か月前くらいの自分に教えに行っても、絶対信じないと思う。


 それくらいあり得ない体験をしたんだ。昨日は。


「………………」


 朝。


 目覚まし時計に起こされるよりも前に目覚め、しばらく天井を眺めていたけども、そろそろ学校へ行く準備をしないといけない時間だ。


 上体を起こし、ベッドから出る。


 付けていたエアコンも切って、閉めていたカーテンを開けた。


 天気は快晴。


 日光が待ってましたと言わんばかりに俺の顔へ直撃し、それと共に熱を運んでくる。


 しかし、暑いな……。


 季節もそろそろ本格的な夏だ。


 何かを着たりすれば寒さをしのげる冬と違って、夏は何を脱いでも暑い。全裸になっても暑い。個人的に最悪な季節なのである。


「期末テストももうすぐだしな……」


 思わずため息をついてしまう。


 今週からテスト週間だ。


 期末テストに向けた勉強をするほかに、課題やら何やらも増える。


 そう考えると、昨日、月森さんたちと遊んどいてよかった。


 これから一、二週間は勉強関連のこと以外はあまりできなくなる。


 容量のいい奴なら、勉強しつつ、友達とも交流して、なんてできるんだろうけど、残念ながら俺はそこまで高スペックではない。


 必死に勉強して、この学校じゃなんとか真ん中の順位をキープできるくらいだ。何気にレベル高いんだよ、ここは。


「……ま、頑張るしかないか」


 独り言ち、なんとか自分を奮い立たせ、俺は部屋を後にした。


 一階で母さんが朝食を作ってる。それ食べに行こ。






●〇●〇●〇●〇●〇●






「はよー。いやー、クッソ暑いなー」

「それなー。おはよー」

「てか、今週からテスト週間じゃん? マジ勉強せんとヤバいわー」

「とか言いつつ、あんたもう絶対してるじゃん」

「いやいや、してるわけねぇって。全然まだまだ。こっからよ」


 教室にて。


 クラスメイト達の会話を寝たふりしながら聞きつつ、俺は暑さにやられそうになってる体をクールダウンさせてた。


「それよかさ、ほんとマジクーラー欲し過ぎん? 暑過ぎなんですけど」


 それな。


 ほんとそれ。


 早いところクーラー付けさせてくれ。


「まあ、まだ無理やろな。えのてぃー来るまで付けられん」


 榎本ォォォォォ! 早く来いよォォォォォォ!


 そう。そうなのだ。


 うちの学校は、エアコンを付けるのに、担任教師の許可が下りてようやく付けられる。


 一回一回付けるのに許可がいるのだ。榎本先生はまだここに来てない。故にエアコンが点けられない。地獄。


「てか、今日絵里奈は? 来てなくね?」

「ね。いつもだったら割と早めに来てんのに。珍し」

「うち、さっきLIME送ったけどさ、返信まだっぽいんだよね。既読も付いてないし」

「はー? どしたんじゃろ。珍し。雪妃も来てねーし」


 声からして、灰谷さんや武藤さんたちだろう。


 心配するように会話してるが、これもまたそう。


 冴島さんと月森さん、まだ来てないっぽいんだよな。二人そろってってのが気になる。


「何だったら電話してみればー? 絵里奈あ奴、たまにガチ寝坊する時あるし」

「でも、雪妃はそういうのないよね?」

「私の直感。雪妃はなんか朝ごはん美味しくて夢中になってたら遅れた、みたいな感じと予想」

「あはははっ! あり得る! あの子ならあり得――って、あ、雪妃来たよ! 噂をすれば!」


 マジか。


 突っ伏していた顔を机から上げ、不自然じゃないレベルで辺りをキョロキョロ見回す。


 ほんとだ。発見。出入り口扉のところ。


 艶やかな黒髪が今日も綺麗な美少女。月森さん。


 灰谷さんたちに手を振られ、軽く笑みを作ってから彼女たちの方へ歩き出す――のだが、待て。


「っ……!」


 彼女、俺の方にも視線をくれ、軽く照れくさそうに手を振ってくれた。


 い、いいのかこれ? 俺、手振り返しちゃってもいいの? なんか怪しまれない? あんな陰キャといつの間に仲良くなったの? みたいに言われてさ。


 迷うものの、いつまでも右往左往してる暇もなく、無視するわけにもいかず、俺は挙動不審に手を振り返し、またすぐ机に突っ伏した。


 突っ伏す瞬間、チラッと見えたのだが、武藤さんが俺の方を見てきたのもまた確認。


 うわー。絶対怪しまれたろ今の。あとで呼び出しとかですか……? 呼び出されて、しっかりリンチとかされる奴ですか……?


 そう考えると、暑さなんてとっくの昔に忘れてた。


 背中がひんやりする。平和な学校生活なんてもう皆無らしい。次々に恐ろしいイベントがやって来る。


「おはよ、雪妃。ねね、絵里奈はー? 何か知らない?」

「あの子、まだ来てないんだよねー」


 とりあえず俺へのリンチは後回しで、冴島さんのことを話し出す陽キャ集団さん。


 聞き耳を立てるに、月森さんも冴島さんのことは知らないみたいだった。


 昨日遊んだけど、その時は元気だった。


 そう灰谷さんたちに言ってる。


 ただ、少し引っかかったところがあった。


 その言い方だ。


 どことなくぎこちなさを感じられ、なんとなく何かを隠してるような、そんな喋り方だった。


 わからない。俺の気にし過ぎか?


 けど、俺と別れた後、二人はいったん冴島さんの家に行くって言ってたし、もし今日学校を休むほどの何かがあったのなら、何も知らないわけがない。


 灰谷さんや武藤さんには言いづらい何かがあったから、あんな言い方になったのかもしれない。


 そう思うのは、いささか考え過ぎだろうか。


 うーん……。


「ま、いいや。わからないんだったら仕方ないよね」

「追いLIMEしとくー。ズル休みかーっ! って」


 彼女らがそんな会話をしてると、お待ちかねの榎本先生が教室へ入って来た。


 即座にクーラー許可を男子が申し入れ、点けられる。


 待望の涼しい風だ。生き返る。


 ……が、


 冴島さん、いったいどうしたんだろう。


 朝のホームルームが始まる時間になったけど、彼女は遂に登校して来なかった。

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