第21話 やっぱり君はかわいい
「雪妃~? 大丈夫~? 気持ち悪くなっちゃった~?」
扉の外から冴島さんの心配する声。
対して、俺と月森さんは個室内で密着し、息を殺して心拍数をこれでもかというほどに上げる。
本当に危なかった。あと一瞬でもここへ潜り込むことができなかったら、俺は女子トイレに侵入してるただの変態男だ。
傍に月森さんがいるけど、きっと逮捕されてる。
というか、むしろ今の彼女は酔っ払ってて正気じゃないし、『酔ってる女の子を女子トイレに連れ込み、変態プレイに興じようとしてた男』としてかなり重い罰を与えられそうだ。退学どころの話じゃない。俺、五年くらいムショから出られなくなるかも。そんなの絶対嫌だよ。
「あ~、絵里奈~。私なららいじょうぶだよ~。心配かけてごめんねぇ~」
月森さんが外にいる冴島さんへ言葉を返す。
酔ってるのあるけど、心臓バクバクさせてる俺と違って能天気なもんだ。最初よりべろべろになってる気がした。
「ごめんね。アタシが気付けばよかった。雪妃の飲んでたコーヒー、アルコール成分が少し含まれてたっぽい。珍しいよね。海外では有名なんだって、アルコール入れるの」
「へぇ~、そうなんだ~。えへへへ~」
ヘラヘラし、むぎゅむぎゅ俺に抱き着いてくる月森さん。
なんかこの状況を楽しんでないだろうか、彼女……。
俺からすれば絶体絶命のピンチだってのに……。
「まあでも、中で倒れてたりしてなくて安心。アタシ席に戻るけど、介抱とかしなくて大丈夫そう?」
「うん~。らいじょぶらいじょうぶ~。ありがとねぇ~」
「何だったら個室の中、アタシも入るよ? お水とかも必要だったら持ってくるし」
「それはダメだよ~。だって、今アタシは名和くんと――んむぐっ!」
何言ってんの!? ほんと、何言っちゃってるのこの子!?
速攻で月森さんの口を抑え、喋るのを強制ストップさせる。
今ここで俺の名前を出せば、その時点で終わる。
冴島さんが中の状況を知れば、俺は次の日から強烈に軽蔑されるだろうし。
「雪妃……? 今、名和くんって言った……?」
「んむんむぐぅ……! もごもご……!」
「え、ちょ、ちょっと大丈夫? 急にもごもごして。アタシ入るよ? 全然入る。雪妃が吐きそうなら、それだって処理するし」
ありがたい。大変ありがたいけど、今そのご奉仕精神はいらない。
冴島さんに求めるのはトイレから出てってもらうことだけだ。
「――ぷはっ。も、もぉ……名和くん。いきなりやめ――」
だからやめて!? お願いだから俺の名前出さないで!?
男子高校生がいた時にはちゃんと黙り込むことに協力してくれてたのに、冴島さんの前だと謎に俺の存在アピールしようとするのほんと何なんだ!? 退学になるから俺!
「名和くんって……。雪妃、もしかして……」
ま、マズい……! 遂にバレ――
「今、名和くんと電話してたりするの?」
……え?
「具合悪いから、電話越しに元気付けてもらおうとしてる?」
お、おや……? これはもしや……バレてない?
「っ……! だったらアタシがその役割買って出てあげる! 中に入れて? アタシだったら直接介抱もしてあげれられるし! 全然力になるよ?」
言いながら、冴島さんはコンコン扉をノックしてくる。
いかん。バレてはないけど、これはこれで面倒なことになった。
「ね? 雪妃? お願い開けて? アタシ、雪妃の吐いたものでも喜んで片付けするから」
ここに来てちょっと気持ち悪さを発揮する冴島さんだった。
ただ、ここへ入って来るのだけは絶対にやめさせないと。
俺は月森さんを見つめ、一生懸命首を横に振った。
意味は、『お願いだから断って』だ。
それを月森さんも察してくれたのか、ぽーっと俺の様子を眺め、にまぁと笑みを作った後、
「名和くんと電話してたのは本当だけど、今はもう切ってる。体調なら大丈夫だし、すぐ戻るから、絵里奈も席に帰ってて」
そう、ハッキリと言った。
そして、付け加えるように「あと、色々処理してもらうのは恥ずかしい」とも。
「……そう? アタシだし、恥ずかしいとか全然思わなくてもいいのに」
「ありがと。気持ちだけでも嬉しい。でも、恥ずかしいのは恥ずかしいから」
月森さんの言葉に、冴島さんも戻るしかないことを悟ったんだろう。
やや不本意そうではあったが、戻る旨を言葉にしてくれた。俺は心の中で安堵のため息をつく。
「ねぇ、雪妃。今、二人きりだよね?」
「え……?」
二人きりだと返してくれ。俺は月森さんにそう言ってもらうよう、高速で頷く。また彼女はにまっと笑みを浮かべ、
「うん。二人きり」
と返してくれた。ほっ。
「だったら、名和くんのいないこの場でお誘い」
「お誘い?」
「うん。今日さ、解散した後、アタシの家に来てくれない? 言いたいことがあるの」
「言いたいこと……」
何だそれは。
一瞬気になったものの、俺が口を挟めるわけもなく、ただ心の中で疑問符を浮かべるだけに留める。
月森さんは返した。「うん。いいよ」と。
「やった。嬉しい。じゃあ、アタシ席に戻ってるね? 雪妃も体調良くなったら帰っておいで?」
「わかった。ありがと、絵里奈」
月森さんの言葉を聞き、冴島さんは女子トイレから出て行った。
俺は深く息をつく。
「あ、危なかった……。何度死んだと思ったか……」
「……」
「月森さんも、最後は協力してくれてありがとうございました。途中途中、結構ヤバいことは言ってたけど……」
「……」
「……? 月森さん?」
謎に黙り込んでる月森さんの顔をちゃんと見る。
すると――
「っ……! あ、あの、わわ、私……!」
真っ赤になりながらアワアワしてる彼女を見て、すべてを察する。
なるほど。酔いが覚めたか。
俺から高速で離れ、壁にガンと背中をぶつけ痛がる。
たぶん、冴島さんとのやり取りの最後らへん。あの辺りあら酔いは覚めてたんだろうな。口調もハッキリしてたし。
俺はまあ、もう密着されすぎて慣れたし、今さら感あるんですけどもね?
「ご、ごめんね……? 名和くん……。変にくっついちゃって……」
……いや、慣れたってのは嘘だな。
上目遣いで謝ってくる彼女を見て、俺は途端に顔を熱くさせる。
やっぱりいつものバージョンの月森さんは桁違いに可愛い。
これに慣れるのはさすがに無理だ。
仮に慣れるとしたら、どれくらいの時間を要するんだろう。わからん。
そんなことを考えつつ、彼女から顔を逸らすのだった。
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