第22話 このドキドキはアタシも

 トイレでのトラブルをどうにか乗り切った俺たちは、その後程なくしてカフェを出た。


 次にどこへ行くのかは決めていない。


 時刻も夕方の四時くらいで、解散してもいいし、適当な場所であと二時間ほど遊ぶのもいいと思えるような、中途半端な状況。


 ただ、もうこれ以上体力を消費するような場所へ行くのは勘弁だった。


 酔っ払った月森さんとのやり取りを経て、俺のHPは既に赤ゲージまでは行かずとも、黄色ゲージくらいにはなってる。


 場違いな店に入ってウインドウショッピングとか、そういうのは無理だ。倒れる自信しかない。


テキトーに三人で個室へ入れるカラオケとかなら歓迎なんだけど、カラオケはカラオケで、気付いたら平気で時間経過してることがあるし、そうなれば帰りが遅くなってしまう可能性がある。あまり良くないかも。


 そもそも、なんかさっき冴島さん、トイレで月森さんに『この後、家来れない?』とか言ってこっそり誘ってたもんな。


 二人きりで何か話したいことでもあるんだろう。


 俺へ宣戦布告するために今日は呼び出したって言ってたけど、色々勘違いしてるんだよな、彼女。


 俺は月森さんとただの友達……と呼んでもいいのか? って疑問符が付く程度の関係でしかないわけで、そんなライバル視されるような人間じゃない。


 ましてや、恋のライバルとして、なんて、勘違いも勘違いだ。そんな域に俺はいない。ただ、月森さんがエッチな知識を付けるために協力してる謎陰キャ男。それが俺だ。しょうもなさすぎる。


 ――とまあ、頭の中でそんなことをグルグル考えつつ、並んで歩く二人について行ってると、


「ね、名和くん? 今日はもう解散ってことでいいかな? 帰り、あんまり遅くなっちゃうのもヤだし、時間的には夕方っぽい感じだしー」


「ん、うん。俺は別に全然構わないです。今日一日、すごく色々あって、たくさん楽しめたので」


 本音を言えば、楽しめたってのには正直疑問符を付けたいけどな。


 ハラハラドキドキの一日でしたよ。ええ。楽しくないことはなかったが。


「じゃあ、解散って流れにしよっか。駅までは一緒に行こうよ。帰り、同じ方向だよね?」


「ですね。お供します」


 敬礼しながら言うと、冴島さんはケラケラ笑って、


「そんなかしこまんなくてもいいんだけどね。ほんと、最後まで名和くんは面白いなぁ」


「生きざまはこれまでもよく笑われてきましたね」


 主に情けないって意味でな。


「何それ(笑) バカにされてきたってことー? アタシ的には全然そんなキャラじゃないと思うんだけどなー」


「そんな優しいこと言ってくれるの、冴島さんだけですね」


「そんなことないんじゃない? ほら、雪妃も否定してくれてる」


 言われて、見れば、確かに月森さんはふるふる首を横に振ってた。


 無表情のままなもんだから、ちょっと面白い。壊れた機械みたいだ。


「名和くんは頼りになるよ? バカにするとか、そんなことしない」


「そ、そうですか? じゃあ、月森さんも優しい人だ。ありがとうございます」


 感謝すると、月森さんは満足げに軽く笑みを浮かべ、「うん」と頷いた。それがまた可愛い。


「アタシはちょっと頼りになるってのとは違う感情抱いてるかな。何だかんだしっかりしてるし、誠実っぽくて、めっちゃ相手にとって不足無しって感じー」


「……あ、相手って……」


 だから、ちょっと勘違いしてるんですって、冴島さん……。


「でもアタシ、負けないから。ね、雪妃? アタシ、名和くんに負けないもんねー?」


「……? 負けない……? どういうこと?」


「ううん。何でもないっ。じゃ、とりあえず三人で駅まで行こー!」


「へ……!? 何……!? 何なの……!? 絵里奈、今のどういうこと……!? 絵里奈と名和くん、喧嘩してる……!?」


 違うんだ、月森さん。そうじゃない。そうじゃなくて、ただこの人は勘違いしてるだけなんだよ。


 困惑する月森さんにそんなようなことを教えてあげながら、俺たちは駅までを歩いた。


 もちろん、教えてあげるって言っても、冴島さんがどんな類の勘違いをしてるのか、具体的なことは言わなかったけど。






●〇●〇●〇●〇●〇●






 名和くんとのデート……といっても、絵里奈も含めてだけど、ともかく、彼とのお出掛けが終わった。


 また学校で。そう言って、別れたばかり。


 今は絵里奈と二人で電車に乗ってる。これから絵里奈の家に行く予定。どんな話をするのか、何をするのかはまるで教えてもらってないけど。


「今日一日、楽しかったね。雪妃はどうだった?」


 座ってる席の隣から、絵里奈が問うてくる。私は頷いた。


「すごく楽しかった。色んな事……あったし」


 言いながら、トイレでのことを思い出す。少し恥ずかしくなった。


 あの時のこと、月曜日にもう一度ちゃんと名和くんに謝らないと。


 酔ってたとはいえ、さすがにあんなことしちゃダメだと思う。


 気にしてない、みたいに言ってくれてたけど、内心名和くんも引いてたかも。


 ほんと、ちゃんと謝らないと。名和くんに引かれちゃうのだけは、絶対にヤだから。


「そっか。よかった。雪妃が楽しかったって言ってくれると、アタシも嬉しいよ」


「……? うん」


「また一緒に行こうね。……」


 今、絵里奈、最後に何か言った?


 わざとだと思うけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。何て言ったんだろ?


「うん。また行きたい。名和くんとも」


「……そうだね」


「遠出したりするのもいいと思う。お泊り……はできるかわからないけど、夏休みとか控えてるし、あんまりお金のかからないところに泊まって、とか」


「あは。いいね、それ。名案。でも、アタシたち二人に囲まれてたら、名和くんドキドキしちゃうかも? お泊りだし」


「ど、ドキドキ……。で、でも、部屋は別々だよ? お風呂だって男女別なのは当然だし」


「ふふふっ。それでも男子ってーのは女の子とお泊りってなるとドギマギするもんなのですよ、雪妃ちゃん」


「そ、そうなのかな……?」


「そうそう。ほら、こんな風に」


「へ……?」


 言って、絵里奈は私の手を取り、自分の胸に押し当てた。


 私の手に伝わってくるのは、どことなく早い絵里奈の心音。


 いきなりどうしたんだろう。


 そう思って、顔を見るんだけど、


「アタシもね、今、雪妃と二人でドキドキしてる。電車の中なのに」


「絵里奈……?」


「雪妃。今日ね、アタシのおうち、お父さんとお母さんいないんだ」


「え……そうなの?」


「うん。だから――」


 お泊りしようと思えば、それも大丈夫。


 そう、絵里奈は私の耳元に顔を近付け、そっと言った。


 それがいったいどういう意味なのか、この時の私は、何一つ知らなかった。

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