第20話 今度は女子トイレで密着な件
人生の中で観てきたアニメ、読んできた漫画や小説で、女の子と個室に二人きりという展開が訪れれば、必ずエッチなイベントが起こる。
そのたびに俺はテンションを高くしてるし、何なら鼻息も荒くさせてるわけなのだが、あくまでもそれは言うまでもなくフィクションであり、二次元世界の話だ。現実で女の子と二人きりになったって、エッチなイベントが起こるわけない。俺の場合だと目すら合わせられないのが関の山。
だが、そんな厳しく辛い世界でも、たまには奇跡が起こるらしい。
俺は今、トイレの個室内で、月森さんと密着してる。
そして、訳のわからないことを言われてる。
――『個室でやろうとしてたこと(エッチなこと)教えてあげる』と。
冷静でいられるはずがない。
個室外では三人ほどの男子高校生が駄弁りながら小便をしてる状況だ。声はもちろん、小さい音すらも出せない。
それなのに、月森さんは俺に迫って来る。
彼女の様子もおかしかった。なんでこんな酔っ払ったような感じでポーッとしてるのかわからない。
パニックになり、一周回って変な風になってしまったのか。謎だ。俺は必死に声を押し殺してブンブン首を横に振る。
とろんとした目でこちらをジッと見つめ、月森さんはクスッと笑った。そして、耳元でこそこそ語り掛けてくる。
「体の力は抜いて? なんかね、書いてあったの。そういうことをする前は、男の子の体に入ってる力を抜かせましょうって」
そういうことってどういうことなんですか!?
声には出せないから、脳内で叫び、それを顔で表現した。目元に力を入れ、すぐさま下がり眉。
それを見て、月森さんは面白そうにクスクス笑う。
いや、笑ってる場合じゃないんだよ月森さん。
声出してあなたが男子トイレにいるのバレたら停学処分くらいにはなりそうなんですから。
冷や汗の浮かぶ顔で困り果ててると、唐突に「ピロン♪」とスマホが鳴った。
心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど驚く。外でも男子高校生三人が反応する。「LIMEお前?」と。違う。俺だよ。オレオレ。俺のスマホだ。
月森さんにも待ったをかけ、身をよじって離れようとするも、それを許さんとばかりに彼女の方から抱き着いて来た。さいこ……じゃなく、今はちょっとやめて欲しい。密着するの。
「っ……!」
月森さんに密着されながらも、俺はスマホを確認。
見れば、ほら言わんこっちゃない。
冴島さんからだった。
『あれから時間経つけどまだトイレ? 雪妃もまだ帰って来てなくてさ』
とのこと。
少し考えて返信。
『俺は腹痛が故。月森さんも腹痛が故じゃない?』
『うわ、サイテー聡里くん。女の子にそういうの言っちゃダメだよ? デリカシーなさすぎ~』
大目に見てくれ。こちとら状況が状況なんだ。月森さんと一緒に男子トイレにいます~、なんて送れるわけがないし、他に言い訳が思い浮かばない。
『もしかしたら酔って気分悪くなっちゃってるのかもね。雪妃の飲んでたやつ、よく見たらお酒混ぜ込んでるやつっぽいから』
「え……」
思わず声を漏らしてしまった。口元を塞ぐ。
マジか。やっぱそうだったのか。
だからこんな……。
「名和くん~……早く私のお相手してぇぇ~……さみしぃ……べんきょーしたことやってあげたいのにぃ……」
小さい声ながらも普段からじゃ考えられないこと言ってるんですね。なるほど。よーくわかりました。
『いいよ。俺が介抱する。もうすぐでそっち戻るよ』
男子高校生たちもちょうど出て行った。一安心。
これで席へ戻れる……のだが、
『介抱するってどうやって? 女子トイレには入れないでしょ? アタシ今からトイレ行ってくるよ』
そうだった。
ちょうど今一緒にいるから、完全に月森さんが女子トイレにいるシチュで話し進んでるの忘れてた。バカか俺は。
「ちょ、ちょっと月森さん! 一回離れて! ヤバいことになりそう! 女子トイレに冴島さんが行くみたい!」
「いきなり大きな声出しちゃった、名和くん~。外には人がいるのに~」
「それ言ったら月森さんもでしょうが! もう普通の声の大きさで喋ってるし! てか、そんなやり取りしてる場合じゃないんだって! 冴島さんが月森さんのこと探しに行くって言ってる! 女子トイレに! ヤバいよ!」
「え~? 絵里奈が~?」
「そうなんだよ! 女子トイレ急いで行こう! 立てる?」
「立てな~い。でも、名和くんが立たせてくれてたら立てる~。お姫様だっこしてぇ~?」
「それは無理! あと、だっこしたままで女子トイレになんて入れないでしょうが!」
「入れるよ~? たのも~って言って。んにゃはははは!」
「道場破りじゃないんだから! ああもう! ダメだ、完全に酔っ払ってる!」
「酔ってない酔ってな~い。なんか頼んでたミルクティーお酒の味したけど、全然酔ってなはは~い。もういっぱ~い」
「酔ってるじゃん! 思い切り酔ってる人のセリフじゃん!」
埒が明かなかった。
仕方ない。こうなれば手段は選んでられない。
お姫様だっこでも何でもして、とりあえず女子トイレの個室に月森さんを運ぼう。
で、俺は速攻で女子トイレから退散する。これしかなかった。
「くそっ! じゃあもう失礼するよ、月森さん!」
「ひゃんっ! ふえぇぇ!? ほ、ほんとにお姫様だっこなの!? こ、心の準備ができてなかったのにぃぃ!」
「心の準備なら今はしなくてもいいから! 非常事態だし!」
言って、俺は月森さんを抱きかかえながら大慌てで男子トイレから出て、女子トイレの中に入る。
躊躇なんてしてる暇なかった。
冴島さんが辺りにいないか確認して、大急ぎでトイレへ入り、さらに個室の扉も開けてそこへ月森さんを下ろしてあげる。
危ない。不幸中の幸いと言うべきか、他に女性利用者がいなかった。
いたら説明が面倒を極める。よかった。
「じゃ、月森さん。俺すぐ出てくけど、冴島さんが来たら返事してね?」
「や! 名和くんもここにいるのぉ!」
「やじゃありません! 俺がここにいたらややこしくなっちゃうでしょ!? 出るからね! 一人でしっかりやるんだよ!?」
「やぁ!」
「んぶっ!?」
言い聞かせようとしてると、またさっきみたいに抱き着かれてしまった。
ただ、さっきと違うのは抱き着く力だ。絶対に離さないという意思が感じられる。離れられない。
「ちょっ、つ、つきもっ、ほ、ほんとっ……!」
「せっかく名和くんと二人きりになれたのにぃ! 個室で勉強したこと教えてあげるって言ったのにぃ! それ見せられないで一人ぼっちなんてやぁ!」
「そ……んなこと言ったって……!」
もがいてる最中だった。
最悪のタイミングで女子トイレの戸を開く音がする。
そして――
「雪妃~? いるんでしょ~? 気持ち悪くなっちゃった~?」
冴島さんご登場。
さっきの男子高校生とは訳が違う。
こればかりは……本当にバレたらダメなやつだった。
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