第19話 男子トイレに月森さん

 皆に聞きたい。


 死にたくなる瞬間っていったらどんな状況が思い浮かぶだろう。


 知らない人を自分の母親と勘違いして「ママ!」と呼んでしまった時かな? それとも、好きな子の前ですっころんだ時? 色々あるよね。


 けど、俺はすぐに答えられるよ。


 男子トイレで憧れてるクラスの美少女にイ●モツを見せてしまった時かな☆


 もう、一瞬何が起こったのかわからなかったよね!


 そもそもなんで月森さんが男子トイレにいるんだって疑問は野暮だからしないとして、これにて名和聡里の学校生活は終了です!


 せっかく月森さんとも仲良くなれたと思ったけど、全部水の泡だね! やったね!


「そ、その……あ……え、えとえと……あの……っ」


「……っ」


 改めまして、場所は男子トイレの中。


 どうしてこうなったか、俺は月森さんの前で思い切りソーセージウインナーをぶらつかせていた。


 すぐにしまえよ、と言いたいが、わかってる。わかってるのに、体が言うことを聞かない。あまりのことで頭が真っ白だったんだ。真っ白で、体を動かす脳の命令機能がストップしてしまっていた。ただただ、冷や汗を無限に流しながら目の前の美少女を見つめ続ける。時が止まってるみたいだった。


 対して、月森さんは真っ赤になりつつも、どういうことか俺のソレを凝視していた。意図的に見ているというよりは、衝撃過ぎて、目が閉じない感じだと表現した方が正しそう。ともかく、彼女の方も脳機能がストップしてるようだ。瞳孔を小さくさせ、目をかっぴらき、口をパクパクさせている。


「ご、ごめんなさいっっっっっっっ!」


 しばらくして、俺は速攻でズボンを上げ、ベルトを締める。


 いつまでもイ●モツを露出させてるわけにはいかない。これは事故なんだ。俺は変態じゃない。


「わ、私の方こそごめんなさいっっっっっっ!」


 月森さんもハッとして謝罪文句を口にし、俺へ背を向ける。


 うしろから見える彼女の耳は見たことないほど真っ赤で、頭上からは湯気が出てるように見えた。錯覚か? あれ。


「い、いい、行けるかな、行ってみようかなって思って突撃してみたけど……や、やっぱり私にはまだまだ訓練が足りてなかったみたい……」


「く、訓練……? え、えと、いやあの、月森さんそれは――」


「もっとたくさん見慣れてから挑戦するね! 名和くんと一緒にトイレへ入るのは!」


「いや言い方ァ! 見慣れなくていいし、一緒にトイレ入るのもダメだよ! 何言ってるの月森さん!?」


 初めて月森さんに本気でツッコんでしまったかもしれない。イ●モツを見せたくせに。


「だ、だって……昨日動画で見たの……。浮気系の動画だと……どれも女の人が狙ってる男の人と一緒にトイレへ入って…………あ、ああ、あんなことや……こ、こんにゃことを……はぅぅ……」


「嚙んでまで恥ずかしいこと言わなくていいよ! あともう普通にそういう動画見てるの隠さなくなったね! 成長だね、うん!」


「え、えへへ……そ、そんな褒められても……」


「言っとくけど、一つも褒めてないからね⁉」


 人は日々成長する、なんてよく言うもんだけど、この成長は褒めるべきことじゃないと思う。


 むしろなんか色々月森さんが間違った方向へ進んでる気がして、もう何と言っていいやら。


 こんな月森さんの姿をクラスメイトの男子が見たらどう思うんだろう。


 教室じゃクールなのに、今や俺の目の前だとその面影が一切ない。


 見てみろ。赤くなった顔であんなに頬を緩ませて。これでも俺のイ●モツバッチリ見た後だからね? 完全に痴女への道を歩んでるとしか思えない。ってまあ、何度も言うけど、そんな偉そうなことをイ●モツ見せた俺が言うのも変な話だけどさぁ。てか、何回イ●モツって言ってるんだよ俺は。


「ね、ねぇ、名和くん……?」


「何ですか?」


「その……わ、私たち……今男子トイレに一緒にいるよね?」


「いますね」


「び、ビデオだと……こ、この後は……こ、ここ、個室に入っちゃうんだけど……」


「入りませんよ?」


 即答すると、月森さんは泣きそうな顔になってショックを受ける。


 当然だ。何を言ってらっしゃる。この人は。


 いくら月森さんだろうと、ここまで来れば俺は無敵だ。ダメなものはダメだとしっかり言う。男子トイレに入ってる時点で説教案件なんだし。


「大体ですね、今は冴島さんも一緒にいるんですよ? この状況がバレたらどう説明するんですか? 悪者は俺になるだろうし、下手すりゃ男子トイレへ月森さんを連れ込んだ変態扱いされて退学処分食らいますよ」


「だ、だめぇ! それはヤ! 名和くんがいないと私むりぃ!」


 なんか謎に赤ちゃんみたいな感じで駄々をこねだす月森さん。


 明らかに様子が変。酔っ払ってるみたい。


 もしかしたら、さっき見せられたものの衝撃で頭のネジがおかしくなっちゃったのかもしれない。大変だ。


「無理って言ったってしょうがないじゃないですか。状況が状況なんですもん。こんな時でも月森さんは個室に入るとか言い出しちゃいますし」


「じゃ、じゃあ入らなくていい……」


「はい。それが一番です。ちなみに一応聞くだけですけど、そ、その、俺と個室に入ってどんなことをする予定だったんですか?」


「ふぇ……?」


「ご、ごほんっ! 聞くだけ! 聞くだけですからね! 個室でどんなことをするつもりだったのかなーと……ええ」


「……」


 ポーッとした顔で俺を見つめ、いきなり月森さんは俺に抱き着いてきた。


「ちょっ!? えっ、つ、月森さん!?」


「いいよ。教えてあげる」


「え!?」


 ううう、嘘でしょ!? ほんとに教えられちゃうの俺!?


 なんてことを心臓バクバクで考えてた矢先のことだ。


 唐突にトイレの外からワイワイと声が聞こえ始め――


 ガチャッ。


 扉が開きかけた。マズい!!!


「や、やばっ……! 月森さんこっち……!」


「ひゃっ!」


 大急ぎで背後にあった個室へ二人で入る。


 危なすぎる。その直後に三人ほどの男子高校生(?)がトイレへ入って来た。なんてタイミングだ。


「それでよ、ぱいみょんの曲がさ」

「いやマジそれなくね? 俺はあの曲の方が~」

「マジそれな~」


 よくわからない会話を繰り広げる三人をよそに、俺と月森さんは汗だくになりながら必死に息を殺す。


 思った以上に二人だと個室は狭い。


 互いの距離と距離も近かった。吐息がかかる。


 頼むから早く出て行ってくれ。


 心の中でそう願い、あり得ないくらい早く動く心臓を必死に落ち着けようとしてた時だ。


「名和……くん」


「……?」


 走る衝撃。


 密着していたところからさらに密着し、月森さんは思い切ったように俺に抱き着いてきた。


 そして、敏感になった耳元で――


「個室でやろうとしてたこと……教えてあげる」


 甘い吐息と小さい声。


 それらが一気に右耳を襲い、俺は体をビクつかせてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る