第18話 家で二人きりだったことがあるの?

 冴島さんからの驚きの告白とライバル宣言を受けた後も、俺は、いや、俺たちはしばらくカフェで雑談を続けてた。


 特に何か場が凍るような話題は繰り広げず、学校でのことや、もうすぐやってくる期末テストのこと、部活のこと、冴島さんと月森さんの友達のことなど、内容はいたって平和。


 俺も最初のうちはソワソワしてたんだけど、平和な話の連続に安心し、二人の会話にすっかり交ざってた。


 以前だったらこんなことは考えられないだろう。


 陽キャ女子の冴島さんとほとんど対等に語り合うことができるなんて。


 キョドったりもあまりしてないはずだし、進歩だよ、進歩。やっぱり月森さんと一緒にいたおかげかもしれない。


もしかしたら、俺も陽キャになれるかも……なんて調子に乗ってみるものの、それはやっぱりあり得ないので安心していただきたい。


 今は相手してるのが冴島さんと月森さんの二人だからなんとかやれてるだけだ。


ここからさらに人が増えれば俺は途端に隅っこへ追いやられ、一ミリも会話に参加できなくなるだろう。


危ない危ない。調子に乗って地獄を見るところだった。自分の力は冷静に見極めないとな。


「――んじゃ、そろそろ時間も時間だし、ここ出よっか。次、どこ行く?」


 話の展開役だった冴島さんが時計を見ながら問うてくる。


 俺と月森さんは顔を見合わせ、それからスマホの画面で時間をチェック。


 十六時半、か。何とも中途半端。


「とりあえず、このファッション街は出ない? 月森さんちの付近だったら割と駅も近いし、そこ周辺の店で話の続きをするのもいい。カラオケもあったりするから時間も潰せるよ」


 我ながらいいアイディアだと思ったのだが、謎に冴島さんは『マジかこいつ』みたいな顔で俺を見つめ、月森さんは何か誤魔化すかのようにストローでカフェオレを飲み始める。


 何だ? 何なんだ?


 訳がわからずにいると、冴島さんが「えー……」とご発声。何なんすか、ほんと。


「ちょっと待って。今の聞き捨てならない。名和くん、雪妃の家がどこにあるか知ってるの?」


「……あ」


 ここですべてを悟るおバカは俺です。


 マズい。やっちゃったか、これ。


「もしかして、行ったことあるとか? アタシの知らない間に? 二人きりで? ご両親のいない間を狙ってあんなことやこんなことしたり?」


「してないから! あんなこともこんなこともしてない! 変な想像するのはよしてくれ!」


 俺の訴えに月森さんもうんうん頷く。


 二人して思い切り嘘をついてた。


 本当はバリバリしちゃってます。


 ご両親のいないタイミングを狙って一緒にエロゲをしました。完全にいかがわしいことです。絶対言えないです。


「だったらなんで雪妃の家知ってるような言い方するの? めちゃ気になるんだけど。アタシだってまだ二人きりでちゃんとこの子の家入ったことないのに」


「い、いや、だからね? 俺も……その、べ、べべ、別にお邪魔したわけじゃないですから。たまたま月森さんから家のある場所をを聞いただけで、明確な位置がどこかとかは何も知らないです。ご安心ください。落ち着いてください」


「……ほんとにぃ? なーんか怪しいなぁ。突然敬語になって慌ててるようにも見えるし」


 ギクッ。


 生きた心地がしない。


 バクバクと跳ねる心臓をどうにか落ち着かせ、冷静じゃないことを冴島さんにこれ以上察知されないよう努める。


「ソンナコトナイヨー」と返すものの、明らかになんかカタコトになってた。墓穴掘りまくりである。


「……ふーん。そう。まあ、名和くんがそうやって言うんならその言葉を信じるけど」


「あ、ありがとうございます……」


「でも、もしもそれが嘘だって言うんだったら……覚悟しといてね?」


 クスッとブラックなスマイルを浮かべる冴島さん。


 俺と月森さんは一瞬震え、頷いた。了解です。


「そんじゃ話戻すんだけど、何だかんだ名和くんのその案はアタシもいいと思うな。雪妃の家の近くって駅もあるし、アタシはそこから帰れる。名案だよ」


「あ、ありがとうございます。光栄でございます」


「だからさ、なんでいきなり敬語? いつから名和くんはアタシの手下になったのさ?」


「強いて言うなら……クラスメイトになった瞬間から?」


「いや、結構前だね!? びっくりだよ!? 別に手下にした覚えなんてないのに!」


 そりゃそうだろう。


 クラスカーストというものは理不尽だからな。力無き者は無意識のうちに上位の奴らへ媚びてるんだ。俺も同じ。


『あ。この人俺より陽キャだ』と思えば、その瞬間から上下関係は始まってる。ちなみに、俺はクラスメイト全員が格上です。皆の手下なわけだ。


「何なら靴も舐めれるぞ。一回家で練習したことある。どうやって舐めるのが一番最適なのか」


「何やってんの!? キモイ通り越してもはや怖いよ!? そんなことしなくていいから! やめて!?」


「そう言うならやめよう。だけど、いつでも言ってくれ。舐めて欲しかった舐めてくれって。喜んで参上しよう」


「いやいや、そこ絶対喜ぶところじゃないからね? アタシも絶対舐めてくれだなんて言わないから安心してよ、もう」


 割とマジっぽく冴島さんには引かれる俺だったが、反面月森さんは『勉強になるなぁ』みたいな顔で頷いてた。うん。やっぱたぶんこの人は変わってる。冴島さんの反応が普通だと思った。そこは引いてもいいんだよ、月森さん。


「……まあいいや。そういうわけなんでね。とにかくここ出よ? バスでカラオケまで移動しよっか」


「あ。カラオケ行くんだ」


「うん。時間潰しにもいいし、うるさくはあるけど、テキトーに個室で語りもできるんで」


「なるほど。了解」


 了承し、俺は出る前にトイレへ行くことにした。


 何だったら、先に会計の方済ませておいて欲しい。


 そう言って、自分が頼んだものよりも少し多めの金額を冴島さんに渡し、移動。


 男子トイレへ入り、ジッパーを下ろして尿意解放。


 小便以外の色々なプレッシャーからも解放されたような感覚に陥り、思わず「はぁ」と息をついてしまった。ほんとお疲れだよ。まだ今からカラオケ行くけどさ。


「しかし、同性愛、か。同性愛、ねぇ……」


「何が同性愛なのかな?」


 ――!?


 不意に背後から聞こえてきた声。


 それは明らかに男性のものではない、どこか高いものだった。


 不意を突かれたような形でもあった。驚いたんだ。


 だから、驚きのあまり自分が小便をしてる最中だったことを忘れ、ブツを出したまま思わず振り返ってしまう。


 その行為が間違いだった。


 何せ、そこにいたのは――


「へ……?」


 月森さんだったから。

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