第13話 暴走モード

「えっと……これは……冴島さんと月森さんのLIMEのやり取り……?」


「うん。もっと見て欲しいのは、ここ。このやり取り」


「……?」


 どれどれ?


 俺は見せてくれてるスマホの画面に顔を近付け、目を凝らす。




えりな:【ねぇ、雪妃。雪妃って男子から下の名前で呼んでもらったことある?】


月森 雪妃:【ある。私たちのグループに絡んでくる男子とか、呼んでくる人いるじゃん】


えりな:【あー違う! そういうのじゃなくて、特別感のある呼ばれ方されたことある? 下の名前で】


月森 雪妃:【??? どういうこと? よくわかんない】


えりな:【わかんないかー。まあ、そうだよねぇw】


月森 雪妃:【(怒)(怒)(怒)】


えりな:【どうどうw 怒んないでってばw 私はね~、最近呼ばれたんだよ~? ほら、これ】




 チャットの後、冴島さんから音声メッセージが送られてきてる。


 これを再生すればいいのかな?


「あの、これ聞いてみても?」


「うん。いいよ」


 なぜか月森さんの目が笑ってない。


 えー……。何が送られて来たのこれ……。


 とりあえず、再生部分をポチっとタップしてみる。すると、スマホから音声が流れ始めた。




『さ、冴島さんは嘘をつかない正直で善良な方です……』

『ちーがーうっ。ちゃんと「絵里奈さん」って下の名前で呼ぶの。はい。もう一回」

『……え、絵里奈……さんは……嘘をつかない正直で善良な方です……』




 あ、あれ? これって俺が冴島さんとトイレの前でしたやり取りの一部では……?


 そんなことを呑気に考えてると、スマホがふいっと取り上げられた。


「っ~……」


「え……え?」


 見れば、謎に月森さんが唇を固く結んで、訴えかけるような健気な目で俺を見てきてる。


「あ、あの、月森さん? どうかいたしました?」


「……呼んだんだね。下の名前」


「へ?」


「絵里奈の下の名前、呼んだんだ。名和くん。私は……まだ名字呼びなのに」


「えぇ!?」


 そこはかとなく含みのある言い方だった。


 まるで自分も呼ばれたいみたいな、そんな感じ。


 あぁ、もうほら見て。さっきからチラチラ物欲しそうにこっち見てきてるし。


「ちょ、ちょっと待って? 色々誤解というか、ちょっと待って欲しいんです」


「……待てない。絵里奈だけってズルい」


 ず、ズルいって……。


「なんか、色々おかしくないですか? なんで下の名前強制的に呼ばされただけでこんなことになってるの? 冴島さんなんて下の名前で呼ばれ慣れてると思うんだけど? イケメンのサッカー部員さんとか、テニス部員さんから」


「でも、そういうのとは違うんだって。それだと特別感が無いって。私にもよくわかんないけど……」


「よ、よくわかんないならそれはそれでいいんじゃないですかねぇ~? なんか冴島さん、俺をダシにして月森さんのことからかってるだけのようにも思えますし、変にムキになってもあまり――」


「ううん。いい。からかっててもいい。何でもいいから、名和くん。私のこと、一度下の名前で呼んでみて?」


「え……えぇぇぇ……」


「私も……特別感のあるの……欲しい。お願い」


 無意識にこれしてるんだろうなぁ……。


 小首を傾げてあざと過ぎるおねだりポーズ。


 ここまでされれば、俺も断るに断れなかった。


 いいんだろうか。この俺が月森さんのことを下の名前で呼ぶなどしても。


「っ……」


「早くぅ」


「わ、わかった! わかったから! ちょ、ちょっと今距離詰められたら俺……!」


 最大級にうろたえながら、接近してくる彼女から顔を逸らす。


 ダメだ。今俺、たぶんめちゃくちゃ顔赤い。辺りも暗くないし、月森さんとの距離は近いし、色々モロバレだ。


「……じゃ、じゃあ、言いますよ?」


「……うん」


 月森さんの顔も真っ赤だった。


 でも、それでも俺から視線は逸らさず、ジッとこっちを見てきてる。


 俺は……覚悟を決めた。


「雪妃……さん。きょ、今日は……い、いい天気でした……ね」


「っ……!」


 赤かった彼女の顔が、もっと赤くなる。


 瞳が潤んでて、右へ左へ目線を動かし、また俺の方を見ながら、


「も、もう一回……呼んで? 今度は……さん付けじゃないバージョン」


 ま、マジですか……。


 だがしかし、ここまで来たんだ。もういいだろ。暴走モードだ。


「雪妃……きょ、今日も……そ、そそ、その……可愛いと思います……」


「――!!!」


「ゆ、ゆゆ、雪妃に見られてると……俺……尋常じゃないくらい緊張して……そ、その――」


「も、もう大丈夫っ! もういい! そ、そそ、そこまで!」


 バッと口を彼女の手で抑えられる。


 運動したわけでもないのに、月森さんは肩で呼吸してて、耳まで真っ赤にしてた。


 俺も……正直どれくらい顔が赤くなってるのか想像が付かない。たぶん、ヤバいと思う。熟れた柿くらいヤバいはず。


「ふ……ふひもひはん。ほ、ほれ……」


「い、今はちょっと待って……? ダメ……。そのままでいて……?」


「……(汗)」


「ちょっと……まともに顔見れないから……」


 冷静に考えてみて、俺たちは河川敷の公園で何をしてるんだろう、と思った。


 下の名前で呼び合って、真っ赤になって……。


「………………」

「………………」


 互いに下を向き、顔の熱を冷ましてる時だ。


 不意を突くように、月森さんのスマホに誰かから電話が入って来る。


「え。で、電話……? 珍し……って、絵里奈だ」


 冴島さん……?


 月森さんは俺の口から手を離し、電話に出た。


「もしもし、絵里奈? 何?」


 会話は当然ながら聞こえない。


 LIMEでもやり取りはできるけど、いったいどうしたんだろ?


「うん。うん。うん。え……?」


「……?」


「え? 今週末? ちょっと待って! そんな急に――あっ!」


 電話が切られたみたいだ。えらく早いやり取りだな。


「電話、冴島さん?」


「う、うん……」


「その、どうかしました? すごく驚いてましたけど……」


「あ、あのね?」


 冴島さんが急遽してきたのは誘いの電話だった。


 今週末、冴島さんと月森さんと、俺の三人でどこかに遊びに行こうというもの。


 それを聞き、俺は静かに声を上げるのだった。


「え……!?」


 と。

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