第12話 ぬーんな月森さん

 冴島さんとLIMEのアカウントを交換した後、俺は彼女と二人で教室へ戻った。


 本当は一人で戻りたかったのだが、移動しようとする方向へ冴島さんがついてくる。右へ行っても、左へ行っても、俺の横をキープしてきたのだ。


「あの……えっと、冴島さん?」


「ん? 何? 教室、戻るんだよね?」


「そうなんですけど……一緒に、ですか?」


「そりゃそうじゃん? こうして一緒にいるんだから、戻る時も一緒だよ」


「で、でも、周りの目とか……」


「え。もしかして、アタシと行動共にするの嫌? がびーんなんだけど」


「い、いや、嫌っていうか! お、俺と一緒にいたら、それこそ冴島さんに迷惑かけるっていうか……」


「迷惑? 何で?」


「だって俺……冴島さんとは対極的なぼっち陰キャラなので……」


 おずおずとそう言う俺だったが、迷いを吹き飛ばすみたいに背中をパシパシ叩かれ、結局二人で教室まで帰ったというわけだ。


 戻るや否や、俺と冴島さんが一緒にいたことに対し、灰谷さんやら武藤さんら冴島グループのメンツは意外そうに目を丸くさせてた。


「意外過ぎなんですけど。ぼっちくんと女王がコンビしながら帰って来るとか」

「名和くん……だっけ? 絵里奈にいじめられてるんならウチに言いな? 助けてあげるからさ(笑)」


 とまあ、こんな感じで冗談っぽく言われ、流れのままにグループの面々から囲まれかけるも、昼休み終了の鐘の音が鳴り、四限開始五分前の着席タイム。


 寸前のところで質問攻めやらを免れ、安堵しながら席についた。


 しかし、やっぱり俺ってぼっちの人だって思われてるんだなぁ、とつくづく感じる。


陽キャオーラバチバチの陸上女子、灰谷さんから思い切り『ぼっちくん』よ呼ばれてた。


 俺を排斥しようとする雰囲気みたいなものは無かったけど、それでもぼっちなのはぼっちだと思われてたらしい。


 まあ、そうですよね……。普通にいつも一人だもの、俺……。


 何なら、友だちになってくれてもいいんですよ? 灰谷さん。いつでも俺はウェルカムなので。


 そんなことを考えつつ、チラッとうしろを見やると、とある人とバッチリ目が合ってしまった。


「……っ……」


 月森さんである。


 彼女がめちゃめちゃ俺の方じーっと見てきてる。


 それも少女漫画みたいな『ドキッ♡ 目が合っちゃった☆』みたいなものじゃなく、浮気した夫をどう処分してやろうか画策する昼ドラに出てきそうな三十代人妻のような視線。


 いや、でも勘違いしないで。


 三十代女性って言ったって、アレだよ? 別に月森さんが老けて見えるとか、そういうわけじゃない。


 夫との人生を歩んできた女性の年の功的な、そういう雰囲気を感じるってことが言いたいんだ。それも老けてるってのと同じ意味だって? オーケー。ならわかった。彼女に言わなければ、それは思ってないのと同じだ。黙っておこう。たぶん怒るだろうから。


「……?」


 なぜに月森さんがそんな目で見てきてるのかわからないので、とりあえず首を軽く傾げてみせる。


 すると、彼女はどこか焦るように俺から目を逸らす。


 で、またそーっと俺を見て、口パクで何か言い始めた。


 なになに……?


 ほうかご はなしが ある?


 放課後話がある、か。なるほど。


 すぐさま俺も『了解です』と口パクで返す。そして、丸を作ってジェスチャーも送った。


 が、また月森さんは俺から顔を逸らす。


 それで、再度そーっとこっちを見てきて、一言。


『ばか』


 と言われた。


 ば、ばか……!? え……!?


 という風に俺も一瞬慌てたけれども、授業が始まったのと、口パクで『なんで!?』と返したところで理由なんて聞けっこない。


 結局うやむやになり、教卓に立つ先生の授業を聞き始めるしかなくなった。


 なんで俺、罵倒されちゃったんだ……? わからん……。


 疑問符を浮かべながら、とりあえずノートを開くのだった。






●〇●〇●〇●〇●〇●〇●






 それでそれで、迎えました放課後。


 俺は事前に月森さんから言われた通り、学校を出てから一キロほど離れたところにある河川敷公園へ向かった。


 そこに後で月森さんも来るらしい。LIMEで教えてくれた。


「ここか……」


 河川敷の公園には、だいたい二十分ほどで到着。歩きだったってのもあってか、少し遅かったかもしれない。


 園内を見回してみるも、月森さんの姿はまだなかった。


 とりあえず一休みしようと思い、川の前の土手へ腰を下ろす。


 まだ夜の足音を感じさせない夕方時の中、川の水の音を聞き、深呼吸する。


 なんて平和なんだ。今から俺、たぶん月森さんに怒られるってのに。


「しかしなぁ……。なんでばかって言われたんだろ? やっぱ冴島さんと教室に帰ったのがいかんかったのか……? あの時でも一番目丸くさせてたの月森さんだったし……。まさか嫉妬……? いやそんなバカな。嫉妬なわけない。せいぜい『あんた、私に色々教えてくれる気あるんでしょうね? 他の女とイチャイチャして』みたいなそういう意味だろ。いい方に考え過ぎるな。物事はいつだって最低から考えた方が楽だぞ、俺」


 ぶつぶつ独り言を呟いてると、ランニングしてた綺麗なお姉さんから怪訝な目で見られたけど、気にしない。


 変な目で見られることには慣れてるからな。うん。


 ……………………いや、やっぱ嘘。辛い。普通に辛い。綺麗なお姉さんにヤバい奴だと思われるのは何だかんだきつかった。前言撤回だ。


「はぁぁ……」


 深々と一人でため息をつく。


 ほんと、俺ってこうして一人でいても色々感情の振れ幅が激しい人間だよな。まあ、それもまたぼっち時でも楽しめるように、と幼い時から脳にプログラムされてるから起こる現象なわけなんだけど。


 観察者なる者がいたならば、きっとその観察者を飽きさせない自信だけはある。


 ほら、例えばあそこ。ああいう草の茂みから何者かが俺を見てて――




「あっ……」




 月森さんが草陰から俺のことを見てた。


 えぇ……? うそぉん……。


 彼女は俺に見つかったのを知ってか、コホンと咳払いし、さささっとこっちへ小走りに駆け寄って来る。


 で――


「逃げずにここへやって参ったか」


 なんかよくわからないが、武士言葉みたいな喋り方で話しかけてきた。


 はい。やって参りました。来てねって言われてたし。可愛い猫さんスタンプ付きで。


「あの……月森さん? いつからここに?」


 問うと、彼女はあたふたしながら、


「い、今ちょうど来たところだよ? 別に三十分前からここにいたとかじゃないし」


 三十分も前からここにいたのか……。


 ならLIMEの一つでもしてくれればよかったのに。


「な、なるほどね。三十分前からここに来てたわけか……じゃなくて、三十分も前から来てたわけじゃないんだね。今ここに来たばかりだと」


「そう。ここ大事だから、勘違いしないで?」


「はい。わかりました」


 面倒だ。そういうことにしておこう。


「それで、月森さん。俺に話ってのは? 次に知りたいことというか、したいことができたとか、そういう話?」


「ま、まあ、それもあるんだけど、その前にちょっと……これ見て?」


「……?」


 自分のスマホの画面を俺に見せてくる月森さん。


 そこには、冴島さんと月森さんのLIMEチャット画面が映し出されていた。

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