第11話 陽キャのギャルさん、実は処●。

「やっほー、名和くん。偶然だねぇ。こんなとこで出くわすなんて」


 トイレから出るや否や、出待ちしてたっぽい冴島さんに声を掛けられる俺。


 あまりに唐突なことで、つい頬を引きつらせてしまう。


 偶然なんて言ってるが、そんなのは確実に嘘だ。


 明らかに俺の居場所を把握したうえでこうして待ってた。


 いったい誰からのタレコミだ? 俺がこのトイレを昼休みに頻繁に使ってるのは事実だけど、そんなのは誰にも教えた覚えがない。というか、教える相手がいない。究極のぼっちだから!


「ぐ、偶然……ではないですよね? なんか、俺がトイレから出るの待ってませんでした……?」


 おずおずと問うと、冴島さんは図星を突かれたからか、一瞬表情を揺らがせる。


 が、すぐにそれを誤魔化すように腕組みし、


「べ、別に待ってたわけじゃないけど? 言った通り偶然だし、この昼休み中君のことをずっと見て後を追ってた、なんてこともないからね!」


 という風に、ツンデレっぽく説明してくれた。


 なるほど。色々と全部言ってくださってありがとうございます。謎が解けました。


「そ、そうなんですね……。じゃあまあ、あくまでも偶然ってことにしておきます……」


「しておく、じゃなくて、偶然は偶然なんだって。名和くん、アタシのこと疑ってない? こんなにも純粋な目をしてるのに」


 言って、陽キャ御用達、ぴえん顔を作る冴島さん。


 それだけならよかったものの、距離までグイグイ詰めてくるため、思わずドキッとしてしまう。


 彼女が前進してくるのに合わせて後退するも、壁に背を阻まれ、結局接近を許してしまった。


 ダメだ。このままだと何をされるかわからない。なんかもう面倒だし、ここは乗っておこう。


「た、確かに嘘はつかなさそうな目してます。信じます。信じますから、ちょっと距離を……」


「ほんと? じゃ、『絵里奈さんは嘘をつかない正直で善良な方です』ってちゃんと言って?」


「……っ」


「ほらほらぁ?」


 やむを得ん……。


「さ、冴島さんは嘘をつかない正直で善良な方です……」


「ちーがーうっ。ちゃんと『絵里奈さん』って下の名前で呼ぶの。はい。もう一回」


 えぇぇぇ……。な、なぜに……?


「……え、絵里奈……さんは……嘘をつかない正直で善良な方です……」


 恥ずかしすぎたが、ちゃんとセリフを言ったことで、冴島さんは俺から離れてくれた。


 満足げに笑みを浮かべ、「ごちそうさまでした」なんて言ってくる。


 俺は何か大事なものを奪われた気がした。まだ月森さんのことだって下の名前で呼んだことないのに……。


「やっぱ面白いね、名和くん。雪妃が気に入ってるだけある(笑)」


「なんか玩具にされてる感が……」


「玩具にはしてないよ。ただ、クラスでこんな面白い男の子とようやく喋り始めたってことに対して後悔。四月くらいからツバ付けとけばよかったよ~。そしたらもっと学校生活楽しめそうだったのに~」


「言い方からして玩具にする気満々っぽく聞こえるんですが……!?」


「あっはは(笑) だからぁ~、玩具にはしないってぇ~(笑) うりうり~」


「な、何なんですかほんと……」


 肘でツンツンしてきながら小悪魔っぽい顔をする冴島さん。


 彼女が俺について来た……じゃなく、偶然こうやって会い、会話しようとする意図が読み取れない。


 朝、適当に話はしたものの、本当にそれだけだ。


 月森さんのお友達なのはお友達なのだが、俺は別にこの人と交流を持たないといけない理由がない。


 それがゆえに警戒してしまう。


 陽キャラグループの面白ネタ集めのために派遣されて来た気もするし……。


『あの陰キャさ、ちょっとアタシが誘惑しただけでその気になっちゃって~! キャハハ!』みたいな……。ひぃぃ。


「なんていうかさ、色々唐突でごめんね? アタシもさすがにちょっと強引かな、とは思ってるの。こうやっていきなり二人きりで話すのとか」


「い、いえ、まあ、話すだけなら二人でもいいですけど……」


 距離感がなんかおかしいんだ。距離感が。


 どことなく、何かを狙ってるみたいで。だから警戒しちゃう。


「こうやっていきなり接近するのとか、距離近いのは違うって?」


「っ……」


 心の内を見破られてしまった。つい言葉に詰まる。


 その様を見て、冴島さんはクスッと笑った。


「そういうとこも面白ポイントだよね~。なんか童貞っぽいっていうか(笑)」


「ど、どどっ!?」


「あははははっ! 言えてないし! ははははっ!」


 動揺する俺がツボに入ったのか、爆笑する彼女。


 俺はただひたすらに顔を熱くさせる以外にない。


 童貞なんて高校一年だし、ほとんどの男子そうだろ……? 何だ? 冴島さんの周りにいらっしゃるイケイケ男子たちは既に童卒してるってのか? サッカー部の佐伯くんとか? ヤバすぎだろ。住む世界が違うよ。


「でも、その辺りは大丈夫だよっ。アタシもまだ処女だし、仲間」


「……へ……?」


「なーんてねっ! あー、もうっ! ばかっ! 名和くんの変態っ! 女子に変なこと言わせてっ(笑)」


「い、いいい、いやいやいやいや!」


「ぷっははははっ! そうやって一生懸命何か言おうとしてるのも面白すぎ~! 最高だねぇ、名和くん~」


 いや、何がよ??????


 何が最高なのかまったくわからなかったけど、からかわれてるってのだけはわかる。


 そして、冴島さんが処●だってのもわかった。


 びっくりです。ギャルっぽい見た目から繰り出される純情乙女の波動。あまりのギャップに良からぬことを考えてしまうよね。うん。やめよう。


「いやさ、実はアタシね。名和くんと話したいなと思って、グループからちょっと抜け出してきたんだ~」


「え。そ、そうなんですか?」


「うん。どんな人なのかなってもっと知りたかったのと、一つ聞きたいことがあって」


「聞きたいこと……?」


「そそ。ちょ~っとだけ真面目な質問っていうか」


 何? 何だ? 真面目な質問?


「名和くんが雪妃と仲良くなったきっかけ。これが何なのか知りたいなって」


「……!」


 ドキッとした。


 本当に真面目で、俺たちの隠してる秘密を確実に暴こうとしてくる質問だったから。


「朝も言ったけど、あの子男子に対してすごく奥手でね。アタシたちのグループにいるから色んな男子と交流持ててるけど、自分からは絶対に関係作れないんだ。だから、名和くんと仲良くしてるのがすごく気になって」


「な、なる……ほど」


「名和くんから接近したのかなって思ったけど、君もそんなキャラじゃないじゃん? どっちかっていうと奥手そうだし、雪妃と似たオーラ感じるもん」


「いや、俺のは月森さんより深刻なんで……。一緒にしてあげないでください……」


「あ。そ、そうなんだ。ま、まあ、それでもいいんだけどね? とにかく、不思議だなって」


「……」


「何があったの? 二人の間で。よかったらさ、聞かせてくれることってできる?」


 ……そういうことか。


 色々と前置きが長かったけど、彼女が一番聞きたいのはこれだ。


 俺と月森さんの関係。


 正直に言って、話すことは可能と言えば可能だった。


 月森さんは冴島さんの指令の元、放課後の教室でイケナイビデオを観てた。そして、それをたまたま俺が見つけて、口封じっぽい感じで関係が始まった。これをそのまま言えばいいだけなのだから。何の問題もない。


 ただ、それはそうなのだが、俺は心の内に表現し難いモヤを感じた。


 独占欲……は違うような気がする。嫉妬でもない。


 よくわからないけど、とにかく今の月森さんとのことを言ってしまえば、もうそこで俺たちの交流は終わる気がしたんだ。


 だから、俺は――


「ちょ、ちょうど前に先生から頼み事されて、そこで仕事中に少し話しただけです。そこから少し仲良くなったってだけで、特に何かがあったってわけじゃないですよ」


 少しだけ嘘をついた。


 大事なところは隠して。


「……ふぅん。そっか~。そうだったんだ~」


「は、はい。嬉しかったのは嬉しかったです。俺、クラスメイトにもあまり喋れる人いないので……」


「……ふふっ。うん。わかった。そういうことだったんだね」


 よかった。納得してくれたみたい。


「じゃさ、じゃさ! そんな名和くんにお願い! アタシとLIME交換してくれませんか?」


「……え?」


「これも朝言ったじゃん? LIME交換しよって! あの時はバタついてたから後でねって話だったけど、今なら落ち着いてできるっしょ? ほらほら、スマホ出して~?」


 そんなわけで、俺たちはLIMEを交換した。


 クラスカースト底辺の男が、いきなりクラスカーストトップの女子と直接アカウントを教え合う。


 こんなイベント、ギャルゲーとかでもあんま見かけないだろ。ラノベとかならギリギリありそうだけどさ。


「むふふっ。これで日常常日頃から名和くんにちょっかいかけられるね。暇な時、スタ爆しよ」


「それはやめてください……」


「なんて、冗談冗談(笑) とにかく、よろしくね」


 そう言って笑む冴島さんを見ながら、俺は呆れるような仕草をしつつ、内心嬉しさを覚えてた。


 幸運でしかない。こんな俺が、まさか冴島さんとLIME交換できるなんて。

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