第10話 君の着たものだって思いながら俺も着る

 そういうわけで、俺は月森さんについて行く形で人気のないところへ連れて行かれた。


 適当な中庭の隅っこ。


 日陰で、少しジメジメしてるものの、この時間帯にここへ来る奴はいないだろうと思える、そんな場所だ。


「えっと、朝からごめん。わざわざこんなところについて来てもらって」


「い、いえ。そんな。謝らないでください。特に急ぐ用事もないですし、朝のホームルームが始まるのだってまだもう少し時間がある。全然オーケーですよ」


「そ、そう? ならよかった。今から渡すもの……誰にも見られたくないから……」


「だ、誰にも……ですか」


「う、うん。誰にも……。絵里奈にも見せられない。名和くんと……私だけの秘密だから」


 つい生唾をゴクリと飲み込んでしまう。


 俺と月森さんの二人だけの秘密……。


 え。何? 何なんだろう? 今から俺、何を渡されるんだ?


 バクバクと心臓が強く跳ね始める。


 ま、まさかラブレターとか……? いや、そんなことあるわけないか。ラブレターだってんなら面と向かって渡さなくてもいい。というか、そういうラブ的展開は俺たちの間に起こるはずがないって何度言ったらいいんだ。本当に学習能力がないな、俺は。


 自分で自分のことを諫めつつ、俺は可能な限り冷静な風を装って月森さんに問うた。


「それでその……わ、渡したいものというのは……?」


「ん……。それは……これ」


 通学バッグとは別の簡易バッグに手を入れ、月森さんは何かを取り出した。


 それは可愛らしいビニール質の袋に入れられ、丁寧に封がしてある。


 中身はわからない。これはいったい何なんだろう?


「中に入ってるのは、先日名和くんから借りたTシャツ。私がお風呂上がりに貸してもらったもの」


「……! あ、あぁ……!」


 そういえばそうじゃないか。


 完全に頭の中から抜け落ちてた。


 色々と別のことで頭がいっぱいで(といっても考えてるのは月森さんのことなのだが)、貸したことを忘れてたよ。


「ご、ご丁寧にありがとうございます……! 不快……でしたよね? 俺なんかの服着せられて」


 自虐的な笑みを浮かべて言うと、月森さんはブンブン手を横に振った。


「そ、そんなことないよっ。不快なわけないし、こっちこそ私なんかが着ちゃってごめんなさいって感じで……。も、もうこれ、捨てちゃうよね?」


「す、捨てるわけないじゃないですか! 捨てる理由が無いです! 全然俺、これからもそれ着ます! ……あ、でも、月森さん的には自分が一度着たものを俺が着るってなると、気持ち悪いと思ったりしますよね? やっぱり捨てた方が……」


「う、ううん! そんなこと私思わない! 着て! どんどん着て!」


 妙な掛け合いの連続で、俺たちは互いを見つめ合いながらそんなことを言い合う。


 しまいには、月森さんが吹き出し、俺も笑った。


 いったいどっちなんだって話だよ。これからも着るのか、捨てるのか。めちゃくちゃだ。


「うん。ということで俺、これからもこのTシャツちゃんと着ます」


「そうして。やっぱり捨てるのはもったいないよね。冷静に考えるとそう思える」


「もちろん。今度これを着る時は、共有感情持って着ます。『これ、月森さんも着てたんだよなぁ』って思って。ありがたく」


 何気なく言った一言だったが、テンポよく月森さんからの言葉が返って来ず、沈黙が下りた。


 俺はハッとして彼女の方を見た。


 や、やってしまった……。


「ありがたく……なんだ……?」


 月森さんは顔を真っ赤にさせてうつむき、チラッと上目遣いをしながら問うてくる。


 引かれなかったのは奇跡。


 奇跡なんだが……。


「え、えっと……その…………はい」


 これはこれで、問題大アリのやり取りだなって思う。


 着衣共有。


 これもまた、一つの勉強として認識しておいてもいいのだろうか……?


 俺はグルグルと考えながら、ひたすら熱くなる顔を手で抑えるのだった。






●〇●〇●〇●〇●〇●






 そうして、色々とハイカロリーな朝を乗り越え、昼休みを迎えた。


 何のことはない。


 俺はいつも通り教室でぼっち飯を決め込む勇気がないので、どこか適当なところへ行って昼食を済ませる。


 で、弁当を食べ終えたら、すぐには教室へ戻らず、ある程度学校内をぶらぶらし、あまり人が使わないような地味な場所にあるトイレへ入る。ここで小便をするのだ。落ち着くからな。


「ふぅ~……」


 出すものも出したし、そろそろ教室に帰るか。余った時間は寝るフリなり、教科書を読んだりして適当に時間を潰そう。


 そう考え、水で洗った手をハンカチで拭きながら、トイレから出る。


 ――そんな折だった。




「やっほ☆ なっわくんっ!」




「――!?」


 そこには、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる冴島さんの姿があるのだった。















【作者コメント】

たぶん明日も投稿します。そんな気分なので。

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