第9話 月森さんの返したいもの

 休日明けの月曜日は、以前までならひたすらに憂鬱でしかなかった。


 これからまた月曜日から金曜日までの長い五日間が始まる。そう考えれば、絶望以外の何物でもなかったんだ。


「……朝か……」


 月曜日。朝の七時ほぼジャスト。


 ベッドから起き上がり、置時計をボーっと見つめながら独り言ちる。


 いつもならここでまずため息から入るのだが、今日はそんなことをせず、おもむろにスマホを手に取り、LIMEを開く。


 で、月森さんとのチャットルームをさらに開いた。


「……へ……へへ……うぇへへへ……」


 つい気持ち悪い笑みがこぼれてしまう。


 陰キャラで、クラスの最底辺を地で行く俺が、トップカーストに位置する憧れの女の子とこっそりLIME。


 その字面だけでもたぎるものがあるが、カーストとかはもはやどうでもいい。


 あんなに可愛い女の子と、青春っぽくLIMEで何気ないやり取りをしてたことに幸せが込み上げる。


 見てくれ。トーク履歴の一番最後。


 昨日の夜、寝る前に俺たちはおやすみを言い合ったんだ。


 何それ。何この展開。


 こんなの、もはや恋人同s――




 ピロロンッ♪




「ん? 何だ?」


 こんなのもはや恋人同士だろ! って心の中で叫ぼうとしてたのに、それを邪魔するかの如くニュースアプリから記事の通知が届く。


 邪魔でしかない。このニュースアプリ、確かに便利ではあるんだが、通知が鬱陶しいのだ。


 決めた。後回しにしてたら忘れそうだし、今通知オフにしてやろう。気になった時だけアプリ起動させて見ればいいや。


 そう思い、受け取った通知をタップし、アプリを起動する……のだが、ふと気になる記事が目に飛び込んでくる。




【トラウマ必至! 世の若者を絶望の淵に叩き落とす思わせぶりな人の行動・言動10選】




「何じゃそれ……」


 いつもは政治やら経済やら、お堅い記事ばかりを推してくるくせに、えらく今日はエンタメ寄りの記事がトップに出てる。


 ただ、気になったのでなんとなくタップして開いてみた。


 読み込みのうちに、「ふっ」と鼻で笑ってしまう。


 思わせぶりな奴の行動言動なんて最初からわかるもんだ。そんな奴に色々期待とかするなよ、とは思う。期待とかするから絶望するんだ。


 読み込みが終わり、記事内容を目にしていく。なになに……?




【1 自分にだけ秘密を明かしてる。そんな行動や、言動をされたとしても、すぐに「あ、この人もしかして自分のことが好きなのかも……」とか、期待したりしてはいけません! そういう人は、他者が自分への好意を抱くことそのものに快感を覚える化け物です! 騙されないように!】




 ……ん? これ、どことなく心当たりがあるような……。


 いやいや、でも待て。そんなことまさか……。まさかだ。




【2 普段とは違うギャップには要注意! 公の場ではクールな雰囲気なのに、自分の前ではあたかも気があるような表情、行動、発言をする人に対しても、簡単に心を開いてはいけません! 何度も言いますが、そういう人間は自分に対する想いを他者が募らせることに快感を感じる化け物なのです。気を付けましょう!】




 いや違う! 断じてこれは違う! 月森さんと俺に当てはまるわけがない! だって俺は彼女の秘密を偶然見てしまい、そこから色々交流し始めて今に至るし、月森さんだって俺に秘密を見られたからああやって素を見せてくれてるはずで……!


 とにかく、俺たちがこの記事に当てはまるわけないんだ! てか、さっきから使ってる化け物って表現なんだよ! 誰が書いてんだこれ! お堅いニュースアプリのくせにえらくこの記事だけはっちゃけてんな!




【3 簡単に相手の家に行く人には注意――】




 もうやめだやめだ! やめ! 朝から変な記事読むんじゃなかった! あー、後悔! ほんと後悔だわ!


 そう思い、ホーム画面へ戻ろうとタップするのだが――




【途中でこの記事を読むのをやめてしまうあなたへ。図星ですか? 痛いところ突かれて戻る部分をタップしようとしてませんか? 怖いですよ? 好きな異性にほだされないよう気を付けてくださいね?(笑)】


「うるさいわ! 余計なお世話だっての! ほんと、何なんだこの記事!」


 言って、スマホを枕の上に叩きつける。


 内容だけじゃなく、戻ろうとしただけであんな訳の分からない煽り文が出てくる仕様まで施されてるなんて。


 しかも何だ。(笑)って。死ぬほどムカつく。ちくしょう。


 イライラしてるところ、一階から母さんが声を上げる。早く起きなさい、と。


 俺はため息をつき、適当に返事をしてから一階へ下りた。


 絶対違う。月森さんが思わせぶりな人だとか、そんなことは絶対ないんだ。


 で、俺がそんな彼女に騙されて舞い上がってるだけとか……。く、ぐぅっ……!


 心の中で否定はするものの、どこか疑念の思いを抱く自分もいた。最悪だ。






●〇●〇●〇●〇●〇●






「はぁ……」


 ため息をつき、本格的に始まった夏を感じながら登校。


 周囲では、そろそろ始まるテストが面倒くさいだの、部活がどうだの、あの人との関係がどうだのと盛り上がる奴らも歩いてるが、そんなこと、すべてがどうでもよかった。




 ――月森さん、俺に思わせぶりな態度取ってるだけなのかなぁ……?




 俺の中ではこの言葉ばかりが浮かび、それがひたすらにグルグルと頭を支配してる。


 舞い上がってるのは自分だけで、月森さんはそんな俺を見て嘲笑したりしてるんだろうか……。で、告白しようものなら『勘違い陰キャキモッ』とぶった切られたり。あぁぁぁぁぁ……。


「ぁぁぁぁぁ……」


 声にならない声を出し、一人で苦しみながら死霊のごとく歩き、下駄箱に到着。


 まあでもそうだよな……。


 陽キャラ女子グループの中にいつもいる月森さんの周りには、運動部のカッコいい爽やか男子が常にいる。


 そんな中で俺に好意を抱くとか、まずあり得ない。ほんとその通りだ。


 いや、別に好意を抱くとかじゃなくても、友だちとしてでもこっちとしてはすごくありがたいのだが……。


 俺と友だちになるメリットもないよな。人間関係ってのは、常にギブ&テイクだ。知ってる。


 月森さんが俺に与えてくれるようなことはたくさんあるけど、彼女が俺から受け取れることなんてほとんどない。


 あるって言ったら現状エロい知識だけ……? 最低すぎだろ……。


 いたいけな女の子にエロいことを教えて、反応を楽しみながらニチャニチャ気持ちよくなってるだけとか、本当に陰キャ通り越して気持ち悪い奴でしかない。


 もう少し冷静にならないとな……。


 何を勘違いしてたかわからないけど、今はとにかく月森さんと仲良くなりたい。


 彼女が求めてくることには全力で応えたいし、いつか土日に遊んだように、頻繁に彼女を誘ったりできるような関係になりたい。


 ……けど、もしもそれが月森さんの陽キャ友だちにバレてしまえば……。


 うぅぅ……お、恐ろしい。まず間違いなく弾圧される。『陰キャのくせになに雪妃と仲良くしてんの? キモッ』とか言われて。冴島さん辺りから。


「はぁ……」


 今日何度目かわからないため息をつき、ローファーから上履きに履き替えた時だ。


「あ、いたいた! ねえねえ、ちょっといい?」


「――!?」


 何者かにうしろから声を掛けられ、つい体をビクッとさせて反応。


 そんな俺の驚き具合にびっくりしたのか、声を掛けて来てくれた女子も「んわっ!?」と声を上げた。誰だ!?


「あ……。え……!? さ、冴島……さん!? ……と、つ、つつ、月森さん……!?」


 振り返ってみると、そこには我がクラスの陽キャラ女子筆頭格・冴島絵里奈さんと、お馴染み月森さんがいた。


 何用だろう……!? まさか、さっそく勝手に月森さんと仲良くしてた俺をシメに……!?


「おっ。アタシの名前知っててくれてるんだ~。何気に初めて話すし、初絡みだよね? よろしく、名和くんっ」


 無限の光に浄化させられかけた。


 めちゃくちゃ明るいし、めちゃくちゃ人当たりいいんですけどこの人。


 見た目は派手だし、怖いとしか思ってなかったのだが、一人で感動してた。いい人だ。


 しかも、クラスの端の方にいる俺の名前把握してくれてるなんて……。


 名前知っててくれてるんだ、とか、完全にこっちのセリフだった。ありがとうございます。


「よ、よろしくお願いします。そ、その……それで、俺にはどうして声を?」


 問うと、冴島さんはすぐさま頷いてくれる。


「この子がね、朝からちょっと名和くんに用事があるけど、声掛けられないってずっとウジウジしてんの」


「え……?」


 冴島さんが指さしてるのはうしろにいる月森さん。


 指を差され、月森さんは恥ずかしそうに下を向いた。


「なんかね、教室で名和くんに声掛けたら迷惑って言うんだよ? そんなことないよね?」


「え、ええ。当然。はい。全然そんなことないです」


 全力で頷いた。迷惑なんてあるもんか。


それに、そんなことを考えるのは立場上俺の方だ。


 地味で目立たなくて、暗い俺が月森さんに話しかけたら迷惑だろうってのは思うけど……。全然そんなことない。ほんと。


「ほらね、名和くんこう言ってくれてるよ? 雪妃、ほんと男子に対しては奥手なんだから~」


「だ、だって……そんなグイグイいける絵里奈が凄いだけだし……」


「そんなことないって。普通だよ。普通に男子とか女子とか気にせず話せばいいのに」


「む……無理ぃ……」


「やれやれ~。こりゃまた色々修業が必要ですな~」


 首を横に振って呆れる冴島さん。


 俺としては何ともコメントし難い。月森さんの気持ちの方が普通にわかるから。


「ま、でもさでもさ、名和くん。こんな奥手な雪妃が自分から男子に用あるって言うの珍しいし、聞いてあげて? あとあと、この子がどんなこと話したのか、後でアタシにこっそり教えてよ。なに話すのって聞いてもなかなか教えてくんないから」


「え……!?」


「ちょっ、そ、それはダメ……! ダメだよ、名和くんっ……!」


 ワタワタしながら焦る月森さんと、いたずらっぽく笑う冴島さん。


 俺はひたすら困惑するばかりだ。


「何なら、アタシも名和くんと仲良くなりたいまであるよね。最近ね、君のこと、雪妃がえらく推してんの」


「お、推し……。ほ、ほんとですか……?」


 驚く俺に対し、月森さんは顔を真っ赤にさせてうつむいてる。


「ほんとほんと。なんか波長合うっぽいし、それならアタシも~って感じ。ね、よかったらLIMEとかも交換しとかない? 謎にクラスLIME探しても名和くん見当たらないしさ。追加もできないんだよ」


「あぁ……。な、なるほど……」


 さりげなく辛い現実を知ってしまった。


 クラスのグループとかあったんですか。そうですか。そりゃそうですよね……。


「まあ、それもまた後。とりあえず、この子の話聞いてあげて? 昼休みでも放課後でも、この後適当に声掛けるからさ」


「は、はい」


「そんじゃね。はい、雪妃に交代っ。なら、しっかりやるんだよ~」


 手をひらひらさせて、冴島さんは去って行った。


 それで、道中また別の人に声を掛けて楽しそうに一緒に歩いてる。生粋の陽キャラって感じだ。


「……名和くん……」


「……! あ、は、はい!」


 月森さんに声を掛けられ、俺は反応。


 彼女の頬がほのかに赤くなってるのは、気温のせいじゃないと思う。


 俺はドキドキしながら月森さんを見た。


「そ、その……ちょっと渡したいものがあるんだ。すぐだから、人気のないところに一緒に来てもらっていいかな?」


「へ……? 人気のないところ……?」


 それに渡したいものって何だ……?


 人気のないところってのにはいかがわしさしか感じませんが。


 色んな意味で緊張しつつ、俺は月森さんについて行くのだった。

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