第7話 過激なのも教えて

 月森さんのお姉さんは、その後すぐに部屋を出て、家も出て行き、コンビニへと向かった。


「ゆーちゃん……きっと疲れてるんだよね。だからこんなゲームしてたんだよ……。コンビニ行って、何か買ってあげとこ……」


 そんなことを独り言ち、とぼとぼと歩いて行った。


 それを確認し、すぐさま俺たち二人はクローゼットから出る。


 季節が季節だから、エアコンを入れてても汗びっしょりになった。


 月森さんも俺も、汗だくのまま倒れるように床に座り込む。


 そして――


「ほんっとにごめん。月森さん。俺のせいでとんだ恥を……」


 速攻で謝る。


 土下座とまではいかないけど、呼吸の荒いまま頭を深く下げた。俺が知識不足だったのが圧倒的に悪かったから。


「……どうして……名和くんが謝るの?」


 月森さんが問うてくる。


彼女もまた呼吸を荒くさせ、耳まで真っ赤にした状態だ。


 顔をうつむかせ、前髪で表情を隠したまま、どこか下半身を抑えるような座り方をしてる。


 きっとお姉さんにやってたエロゲを見られて深く傷付いてるんだろう。


 すごく申し訳ない。


「俺、このゲームに対して知識があるような物言いしてたのに、あんなシーンが出てくるって知らなくて……。なるべく過激すぎないシチュエーションになるよう努力してたんですけど、あんなことになってしまったので……」


「……そう……なんだ……」


「は、はい。だから俺……月森さんにどう謝ったらいいか……。お姉さんにも色々見られちゃいましたし……」


「……」


 彼女からの返事が無い。


 様子を伺うために、下の方へやっていた視線を上にし、月森さんをチラッと見やる。


「…………ばか」


「……っ!」


 彼女はうつむかせていた顔を少しだけ上げ、小さな声で控えめにそう言った。


 目は合わせてくれない。


 真っ赤なままだ。


 俺は遂に土下座した。


「ご、ごめんなさい。ほんと、贖罪のためなら何でもします。許してくれなんて言わないですから、何でも命令してください。恥をかかせてしまって本当にごめんなさい」


「ううん……。そういうこと……じゃない」


「え?」


「恥をかいたとか、そういうのは私……も、もちろん嫌だけど、怒ってない。そうじゃなくてね」


「は、はい」


「……か……過激なとこ……名和くんが回避してたって言ったから……それに対してばかって言った」


「……あ……ぁえ……?」


「……ちゃんと……お、教えてください。全部…………すごいことも」


 固まるしかなかった。


 恥ずかしがりながらお説教してくる月森さんを直視できない。


 す……すごいシーン……ご所望だったんですね……。


 これは……どうしたらいいんだろう。


 素直に謝るのか? 


 どエロいシーン見せなくて申し訳ありませんでしたって?


 なんかそれ、色々間違えてる気もするが……。えぇ……。


「ご、ごめんなさい。次回以降気を付けます。包み隠さず知識の共有図らせていただきたく思います」


「う、うん。お願い……します」


 ぺこりと頭を下げ合う。


 お願いされてしまった。


 次回以降、本当に俺の理性との戦いが始まりそう。


 どうなってしまうんだ。てか、なんでこんなことになったんだ。いや、すべては彼女が放課後の教室にエッチなビデオを観てたとこ、俺が見ちゃったことから始まったのか。これまた俺が悪いな。自業自得だな。うん。でも、普通放課後の教室でAVさんなんて観ないよね? いや、観るのか? もうわかんないや。観る。観るってことにしとこう。俺が悪い。うんうん。


 グルグルと俺が考える一方、月森さんはか細い声で続けた。


「でも、今日のことに関しては……ゆ、許すね」


「ほ、本当ですか?」


「……うん。私たち、こうしておうちで遊ぶの初めてだし、え、エッチな訓練も始めて間もないから、手探りの部分もあると思うし……」


 エ ッ チ な 訓 練。


 月森さんと、


 エ ッ チ な 訓 練。


 でかでかと頭の中で文字が表示される。


 俺は無の表情のままそれを脳内で淡々と読み上げ、静かに鼻血を出した(これまた脳内で)。


 ……表現、ちょっといかがわしすぎませんかね……?


「そ、それに…………一つ……ゲーム以外で勉強させてもらったことも……あったから」


「……? ゲーム以外で?」


 俺が首を傾げると、さらに真っ赤になる月森さん。


 頭上から湯気が出てそうな勢い。


「く、く、くく……くろ……クローゼットの中で……」


「????? クローゼットの中??????」


 いや、あの時ってただ隠れてただけじゃ……?


 あの状況で勉強になったことなんて一つも無かったはずだが。ただただ身を隠すのに精一杯だったし。……まあ、密着はしてたけど。


「……おかげで……すごいことになったの……。すぐにでも……お風呂……入りたい」


 よくわからなかったが、お風呂という言葉を聞いてドキッとする。


 冷静になれ、俺。お風呂だけで何を意識してるんだ。


 汗もすごくかいたし、シャワーを浴びたくなるのも当然じゃないか。


 時間も時間だった。


 これは帰る流れだ。


 どのみち月森さんのお姉さんが帰って来るまでに俺は退散しないといけない。


 俺もこの後帰って風呂に入ろう。


 夕飯とかは……今日確か父さんも母さんもいないから勝手にやっていいって言われてたっけか。どうしようか。まあ、また後で考えよう。明日も休みだし。


「じゃあ、そろそろ俺帰ろうかな。お姉さんとの件に関しては、ほんとごめんなさい。今日一日迷惑かけた分は、またいつか償わせてください。何でもしますので」


「……何でも?」


「はい。何でもします。あ、死んでほしいとかは無しでお願いしたいですけど……」


 俺が言うと、彼女は首を横に振る。よかった。そういうことはお願いしないでくれるみたい。安心。


「……なら、その……今からお願い……聞いてもらっていい?」


「今からですか?」


「……うん」


 弱った。帰ろうと思ってたんだけど。


 どんなお願いなんだろ?


「それは……どんなお願いですか?」


 問いかけると、月森さんはもじもじしながら遠慮がちにこう言った。


「今から……名和くんち行きたい」


 心臓がドクっと跳ね上がる。


 まだ俺の戦いは終わってないみたいだった。

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